敵対―⑨―
「……ハチスカ先生を渡してもらおうか?」
サミュエルの目の前で矛槍を構える、龍之助。
「“セオリー・オブ・ア・デッドマン”……命導巧があると聞いていたけど、改めて目にすると圧巻だね」
サミュエルは皮肉を吐き捨て、自らの命導巧“パラダイス”の折りたたんでいた鎌を伸ばす。
銃身と鎌の繋ぎ目とも言える箇所から生えたグリップを右手。
左手で散弾銃を握り、右足を引いて半身を切る。
原田 龍之助。
“望楼”でも話題には出ていた。
主に三つの点で。
一つ目は、どういう理由か定かではないが、電脳左翼側で活動している。
二つ目は、命導巧が使えるということは、命熱波もあると言えた。
そして、三つ目は肉迫してきた龍之助が証明に入る。
間髪入れない龍之助による、“セオリー・オブ・ア・デッドマン”の一突きがサミュエルの腹部の中心を捉えた。
槍の間合いとしては、龍之助から見て直線。
それから上下左右に展開する。
サミュエルは一歩引き、“パラダイス”の鎌を畳んだ。
剝き出しとなった散弾銃の銃口を、サミュエルは龍之助に向ける。
金剛風波による砂塵風射を放ち、龍之助の視界を奪った。
サミュエルは左に駆け、彼の右側に回る。
龍之助の槍の一突きは右側からだ。
がら空きの背を捉えようとする。
鎌を再び銃身から伸ばし、右手で突き出たグリップを握った。
そして、金色の風をまとった鎌の刃を龍之助の右肩に向けた。
金砂波刃。
疑似物理現象で作った特殊研磨剤をまとった斬撃だ。
大鎌自体は稲のような作物を自らの胴を捻り、引いて刈る時に使う農具である。
刀剣類や長柄の槍類の様に、武器としての適性は皆無。
まして、内側に刃が付いているため、標的を刃の内側に入れる必要もあった。
そのため、リア・ファイルによる特殊研磨剤を電動鋸の要領で動かし、サミュエルは殺傷力を上げたのだ。
しかし、“パラダイス”の鎌の内側に龍之助の姿はない。
サミュエルは顎の下から風を感じ、後ろへ下がる。
龍之助の姿が眼前に現れ、青い軌跡が疾走った。
それが龍之助からの右逆回し蹴りと視認した瞬間、彼の右足の甲がサミュエルの左頬を捉える。
サミュエルは“パラダイス”を構えて、龍之助の右足の甲による槌撃を防ぐ。
しかし、サミュエルは咄嗟に右腕を上げた。
サミュエルの顔の左を捉えた右足の攻撃。
それが、急激に軌道を変え、踵の一撃に変わったのだ。
――こいつ、足技が!?
サミュエルが右腕の痛みを覚え、“パラダイス”を落としかける。
しかし、寸前で掴み、間合いを取った。
しかし、左肩に龍之助の“セオリー・オブ・ア・デッドマン”の一振り。
矛槍でなく棒の部分が、サミュエルの左肩を急襲。
更なる痛みが、サミュエルの意識を奪いかける。
逃げようとするが、今度は矛槍型命導巧の柄の部分が、サミュエルの右腿を捉えた。
痛覚により一瞬、視界が消失。
意識が落ちそうになるが、サミュエルは何とか覚醒にこじつける。
しかし、肉迫した龍之助の眼。
彼の眼が、サミュエルを逃さない。
龍之助に向け、サミュエルは“パラダイス”を構える。
だが、不意に浮遊感に両足を大地から刈り取られた。
無重力感に襲われ、サミュエルの腹を中心に激痛が走る。
肉が打たれ、骨の軋みが視覚と聴覚を覆った。
龍之助に与えられた痛覚が、思考よりも速く駆け巡る。
彼の五感すべてを痛覚に支配され、目に差し込む太陽の光よりも眩い白がサミュエルの全てを染める。
背中を打つ土瀝青による痛みが、彼の意識を取り戻す。
立ち上がり龍之助を見据えるが、サミュエルの視界が揺れた。
しかし、痛みの鳴動が全身を揺らし、サミュエルは膝をつく。
口や鼻から血を吐き、鉄の味を噛みしめた。
「サミュエル!!」
駐車場から吹き飛ばされたサミュエルを見たシャロンが駆け寄る。
だが、彼は右手を制した。
口を開くたびに、鉄の味が広がる。
