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【第二部完結】クリムゾン・コート・クルセイド―紅黒の翼―  作者: アイセル
第三章 Obstacles

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敵対―⑧―

 サミュエルに視線が集中した時、桃色の風が彼の前を(よぎ)った。


 シャロンが滑走板(スケートボード)に乗り、跳躍。


 滑走板(スケートボード)の車輪部分が、炎を発した“力人衆”の男の顔面を蹂躙する。


 体重に乗った滑走板(スケートボード)の横殴りの一撃で、男は吹っ飛んだ。


 残りの“力人衆”の視線を見ると、シャロンが対処した三人の“政市会”会員が、土瀝青(アスファルト)の上で倒れていた。


「サミュエル、私がこいつらを倒すから――!!」


 サミュエルとシャロンの間に、雷撃が炸裂。


 二人が跳躍すると、


「間崎さーん、助けに来たわよー!!」


 中年女性の声が響く。


 衝突した車に阻まれた国道を、残りの“力人衆”と政市会に追われていた“中年三人組”の“政声隊”が横切ってきた。


 シャロンが政市会を退けた様に、事故で塞がった道路の向こう側の“政市会”会員たちは、政声隊が追い返したのだろう。


 雷撃は中年三人組の黒一点の、黒縁眼鏡の肩幅と腹が広い方からだ。


 集まる“政声隊”側の人間に、サミュエルの心臓の鼓動が高まる。


「カンタ、撃ち方に気を付けなさいよ!!」


 肥満太りの女のリカコが、カンタと言う黒縁眼鏡の男に怒鳴る。


「リカコ、あんたはいつも間崎さんのことしか頭にないの!?」


 中年三人組のマキナがリカコに呆れる。


 中年三人組が色々言い合っていた。


だが、彼らの視線に、間崎を傷つけたサミュエルへの怒りが孕んでいた。


――マズいな……。


 間崎の周囲に“力人衆”が集まり始めた。


 間崎は二人に抱えられ、なんとか立ち上がった。


 “力人衆”が彼を囲み始め、彼らの敵意がサミュエルに向き始めた。


 サミュエル自体は、“命熱波(アナーシュト・ベハ)”使いや、それに類する“政市会”や“政声隊”の対処は()()()()()ある程度は可能だ。


 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


――こんな時に発作か……。


 集団にいじめられ、死に瀕した過去。


 それが、サミュエルの今を苦しめていた。


 シャロンが左隣に戻ると、


「サミュエル……あと4分だよ、仲間が来るまで」


 シャロンから時間を聞いた途端、サミュエルは眩暈を覚える。


 “政声隊”である中年三人組と、間崎達の敵意の足音がサミュエル達を覆い始めた。


「下がってください!!」


 凛とした声が、サミュエルの背後から聞こえた。


 声の主に振り返る間もなく、サミュエルはシャロンの正面からのタックルによって下げられた。


 サミュエルに向かう、中年三人組と“力人衆”の足元の土瀝青(アスファルト)が弾け飛ぶ。


 サミュエルとシャロンの前で、歩みを止められ狼狽する黒シャツ軍団。


 その群れの中にいる、中年三人組の黒縁眼鏡――カンタ――の眼に進路を妨害する存在が映る。


 サミュエルとシャロンと入れ替わるように、“力人衆”と“政声隊”のトルクを纏う集団に立つ人影。


 黒いパンツスーツを纏い、薄紫のシャツを着た女性。


 細くしなやかな肉体をした者の顔は、眼以外の部分を覆うマスク――特殊部隊や軍隊で使われるバラクラバ――で見えない。


 しかし、目元は小太刀を思わせる凛とした鋭さがあった。


 カンタが青緑の“コーリング・フロム・ヘヴン”を召喚し、彼女に向け電撃を帯び始める。


 しかし、青緑の人影は消失。


 同時に、カンタの額を覆った影が巨体を吹っ飛ばした。


 サミュエルは薄紫の女性を見る。


 彼女の左肩のストラップから掛かる携帯型騎兵銃(アサルトカービン)


 その銃口の下に付けられた30㎝長の擲弾発射機(グレネードランチャー)から硝煙が微かに上っていた。


 仰向けに倒れたカンタの傍には、掌大のゴム弾が転がっている。


――暴徒鎮圧用のゴム弾!?


