敵対―④―
4月14日 上万作市内 伊那口付近の喫茶店“ユメノ珈琲店”
午後4時37分
「つまり……日本政府を告発したい、そういうことで間違いありませんか?」
サミュエル=ハイロウズはテーブルの向かいに座る、中年男性に確認を取った。
男性の身なりは、特別洗練されているわけではない。
くすんだ緑色のパーカーと黒いパンツ。
しかし、くたびれた服にもかかわらず、律儀に手入れしているのか皺が意外と少ない。
小綺麗で物持ちの良い印象は、礼儀正しく温厚な第一印象を周囲に与えるが、
「そうです!! 彼らの欺瞞をこの手で明らかにしないといけません!!」
怒りを出し慣れていないのか、小綺麗な中年男性の言い回しが仰々しい。
彼はサミュエルとの間に置かれた携帯型の小型演算器に映るものの強調も忘れない。
「……ハチスカさん、あなたの勇気と決断には敬意を表しますけど……これは、茨の道です。身辺整理とかその辺りは、本当に大丈夫ですか?」
どこか小綺麗すぎる、ハチスカと言う男の眼は鋭い。
その男の眼の中のサミュエル自身の姿を見た。
飴色のジャケットで、金髪の長髪を頭の少し上に一房にまとめた――ポニーテール――にしている。
サミュエルの碧眼はハチスカの鋭い目つきとは対照的に、信じ切れないか――あるいは、彼の熱意に圧されたのか――輝きは少ない。
「わかりました……善処します。あなたから嘘と断じる要素が見えないのは仲間から聞いて、それは伺えます」
「それでは、信じてくれると!?」
「勘違いしないでください……『半々で真実と受け取る余地もない』という意味もあります」
サミュエルの反応に一縷の望みを賭けたハチスカに、釘を刺す。
ハチスカの声が大きく感じたので、サミュエルは改めて両手で制した。
――なんか苦手だな……この人。
サミュエルは、注文で運ばれたココアを飲む。
ハチスカの言うことを咀嚼するように、情報通信端末に目を向けた。
――上万作から伊那口という広範で行われた人体実験……。
ハチスカから送られた人体実験の資料を見て、サミュエルは状況の整理に入る。
彼によると1980年代より不妊治療に格好をつけて、人体実験をしていた。
その内容と言うのは、“体外受精”や“卵子凍結技術”である。
卵子凍結技術は、元々、日米間貿易の牛肉の輸入自由化により質の良い乳牛を輸出するために使われた。
同年代に人間の女性に適用させ、成功させる。
ついでに言えば、1983年には日本のある大学での体外受精の成功例も報告されていた。
「正確に言うと、卵子凍結技術を応用した体外受精です。私は当時、不妊治療を扱う医師で、色々な技術を研究していました。来るべき少子化に備えて……」
ハチスカの言葉に耳を傾けつつ、情報通信端末から目をそらさない。
産業の発展は、生き方の選択肢の多様化も伴う。
しかし、出産もそれに対応しているかと言えば……賛否は分かれる。
出産適齢期は、父か母、そして両者の健康状態に大きく左右されるからだ。
「確かに……高齢出産については色々リスクが伴うという話は聞くし、それを避けるための努力を今の産業構造や労働形態で受け入れられているかと言えば、疑問よねー」
そういうのは、サミュエルの左隣にいる少女。
水色と白色で彩られたニット帽を被り、全身桃色トレーナーが彼女の華奢な身体を覆う。
「それに、高齢化は日本が突出しているけれど、工業国全体の問題だしね……」
隣の少女の名前はシャロン=ケイジ。
サミュエルの所属する組織の相棒である。
「そして……そのいわくつきの卵子凍結や体外受精に使われたのが……」
「“リア・ファイル”……つまり“UNTOLD”です」
サミュエルとシャロンが動いた理由だった。
“UNTOLD”。
Utilization of Nucleus, Theory, Object, Leverage and Dimension(原子、物理法則、物体、力学と事象干渉を行う技術)という、頭文字を取ったものだ。
当然、“リア・ファイル”関連も含まれる。
「まあ……“UNTOLD”は確かに、僕たち“望楼”の管轄だからね……」
“望楼”。
大企業や公的機関が隠蔽した記録を公にし、監視社会の批判や環境保護を訴える市民による組織である。
しかし、その実態は“UNTOLD”の悪用及び、それによる破壊活動を行う組織の監視を行う“反UNTOLD組織”だ。
「でも……内容が内容だよね」
隣のシャロンがサミュエルの見ていた情報通信端末を覗き込む。
シャロンが上体をくっつけてきたので、彼女の口元から、甘い匂いがした。
円形のペストリー生地にソフトクリームを載せた、ユメノ珈琲店の名物。
シャロンが、先ほど食べていたものだ。
猫の様に擦り付ける彼女と、それになすがままの自分を映した、ハチスカの眼。
呆然として、自分たちを映すものだから、サミュエルは気まずさを覚えた。
「上万作一帯の陰謀に、3D資金……ここまで言われると……」
「3D資金って、アメリカが同盟国に行った選挙資金の協力だよね?」
シャロンの言葉に、サミュエルは短く頷いた。
3D資金。
その名は、3つのD――Democracy(民主主義)、Defense(防衛)、Dominion(自治)――から取られている。
アメリカ合衆国がCIAを通して、日本の戦後最大与党の民自党に選挙協力の下で資金を提供。
共産主義政権、及び社会主義政権への牽制と、それらの日本での樹立を妨害するため、冷戦時に行われた外国による資金提供。
サミュエルはそう聞いている。
「でも、これ……今や、投資詐欺の口実にしかなりませんよ?」
アメリカの行ったことは、事実だとすれば内政干渉だ。
不安定な極東情勢という理由はあれ、大国だからと許されるものではない。
日本にいたっては政治資金規正法により、“政治とカネ”の問題は国内外の流出入が明らかになれば、与野党議員問わず世論から叩かれる。
当然、非常識な献金や会計処理も例外ではない。
ザル法と世論は言うが、信頼性は別としてメディアの俎上に当事者は立たされる。
それからは法的手続きの出番だ。
法治国家の面子を保つ程度だが、役には立っている。
つまり、3D資金と陰謀論は同意語という認識で正解だ。
「アメリカの製薬会社から資金を得ていました。無論、海外法人は日本支社でも献金は出来ないので、医師がハワイで受け取りました。そして、日本の医師団体を通して政党へ献金……与党に流れていました。この広島で行われ、その対価に……」
「上万作から伊那口一帯での、“リア・ファイル”を使った特殊な“卵子凍結実験”と体外受精への技術提供ですか……」
情報通信端末を見ながら、サミュエルはハチスカからの内容を小さく反芻する。
資料を見ていたら、サミュエルはなじみ深い固有名詞を見つけた。
サミュエルは、それについて問おうとするが、
「それに……今、騒がれている事件……無関係ではありません」
ハチスカの言葉に、サミュエルは出鼻をくじかれる。
その時の言葉が引っ掛かり、
「待ってください……騒がれている事件と、上万作の人体実験……その繋がりとは?」
サミュエルは、ハチスカに先を促す。
サミュエルの中で、繋がってはいけない欠片が繋がる不気味さが支配していた。
ハチスカは、牛乳も砂糖も含めていない珈琲を飲み、一呼吸入れると、
「子どもたち……正確には、昏睡状態に陥っていた子どもたちは、私が“リア・ファイル”による実験を施された家族の子どもたちです」
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