「あんた……ガチで、何したの?」
サミュエルの目の前の、龍之助。
左に反身を切り、四股を踏んでいる。
左に“セオリー・オブ・ア・デッドマン”を持ち、右掌を突き出していた。
「空手の後ろ回し蹴りかと思ったら、ムエタイの回し蹴りからのテコンドーを思わせる足のしなりに……その、中国武術の様な一撃……発勁かな……?」
口から血を滴らせるサミュエルを見ても、龍之助の眼は澄んでいる。
「というか、格闘技全般に言えることだけど……全身の力を込めた一撃って、余程鍛錬や場数を踏んでないと出せないのに……このストリートファイト染みたので、出せる……しかも命熱波による強化で更に倍増、あんた……何したらそう言うことが出来るの?」
血を吐き切り、サミュエルは呼吸を整える。
全身の力を伝えた一撃。
それを相手に与えるのは難しい。
試合ならまだしも、ストリートファイトの様な突発的で不確定要素の絡む場所では、平常心を保つことは困難だからだ。
必然的に有利で主導権を握れる方が、相手の自由、意識はおろか、命も奪う。
咳き込みながら、
「あんた……チンピラや、ろくでもない大人の筆頭の間崎とつるんでいる……その理由が本当に分からないんだけど?」
サミュエルは、血の混じった痰を吐き出す。
視線の先の龍之助の眼が微かに揺れた。
「……強くなるためだ」
龍之助が口を開く。
サミュエルは、ややあって、
「強くなるって……なら、付いていく大人間違えてない?」
シャロンと“薄紫の牙”は、“力人衆”を抑えていた。
閃光弾や催涙弾で視覚を奪われ、彼らの四肢の自由を奪われていた。
目が開き始めたものには、シャロンが滑走板を振りかぶった。
“コーリング・フロム・ヘヴン”を行使しようとする者には、薄紫の牙のゴム弾の洗礼が待ち構えていた。
また、小型騎兵銃による銃撃で土瀝青を抉る威嚇も忘れない。
「……あいつらに囚われている、そいつを救うために!!」
龍之助は“セオリー・オブ・ア・デッドマン”を構える。
だが、龍之助は後ろに跳躍。
ワンボックスカーが、サミュエルと龍之助の間で後輪走行をしながら突っ込んできた。
粗雑なタイヤの軌跡を描き、左の助手席の扉が勢いよく開かれた。
「ハチスカさん、乗ってくれ!!」
日本人で丸い遮光眼鏡をまとった男が出てくる。
運転席には、日焼けなのか浅黒い肌の若い男が乗っていた。
「サミュエル、シャロン!! “サマナー”から『早くこの場を離れろ!!』って」
“望楼”の仲間だ。
遮光眼鏡の男に促されながら、小型演算器を抱えるハチスカ。
ハチスカが後ろのドアを開け、乗り込む。
すると、パトカーのサイレンの音が聞こえて来た。
二人の男はそれを確認し、車を走らせた。
「サミュエルさん、シャロンさん!! 緊急車両がこちらに来ます!! 警察も来られると面倒だから、早く逃げましょう!!」
薄紫の牙はそう言うと、駐車場に止めていた車に乗り込む。
“力人衆”は誰も追って来ようとはしなかった。
駆けつけ始めた警察車両を見て、逃げ出したからだ。
サミュエルは痛みにより、足に力が入らなくなった。
だが、シャロンに抱えられながら、ヨメダ珈琲店から離れる。
「サミュエル、早く治療を……」
「ありがとう……シャロン」
サミュエルの右半身を抱えたシャロンに合わせ、二人は歩き出す。
「それが終わったら……彼らには会っておかないとね」
サミュエルはシャロンに。
シャロンは首を傾げるが、その内容を理解したのか聞き返さなかった。
ハチスカによる告発。
その中には、サミュエルのなじみ深い言葉が書かれていた。
「そう、“ブライトン・ロック社”……あいつら、上万作で何をしていたのか絶対に聞きださないと!!」
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