 非殺傷兵器ではある。


 だが、プロボクサーのパンチに匹敵する威力で、打ち所によっては失明や死に至るとも言われていた。


 カンタは二人の中年女性に支えられながらも、立ち上がる。


 眼鏡が衝撃でどこかへ飛び、戸惑っているところから見ると、死んではいないようだ。


「これはいったい!?」


 サミュエルとシャロンを、ヨメダ珈琲店の入り口で出迎えたハチスカ。


 布製の携帯演算器(コンピューター)を抱え、不安な表情を浮かべていた。


「大丈夫です! 味方ではありませんが、“政声隊”と“力人衆”を抑えてくれています!」


 サミュエルが、困惑するハチスカを店舗裏の駐車場へ誘導する。


「あの人はいったい……!?」


 サミュエルの後ろで戸惑うハチスカを挟むように、バラクラバの女性が後退。


 彼女は、携帯型騎兵銃(アサルトカービン)に付けられた擲弾発射器(グレネードランチャー)に掌大の擲弾を入れ、発砲した。


「“薄紫の牙ヴァイオレット・ファング”。この街で活躍している自警市民……ですよね!?」


 サミュエルがバラクラバの女性に問うと、彼女は次弾を擲弾発射機(グレネードランチャー)に装填。


 返事に応えるように、撃つ。


 閃光混じりの爆発音とともに、“力人衆”の絶叫が聞こえた。


 彼女が撃ったのは、閃光弾(フラッシュグレネード)に違いないだろう。


「サミュエルさん、“望楼(ヴェルヴェデーレ)”の方たちは、道路の状態で来ることが困難でしょう……連絡をした方が良いかと思います」


 “薄紫の牙ヴァイオレット・ファング”に言われ、携帯通信端末(スマートフォン)を手にする。


「待ってください……彼女はあなたの組織の方ではないのですか!?」


 ハチスカの戸惑う声が、サミュエルを遮る。


 登録していた番号に電話を掛けると、


「いや、彼女はさっきも言ったように()()()()……ノーサイドです。私たちと共通の敵がいるから、味方が来るまで行動を共にしているだけです」


 サミュエルが携帯通信端末(スマートフォン)からの応答を待っていると、ハチスカの向こう側にいた薄紫の牙ヴァイオレット・ファング小型騎兵銃(アサルトカービン)を流す様に撃っていた。


 視覚を奪われつつも、“力人衆”はサミュエル達への歩みを止めない。


 シャロンは滑走板(スケートボード)で跳躍。


 滑走板(スケートボード)越しに、一人ずつ蹴り上げていく。


「シャロンさん、離れて!!」


 薄紫の牙ヴァイオレット・ファングの声と共に、シャロンが引き下がる。


 彼女は小型騎兵銃(アサルトカービン)擲弾発射器(グレネードランチャー)に擲弾を込め、シャロンの背後に向けて撃った。


 閃光で目を奪われながらも、炎の“コーリング・フロム・ヘヴン”を召喚する、中年太りのリカコ。


 彼女の攻撃がシャロンに迫る


 しかし、炎はシャロンを焼かず、()()()()()()()()()()()


 戸惑うリカコだが、それを他所にサミュエル達に近づこうとした“力人衆”が悶える。

 何人かは目と口から出るものが全部出て、またある者は火達磨になっていた。


 薄紫の牙ヴァイオレット・ファングの撃ったのは、催涙弾だ。


 その成分はクロロアセトフェノンで、世界各国の警察が暴徒鎮圧用に使用している。


 無論、催涙スプレーも例外ではない。


 そして、この成分の発火点は88℃。


 数年前のポーランドのサッカーの試合で、スタジアム警備を担当していた機動隊の放った催涙スプレーが、熱狂したサポーターの焚いた発煙筒に引火。


そして、火達磨となった事故が報告されている。


 リカコの炎を司る“コーリング・フロム・ヘヴン”の攻撃の無策さに目を付けた、薄紫の牙ヴァイオレット・ファングに軍配が上がったということだろう。


 サミュエルは珈琲店の裏に回りながら、携帯通信端末(スマートフォン)が繋がったことを確認した。


「攻撃を受けている。合流地点はヨメダ珈琲店の駐車場――」


 サミュエルは、携帯通信端末(スマートフォン)にその後の言葉を告げられなかった。


「……()()()()()()()……?」


 後ろから来たハチスカの問いに、サミュエルは答えない。


 いや、目の前の存在から放たれる()()が言葉を遮っていた。


 携帯通信端末(スマートフォン)を切ったサミュエルの視線の先に立つ男。


 歳としては、サミュエルと同い年の日本人の青年。


 ノンフレームの眼鏡に、鋭い眼。


 白いシャツに、青空を思わせるスリムフィットのデニム。


 全体的に細い印象だが、鍛えられていて、()()と例えた方が良い。


 彼の右手には、彼の背と同じくらい、突撃銃(アサルトライフル)と一体となった“矛槍”が握られている。


 サミュエルは、男の名前を知っていた。


「原田……龍之助……」

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© 2025 アイセル

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