敵対―③―
広島市内 地方自治研修センター 講堂内 午前10時37分
――何で、こんなことになるのよ!?
雑賀 多恵は携帯通信端末の通知の嵐に辟易していた。
原因は分かっている。
いや、明白だからこそやり場のない怒りが、雑賀の感情の器から溢れ切っていた。
方々からの視線が、雑賀 多恵に注がれる。
視線の紡ぎ手から囁かれた言葉が、雑賀の劣等感に突き刺さった。
「また河竹市……?」
「あの人たち……また問題起こしたの?」
河竹市。
雑賀 多恵の勤める市で、所在地は山陰地方の島根県と鳥取県の間である。
島根県か鳥取県の違いが分からないという自虐冗句があるが、少なくとも河竹市に行けばどちらにも行った証明に使える程度の知名度である。
しかし、地元や近辺に住む者からはそれ以外の意味も含まれていた。
――……河上 サキに斎藤 一平……!!
雑賀が負傷した地自労の河竹市の若い組合員に聞いてみると、二人の名前を確認したという。
しかも、深紅の外套の守護者と一緒に共同戦線を張っていたのだ。
世界で有名な“ウィッカー・マン”討伐の英雄の少年と少女に対峙してしまった、組合員は雑賀に組合を抜けたいとまで言い出した。
そして、今回の深紅の外套の守護者との交渉に臨んだ職員の中には、役場を辞めたいとまで言い出すものもいる始末だ。
組合は、原則、脱退は自由である。
しかし、組合に入ることを是としている組織で、その逆は想定されていない。
抜けた者についての、職場での関りも必然的に皆無。
そうなった場合は、いない者と同じ扱いになる。
雑賀はそれを心配しているのもあるが、
――全部、私のせいになるじゃない!!
雑賀 多恵は男社会でもある地方公務員の中で、若い女性リーダーとして白羽の矢が立った。
その使命感は、“政声隊”のデモで台無しである。
しかも、河竹市を失墜させた河上 サキと斎藤 一平の二名が関わっていた。
――あいつ等のせいで!!
雑賀 多恵が高校卒業してから今日までの7年間、河竹市に勤めている。
地元の高校で優秀な成績だったが、大学へ行くよりも、早くお金を稼げる公務員に進路を定めた。
地元で安定した日常を送れると考えていた。
しかし、彼女の人生の展望は崩壊を迎えた。
「河竹市って、“預け”と“差し替え”してたんだろ?」
「しかも、裏金も作っていたんでしょ?」
「俺……そこの職員が裏金使い込んで、女子高生と未成年飲酒させようとしたら、女の子の友達に見つかって、ぶちのめされたって話聞いたぜ?」
“預け”は、使い切れなかった国や県の補助金を取引業者にプールさせる行為である。
“差し替え”は、業者に請求書と違う品物を納入させることである。
当然、認められる筈が無い。
何より、河竹市役所が、全部やったことも事実である。
しかし、
――私の草一さんを……あんな奴らと一緒にしないで!!
彼女の夫、雑賀 草一は河竹市職員である。
彼とは課が違うものの、組合活動で知り合った。
雑賀 草一は、県外から入庁をした――いわゆる、Iターン――職員である。
浅黒い肌で、笑顔は爽やか。
何より外のことを知っているからか、地元の郷里の人間よりも洗練されている雰囲気があった。
雑賀 多恵も高校を卒業してからすぐに入庁。
垢抜け始めた彼女にとって、刺激的な出会いだった。
それから二人は恋仲となり、結婚もした。
しかし、彼女たちの人生が荒天に見舞われたのは、ある少女と少年との出会いだった。
「しかも、河上 サキの高校の前で好き放題に騒いでおいて、河竹市の連中……また喧嘩したんだよな……まったく、田舎役人め」
――そんなんじゃない!!
