第八話 なかなかすごい贈り物が届きました
それから一週間後、私はいつものように訓練にはげんでいた。
ブレイン大佐は、お見合いのこともザカライア様のことも、なにも言わなくなった。
もうザカライア様とは以前のようにお会いする機会もないのかもしれないのだと思うと、胸が痛い。これは喪失感というのだろうか。
軍の訓練施設では、部隊ごとに基礎的な訓練がおこなわれたあと、それぞれ専門ごとの訓練がある。基本的に一日中訓練しかしていない。
私の専門は弓による狙撃で、狙撃部隊の一つを束ねる立場なので、訓練以外にも部下への指導や日報などやることがたくさんある。
午後になり、私は事務仕事を片づけようと執務室へ向かった。
『第二師団・特殊技能部隊』
そう書かれたプレートがぶら下げられている部屋が、私の所属部隊の執務室だ。室内には二十程度の机が並べられている。ここは特殊技能部隊の隊長クラスの士官が共同で使う部屋なのだ。
私の机に向かうと、なぜか隣の同僚が真っ青な顔をしていた。
「どうかしたの?」
「ハローズ少尉……お疲れ様」
彼は視線を私の机の上に移動させる。そこには大きな箱がどーんと鎮座している。
赤い包み紙で綺麗に包装されているその箱は、ザカライア様が行きつけのアップルパイの名店のものだ。私も何度かごちそうになったことがある。
「一時間ほど前に、カーライル少将閣下が突然いらっしゃって。ははっ、困ったよ」
少将という立場だと、いくら軍内部といっても、定められた区画以外は自由に出歩けない。
将官に対しては必ず護衛が付くし、すれ違うときには敬礼をしなければならないので、ほいほい訓練施設内を出歩かれたら訓練の妨げになるのだ。規則ではなく慣例というのだろうか。下の者が職務に集中するための配慮だと思う。
だから、ザカライア様がいらっしゃるのなら、事前に通達があるはず……なのだが、彼はわりと「よい、よい」などと言い、規則を無視する方だ。
ザカライア様はいいかもしれないが、下の者はとても困ってしまう。
それでもあの出来事で壊れてしまった私とザカライア様の関係を修復するために、わざわざ来てくださったのだとしたら……そう思うとじんわりと胸が熱くなる。
「すぐに、中身を開けろといい残して出て行かれたぞ?」
「アップルパイのはずなんだけど……?」
まさか開けたら何かが飛び出してくる、などといったことはないはずだけど。私はとりあえず言われたとおりに、丁寧にリボンと包装をはずす。 箱のふたを開けるとやっぱり中身は知っている店のアップルパイで、とくに変わったところはない。
「お、おい! ふたになんか書いてあるぞ……」
ふたの内側に目をやると、どんなペンで書いたのかわからないほど太い文字で、堂々とした印象の文字が綴られている。
『果たし状――――
リア・ハローズ殿。貴殿と真剣勝負を致したく、十日後の正午、北の森にてお待ち申し上げる。
もし、貴殿が勝利したあかつきには我が家宝の弓をさしあげよう。そして私が勝利したのならば“でぇと”なるものを所望する。
全力でお相手願いたい。私も一切の手加減はしない。
追伸、アップルパイの美味しい季節になったので、皆で食べるがよい。
――――ザカライア・カーライル』
ザカライア様はなかったことにしてくれるつもりなのだろうか。
「それは、決闘の申し込みなのか? 交際の申し込みなのか? ……アップルパイつきの果たし状って斬新だな」
「ちょっと、勝手に読まないで」
同僚がザカライア様からのメッセージをのぞき込んで、勝手な感想を言う。私は急いでふたを閉じた。
ザカライア様がなかったことにしてくれるのだとしても、もしかしたら本当になかったことにはできないのかもしれない。一度ひび割れたものをなおしても、壊れた事実がなかったことにはならない。
それでも私はまだ、あの方の優しさに縋っていたい。そう思ってしまうのだ。
***
そして十日後、私は完全武装で指定された森へ行った。
今日はもともと非番で、ザカライア様はどうやら、ブレイン大佐に私の予定を確認してからあの手紙を書かれたようだ。
べつにいらないのに、おせっかいなひげオヤジも一緒についてくる。
森の入り口にはザカライア様と、立ち会いをしてくれる一族の青年二人が立っている。
「リア、よくぞ来てくれた!」
「先日は大変失礼いたしました。にもかかわらず、このような機会をいただけましたこと――――」
「よい! それより、私が勝ったら……そのときは、話したいことがある。聞いてくれるか?」
「もちろんです」
勝っても負けても、私がザカライア様の話を聞かないなんてことはないのに。それに、ザカライア様に私が勝つことはたぶん無理だ。ザカライア様もそこはわかっていて、言っているような気がする。
でも、これはこの方が考えてくれた「きっかけ」なのだ。私はそれを大事にしたいと思う。
「ごほん。では……リアの得意な武器を考慮して、ザカライア様は森の中央へ、リアは好きなところから狙っていい」
ブレイン大佐が勝手にその場を仕切りだす。
この森は、軍がよく訓練に使う場所で、森の中央は野営ができるように切り開かれて野原のようになっている。私は好きなだけ距離をとって、どこからでもザカライア様を狙っていいらしい。
私の武器はもちろん弓で、鏃は金属ではなく、炭を魔術で固めたものだ。これは訓練用に使われるもので、一定の衝撃を与えると砕けて、当たった証拠を残す仕組みになっている。
いちおう安全……なのだけど、当たり所が悪いと大けがをする程度には危険な武器だったりする。そのほかに、細身の剣や複数の飛び道具も用意している。
一方ザカライア様の武器は、その辺に落ちていた木の棒一本だけだった。ザカライア様の本来の武器はびっくりするほど大きな槍だから、相当なハンデをもらったことになる。
「浅くても、先に一撃を与えたほうが勝ち。また、ザカライア様は広場から外には出ないように」
正直なめられているという気がするけど、まともに闘ったら絶対に一撃で終わってしまうので、仕方がない。
ブレイン大佐の説明が終わり、私は森の奥へ身を隠す。
木の陰から広場のほうを観察すると、切り株にちょこんと腰を下ろすザカライア様の姿が見える。
(か、かわいい……)
ひっそりと咲く野花にかこまれて、瞑想するように目をつむるザカライア様は、大きなクマのぬいぐるみが日なたぼっこをしているようで、見る者の心をいやしてしまうのだ。
冷静に考えると、目をつむっているのは私の魔力を感知するためなのだろうし、座っていることには「なめられている」と腹を立てなければいけないのだ。
私は気を取りなおして、試合開始の合図を待った。