第肆話:カメは圧力に屈し、嘆きの日々に戻る。
結局、浦島に助けられた俺は、浦島に出会ったことで記憶の中に竜宮城への行き方が刻まれていた。夢だからといって、好き勝手に動かれては誰かが困るのか、見えない裏の圧力で物語通りに進んでしまっている。
「ちくしょう、何でだ。カメだって準主役だよな。それなのに、浦島が優遇されている気がする」
とりあえず行き方は分かったわけだから単独で行ってみる。再び海に潜り、主のいる竜宮城を目指した。
深く深く潜っていくと、竜宮城らしき巨大な建築物が眼前に広がっている。おぉ、これがそうなのか。よし、このまま進んで突入して先に乙姫に会うとしようか。
「……くっ、何故だ? ちっとも前に進んでいる気がしない。確かに目の前には城があるのに」
何だよ。これもどこかの圧力か? 浦島を連れてこないと入れない。そういうことなのか? 俺は何度も何度も城に入る努力をし続けた。だが、やはり見えないバリアのようなもので一向に近付くことが出来なかった。仕方ない運命には逆らないんだ。
諦めて海岸へたどり着いた俺は、岩場の辺りでのんきに釣りをしている浦島を目撃する。
「くっ、のんびり釣りなんかしやがって……」
助けたもらった礼もあるし、俺は数匹の魚を捕まえて、浦島の釣り糸に無理やり引っかけてあげた。案の定、奴はもの凄く喜んでいるようだ。ならば、さらに驚かせてやるか。
「あの、この前は危ない所を助けていただき、ありがとうございました」
「おや? カメさんじゃないか。三日ぶりだね。どうしたんだい?」
何? 三日ぶりだと……俺は竜宮城目指して数時間、泳いでいたはずなのに、三日だと? 地上とは時間の流れが違うのか。
「浦島様。わたしを助けて頂いたお礼に、竜宮城へお連れしましょう。そこで、我が主……乙姫へお会いになってください」
「なんと! そんなところがあるのだね。しかし、先程釣った魚を持って帰りたいのだが……」
「魚は帰る時に新鮮な状態でお返しします。どうか、一緒に竜宮城へ……」
魚数匹よりも贅沢なご馳走が待ってますよ。早く俺に乗ってくれ!
「そうですか。では、私を連れて行ってください、カメさん」
はいはい、予定通りですよ。喜んで!
「では、私の背にお乗りください。行きますよ」
浦島を俺の背というか甲羅の上に座らせて、いざ海中へダイブした。
やはり単独では行けなかったというより、行かせなかった竜宮城はあっさり着いてしまった。結末を知っている俺は、今から始まる宴会を何としても止めなければならない。とりあえずは乙姫と初対面だ。
「浦島さま。カメを助けて頂き、ありがとうございました。是非とも、お礼をしたく、わたくしの所へ来ていただいたわけでございます」
けっ、猿芝居なんだよ。さほど美人でもないのにおしとやかに見せやがって……。
「あなたが乙姫様! なんてお美しい人なのですか……」
いや、浦島さん。あんた、騙されてるよ。そしてこれからさらに騙されるぜ?
「これより、城の女官たちの踊りをお見せ致します。そして、ご馳走を召し上がってください。長く長く居て頂きとうございますわ」
「おぉ! なんと美しい舞いなのだ。料理もとても美味しい……何て楽しいのだ」
くっ、浦島さんの気持ちは痛いほど分かるぜ。貧乏人に贅沢を味わわせたら、戻れねえからな。だが、そうはさせん! カメにはカメの恩義がある。先に玉手箱を破壊すれば悲しい運命になることはないはずだ。そう考えた俺は、箱を探すためにこの空間から出ることにした。
浦島さんが宴を楽しんでいる内に、俺はどこかにあるであろう玉手箱を探すためにありとあらゆる場所を探した。タンスの中、壺の中、棚の中……だが、箱は見当たらなかった。この時点で、俺の体内時計は数時間経っていた。城から出て海の中も隈なく探そうとしたが、どういうわけか結界が張られてやがる。
仕方なく俺は、浦島さんと乙姫のいる部屋へ戻った。戻った時点で数日か数か月かが過ぎていたようだ。
「くっ、どうにもなんねえのか……」
そしてとうとう浦島さんが地上にどうしても帰りたくなって、土下座までして乙姫に頭を下げた。
「本当に帰られてしまうのですね。悲しいですがこれもまた運命なのでしょう……これ、箱をここへ」
乙姫の腹心が玉手箱を一瞬にして手元に出した。そして乙姫に手渡そうとしている。チャンスだ! 俺はこの時を待っていた。
うおおお!! カメなりの全速力で、玉手箱へ近付く俺。
「おっと、うっかり手が滑ってしまいました」
玉手箱を叩き落とすことに成功した! これで浦島さんに渡すのは失礼になるはずだ。
「カメよ……この箱が何ですって? きちんと私の手元にありますよ……」
なにっ? まさかこっちの箱は偽物だったのか?
ならば最後の手段だ。俺が浦島さんに転生して浦島さんがカメに転生してもらうしかない! そうすれば浦島さんはジジイになることもないし俺はそのまま夢から覚めればいいだけだ。
「カメ……いえ、タロウや……お前の出番はここまで。後の審判は番人に下されようぞ……」
「ちくしょおおおお!!! 全て計画通りだったのかよぉぉ……くそっ!」
夢から覚めた――
俺は慌ててネットを見て、浦島太郎の物語を確かめた。結末は変わっていなかった。彼は玉手箱を開け、何十年もの間、竜宮城で過ごした時を開放し自身の姿をジジイにしてしまった。
まぁ、これはこれで仕方のないことなのかもしれないが、何も変えられなかった。
いや、強引にでも変えることは可能だったのに出来なかった俺は、変える勇気と根性と、ほんの少しの悪ささえも持てなかったただの臆病な饅頭屋だったわけか。
「はぁ、また饅頭を売る日々の続きか。ん? そういや、対価ってどうなったんだ」
早朝、仕込みをしている俺に嫁が慌てて駆け寄り、恐ろしい形相で怒鳴って来た。
「あんた、昨日の饅頭30個分の売上金はどこへやったの? ほんの少しであっても、ウチラの生活の足しになってるんだよ? ねえ、どこにやったの? まさか、使ったんじゃないよね……」
「えーーと、分からん。金の行方が全く分からん……」
微かだが、夢に出て来た声が聞こえて来た。
善なる人……タロウ……オマエの対価はスデにイタダき、すでにカンゲンをシタ。コレからモ、ヒビをタノシク過ごセ……。
「うーむ? すでにもらって使ったってことか? それは何に……あ! あぁぁ……そうか」
「ねえ、聞いてる? 売上金、マジでどこ?」
「う、うん。い、いや~それなんだが、じ、実は恵まれない子供たち3人にあげちまった」
「はぁ!? どこの子供にあげたって? っていうか、恵まれてないのはウチの店だから! 勝手な事すんな、アホ夫!!」
くっ、そうか。俺を助けるためにガキどもにあげたお金が売上金だったのか。どうりで多かったわけだ。はぁぁ……やっちまったもんは仕方ないな。また饅頭を売りまくるしかねえな。
気付けば一番高価な腕時計も無くなっていた。またお金を貯める生活が始まるのであった。
完……ネクストストーリー「シンデレラ」