雑賀 多恵の知る限り、周囲の認識と自分の認識は大きく違う。
端的に言うと、汚職をした職員がいた。
そいつとつるむ一部の職員が、よく行く札付きの飲食店連中たちが、よりにもよって斎藤 一平と河上 サキの友達の女子高生を連れてきてしまった。
彼女の同意も曖昧なまま。
しかも、常連が飲酒を持ち掛けたのもタチが悪い。
そこに、斎藤 一平と河上 サキが店に乗り込んだ。
彼らは、友達を救うために汚職職員たちばかりか、飲食店の従業員や常連客もぶちのめした。
そこで終わりかと思ったがそうではなかった。
斎藤 一平と河上 サキの友達の女子高生が、河竹市の汚職の証拠ともいえるUSBメモリを何らかの形で手に入れてしまったのだ。
全課で行われた不適切な会計に加え、一部職員による横領という異常事態に河竹市全課が、記録を確保するために職員に回収を命じた。
消防団も総動員である。
無論、命じられた職員兼、消防団員には、雑賀 草一もいた。
このことから、斎藤 一平や河上 サキと事を構えることになった。
何で上司がそんなことを命じたのか、多恵にわかる由は無い。
しかし、この争いは思わぬところから横槍が入る。
「しかも、河竹市のやらかしたことを“ワールド・シェパード社”の関係者が嗅ぎ付けたんだよな……そして、“ウィッカー・マン”対策の特区を作るという名目で、河竹市役所を買い取った。山陰両県知事も防災目的だと何も言えないから」
「そして、中国地方全体の県から市町村までの職員を、消防団の減少も重なって防災要員としての訓練が義務付けられた……」
“ワールド・シェパード社”という民間軍事会社は、戦闘だけでなく災害時の救助活動も行う。
そのための人員としての訓練への参加が義務付けられた。
無論、その第一弾が河竹市だった。
男女の関係もない。
老いも若きも些細な事だった。
その訓練に参加させられた。
しかも、防災とはいえ“ウィッカー・マン”を討伐するためのものだから、厳しいものだった。
河竹市は全国の消防団訓練では上位にいたが、“ワールド・シェパード社”の訓練の前では、その時の賞などは塵紙と化した。
全国に河竹市役所職員が、男女平等に倒れ、泣き言を晒した。
公共の受視機ばかりでなく、電脳空間でも。
しかも“河竹市役所”も、“ウィッカー・マン対策”の前線として24時間、インフラをフル稼働という状態になった。
世界的な脅威の前に、公務員の権利はなくなった。
しかも、河竹市の悪事の連座と言わんばかりに。
それが中国地方全体に広がった。
「要は河竹市のせいで……俺たちは、座学と実技で訓練しなきゃいけないんだよな」
「しかも、減給もあるからな……」
「就業時間で終われないものね……」
河竹市の汚職の中心人物は、何故か行方不明。
証拠を確認しようとしただけで、中国地方の全自治体職員が軍隊染みた訓練に駆り出される。
当然、地元市民からも冷たい目で見られるようになった。
そして、携帯通信端末の止まらぬ通知も、雑賀 多恵の短文投稿サイトに限らず、SNSへの返信だ。
無論、上万作の軍事化に反対するパレードの写真だ。
地自労の一人として参加したものだが、
“公安さん、反日デンサヨがいます”
“税金泥棒”
“髪染めたサル顔女”
多恵は通知を受けるたびに、携帯通信端末を操作。
ブロックと報告を繰り返す。
――何が悪いのよ……これはやり過ぎって訴えて、何が悪いのよ!!
雑賀 多恵は、内心ぶちまけたい思いだが、留まる。
彼女だけではない。
河竹市から研修で派遣された職員たちは、皆、同じような目に遭っていた。
しかも、地自労の活動に乗り気でない、出張と言う名のガス抜きでやっている公務員からの心無い一言のサンドバッグにされた。
悪口は高卒の若い職員を中心だが、同年代や年上の職員は笑顔で接するものの眼は笑っていない。
話そうとすれば、すぐに距離を離す。
目を合わせたら、意図的に逸らす。
関わりたくないと口に出してくれたら、どれほど楽であろうか。
大人と社会への憧れが、思わぬ形で雑賀 多恵への悪意となり返ってきた。
――私は……負けない、負けてたまるか!!
雑賀 多恵に、これらの悪意に引き下がる選択肢はない。
――おなかの中には……草一さんとの子どもが!!
多恵もだが、草一も耐えていた。
草一にいたっては、何故か汚職職員と共に女子高生を襲おうとしたとまで言われたほどだ。
だから、
――生んでやる……生きてやる!! しかし……その前に。
雑賀多恵は、この現状を訴える。
国ではないが、少なくとも、デモに加わった地自労関係者が、深紅の外套の守護者、斎藤 一平と河上 サキという三名に無意味に倒された。
その原因を作った、山土師 靖。
彼には責任がある。
――彼に、直に訴えないと――!!
そう思いながら、多恵は休憩時間の終わりを迎える。
それから、次の研修の準備に入った。
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