敵対―⑦―
サミュエルは、踏みつけていた顎髭男の背を蹴る。
カエルを踏み潰した様な声を出した男を下に、サミュエルは跳躍。
持っていた“パラダイス”を振りかざした。
折りたたまれた鎌が起立し、銃口を覆う。
穂先が間崎の額に狙いを定めた。
しかし、サミュエルの曇った顔を眼にする。
彼の前に突き出された間崎の両腕を氷が覆っていた。
サミュエルの振りかぶった大鎌が、遮られる。
「それ、チンパンジーがやっと二足歩行を覚えましたという一芸?」
「人間として、地に足を付けて考えただけだ!!」
間崎の言葉と共に、背後から現れる白い人型。
サミュエルは、その伸ばした右手から冷気を感じ取る。
“パラダイス”の鎌を折りたたみ、銃口を白い人型に向けた。
サミュエルは引き金を引くと、銃声と共に金色の砂塵が人型を覆う。
衝撃で、人型の作り出した氷柱が吹き飛んだ。
サミュエルも銃による斥力で、間崎から距離を取る。
金剛風波。
“リア・ファイル”によって作られた砂塵を、砂塵風射の研磨剤に見立てて放った“疑似物理現象”だ。
砂塵が衝撃と共に放たれることで、接近戦と煙幕にも使える。
だが、地に足を付けた瞬間、サミュエルの眼前に間崎が肉迫。
猛禽を思わせる眼の間崎に、サミュエルは咄嗟に“パラダイス”を横一文字に据える。
硬質な意思を思わせる衝撃が、サミュエルの両腕の骨と肋骨を震わせた。
拳の衝撃と炸裂した冷気が、サミュエルの頬を舐める。
サミュエルが下がると、間崎の右腕のフックが空を切った。
サミュエルは、“パラダイス”の鎌を起立させる。
間崎の右肩を裂かんと、左から右斜め下へ振り下した。
金の軌跡が、間崎の氷の籠手――左腕の肘から下を削る。
サミュエルの振り下ろした鎌の穂先が、土瀝青を貫いた。
しかし、土瀝青が微かに氷に覆われている。
サミュエルは、一歩下がった間崎の革靴も氷となっているのを見た。
「地に足を付けて考えたからな?」
間崎はサミュエルに、シニカルな笑みを浮かべる。
氷の“コーリング・フロム・ヘヴン”の人型で、靴と土瀝青を凍結。
サミュエルの攻撃を、滑走して躱したのだ。
「浅知恵のマウントを楽しんでいる様で何よりだね!」
サミュエルが吐き捨てると、腹への衝撃を覚える。
寸前で“磁向防”を展開したサミュエルの目の前に、肉迫してきた間崎。
彼の氷に包まれた右拳によるボディブローが、氷の土瀝青による滑走でサミュエルに放たれた。
「随分、嫌な使い方をするね?」
損傷を防げたとは言え、サミュエルは痛覚を紛らわせるように呼吸を整える。
「これの方が性に合っているようでね……適性があったんだ」
間崎は左右にステップを取りながら、
「炎は焼き尽くすし、雷は一瞬だ。じっくりと肉の感触を楽しめるなら、氷が一番だ」
口の端を吊り上げた、間崎の嗜虐の笑み。
彼の眼が、呼吸を苦しそうに整えるサミュエルを映す。
間崎の背後の“力人衆”も、彼に同調するように苦しむサミュエルの姿を見て、悦に浸っていた。
――早く、ケリを付けないと!!
サミュエルに刻まれた記憶が、“力人衆”によって励起する。
その中の死の香りが彼の五感を支配し始めた。
眩暈を覚えて下を見ると、氷の滑走路が彼の足元に出来ていた。
勝利を確信した間崎の獰猛な笑みが、サミュエルとの間合いを詰める。
「じゃあ、一瞬の快楽を味わってみる!?」
間崎の勝利を疑わない瞳。
サミュエルの繊細ながらも鋭利な笑みを映した。
戸惑う間崎の足元に突き立てられた、“パラダイス”の鎌の穂先。
「真名:“ゲイ・ボルグ”!!」
サミュエルの“パラダイス”が輝き、金色の旋毛風が覆う。
旋毛風は、紫電を放ち始めた。
砂塵を一瞬にして一列に並べると、それは雷霆となる。
雷霆が間崎の作った氷を伝い、稲光が間崎から発光。
一瞬にして氷から走った電流が、間崎を感電させたのだ。
液体の水に食塩を入れることで、電気が流れる。
それぞれナトリウムイオンと塩化物イオンが、プラスとマイナスのイオンに分解され動くからだ。
しかし、水の個体である氷はどうか。
氷には、金属を流れる自由電子と言うものはなく、電気を帯びたイオンがあっても固体のなかで動くことはない。
だが、条件によるが、純粋な氷でもわずかに電気が流れることがある。
純粋な氷には水を構成するH₂O分子が水素結合によって、互いに三次元的につながっている。
しかし、氷の中の全ての分子がH₂Oの形を保持しているわけではない。
水分子にプラスの電気を持つ陽子――プロトン――が余剰に結合したH₃O⁺イオンが隣接するH₂Oに余剰プロトンを渡すことが出来る。
その受け渡しの繰り返しで、氷の中で電流が流れる。
氷の場合はプラスの電気が流れるが、金属の場合は、マイナスの電気を帯びた電子が流れる点が異なる。
これを”グロットゥスメカニズム”と呼ぶ。
だが、H₃O⁺は氷中に大量に存在しない。
加えて、流れる電流は半導体ほどの小さいものだ。
プロトン移動の連鎖には受け側のH₂O分子が氷中で、わずかに向きを変える必要がある。
別の言い方をすると、プロトン移動には膨大な熱力が欠かせない。
その上、約-80℃以下では起きない。
サミュエル側の電気エネルギーは、“命熱波”を発生させる命導巧“パラダイス”の真名解放で得られた。
本来、“ゲイ・ボルグ”は放電衝撃波を利用する。
周囲を電気で爆発させ、その際に発生した砂塵を一列に放つ。
その電気エネルギーを流して、人造“命熱波”の“コーリング・フロム・ヘヴン”の発した“疑似物理現象”による氷の中の“リア・ファイル”に、サミュエルは働きかけた。
そうして、プラスの電気の牙に間崎は囚われたのだ。
「じゃあ次の一芸、仕込まれてみる? ……少し古いけど、反省のポーズかオーソドックスにドゲザ……どちらか選ばせてあげるよ、バカなボス猿さん?」
サミュエルの啖呵に間崎は膝を折り、応えない。
氷の籠手もない。
だが、彼の細い眉の下の切れ長の眼は上目遣い。
手に得物があれば、すぐさまサミュエルに突き立てかねない、怒りに満ちていた。
ふと間崎の目の中のサミュエルが、赤く染まるのを見る。
サミュエルが後ろへ後退すると、間崎との間に火球が落ちた。
出所を見ると、“力人衆”の男が炎の“コーリング・フロム・ヘヴン”を出している。
観衆として見ていたが、間崎の危機に反応したようだ。
サミュエルを脅威として認識した“力人衆”。
三色それぞれのトルクが、首元で警戒心の色となっていた。
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