第四話 出世するとしがらみが増えるもので
私はそれまでの功績で、庶民としては異例の早さで少尉……士官と呼ばれる身分になった。
士官になると、おおやけの場に出ることが多くなる。そして、えらい方々はどうやら私のことを王妃様や高貴な女性の護衛としてとりたてたいようなのだ。
自分で言うのもなんだけど、女性としてはそこそこ強い人間だから、上が使いたがるのも納得だ。
だけど身寄りもなく家族もいない私が、今のまま王宮に上がることは難しい。そこでブレイン大佐が私の後見人になって、王宮に上がるのにふさわしい礼儀作法を身につけるための指導役をしてくれることになった。
ブレイン大佐は数年前までザカライア様の副官をしていた人物で、昔から私のことをよく気にかけてくれた。なんとなく「気さくなひげのおじさん」といった印象の方だった。
その後お互いに部署異動などもあったのだけど、今は私の上司という立場だ。
ちなみに、私はいずれブレイン大佐の養子になるらしい。そこまでは私も承知していたし、ザカライア様もご存じのはずだった。
***
「あの、奥様? これは護衛の任務に必要なのでしょうか?」
短い髪を伸ばせと言われたことも、王宮にあがるなら当然だと思う。コルセットをぎゅうぎゅうに締められて、長いドレスを着てすごすのも、そういう服装が求められるときでも護衛対象を確実にお守りするためだ、と言われればそうだと思う。
でも、刺繍やダンスや恋文の書き方? 素敵なお花の選び方? ブレイン大佐の奥方から習うものは、はっきり言って私にはいらない気がした。
とくに、今やっている刺繍は本気でなんのためだかわからない。
繕い物ならわりと得意だけど、刺繍なんてしたことがなかった。
「なにを言っていますの? いずれ嫁いだときに必要になるでしょう?」
「と、とつぐ?」
奥様は不思議そうに私を見つめた。私と奥様の間には、なにか見解の相違があるのだということはすぐにわかった。
「あの、私はいったいなにを学んでいるんでしょうか?」
「もちろん、将来名家に嫁ぎ、その奥方となるにふさわしい女性になるための教育ですよ。リアさんは綺麗な金髪に青い瞳をお持ちですし。軍人とは思えないほど、ほっそりしています。適齢期は少々あれですが……今からでも間に合いますわ」
奥様はとてもよい方で、ほがらかにほほえんで自信満々だ。でも、いったいなにが今からでも間に合うというのだろう? わからないことはあるが、誰に聞けば真相が明らかになるのかはすぐにわかった。
「奥様、申し訳ありません。任務上のことで、大佐と大切なお話がありますので、いったん退室させていただいてもよろしいでしょうか?」
「あら、そうですの? そういうことでしたら、刺繍はまた明日にいたしましょう。それから、今夜は晩餐のときにお客様がいらっしゃるそうだから、お話が終わったら私のところへ来てくださいね」
「晩餐……?」
「ふふっ、楽しみね」
大佐がわざわざ夕食の時間に客人を招待している。もしそうなら、私はその前に湯浴みをして、食事ができなくなるほどコルセットをぎゅうぎゅうに締めて、違いがよくわからないけど、昼間とは違うドレスに着替えて……やることがたくさんある。正直、なんで事前に言ってくれないんだ、としか思えない。ものすごくイヤな予感がする。
私はゆっくりと立ち上がり、ドレスの裾をつまんでちょこんと礼をする。扉は屋敷のメイドが開けてくれるので、その人にも軽くお礼を言ってから、あくまで優雅に廊下を歩いた。目指すはひげオヤジのいる執務室だ。
「ブレイン大佐、リアでございます」
拳を握りしめ怒りで震わせながら、あくまで礼儀作法にのっとりひげオヤジの執務室を訪ねた。すぐに返事があって、扉が開く。
「大佐に重要なお話がありますので、少しのあいだ人払いをお願いしますね」
にっこりほほえみ部屋に控えていた使用人を下がらせる。
「大佐、奥様からなにやら私の結婚がうんぬん、というお話をうかがったのですが、どういうことでしょうか?」
「う、はぁ……だから言わんでいいと……。あれだ、早く身を固めたほうがいいだろうと思ってな。今ならギリギリ間に合う」
ハーティアの平均的な婚姻の年齢を考えると、私は行き遅れということになるらしい。そもそも結婚する気がまったくなかったので気にしていないのだけど、他人に指摘されると腹が立つ。
「ギリギリ!? 余計なお世話ですが、お相手の方とはいつ?」
私がじろりとにらむと、ブレイン大佐は両手を合わせて指をくるくるしながら答えない。絶対にやましいことがあるのだ。
「…………」
「もしかして、今日ですか?」
「…………えへっ」
大佐がかわいらしく首をかしげる。
「おいっ、くそジジイ!! 勝手にきめんなっ!」
そもそも私は口が悪い。育ちが悪いのだから仕方がないと思う。お高くとまった話し方をすれば、なめられる世界で生きてきたんだから。ただ、大人になって、アホじゃないから正しい言葉づかいができるようになった、というだけのこと。
「また、おまえは……少しは令嬢らしくなったかと思ったのに……」
「そんなことはどうでもいいっ! すぐに断れ!!」
座っている大佐の首もとをつかんで、ぐいぐい締め上げる。
「まて、それでは話もできん! リア、お前はいずれ、さる名家の跡取りと結婚してもらう」
「さる? 名家? どこの名家だっ! 勝手に決めるな!!」
「会えばわかる! それに今日は別に正式な見合いの場じゃない。だが、会えばきっと、お前は幸せ――――」
「人の幸せを勝手に決めないでいただけますか? 私は士官となりましたが、私生活まで勝手に決められるのなら、取り立てていただかなくても結構です! また軍がそういうことに立ち入る権利はないと考えます」
「いや、まて、私は義父としてだな、決して悪い話じゃ……」
「アホかっ! 結婚自体が私にとって悪い話でしかないっての」
私は尊敬するザカライア様のお役に立つことだけを考えて生きているのだ。ザカライア様を恋愛対象だなんて思ったことはない。けれど至高の存在があるのに、結婚相手を愛することはできるのだろうか? まったく想像できないし、べつにそのまま改善するつもりなんてない。
責任ある名家の出身なら、家のために結婚することもひとつの義務だと思う。でも私は二十四年間、家族を持たずに生きてきたのだ。ブレイン大佐の後見を得る条件が、結婚だというのなら、そんなものはいらない。
「養子の件もふくめ、このお話はなかったことに……。今までお世話になりました。それではごきげんよう」
私は大佐の首元をぐいぐい締めつけていた手をぱっと離し、丁寧に別れのあいさつをしたあとに、ぱっと身をひるがえし逃走した。
***
ブレイン大佐の屋敷から逃走した私は、当然だけど本気でそのまま帰らないというつもりではない。
家もないし、服もないし、ほとぼりが冷めたら屋敷に戻るつもりだった。
だけど、とりあえず今日の晩餐の時間までは逃げ切る。正式なお見合いじゃないとのことだったけど、初顔合わせのときからいないような女を、好んで嫁にもらう変な男なんていないだろう。
「それにしても、さる? 名家? ふふっ、笑っちゃう!」
行き遅れの二十四歳、しかも血筋も不確かで育ちの悪い、女軍人を妻に迎えようという人物はどんな人だろう。たぶん、よっぽどなにかやばい事情があるのだろう。
大佐も大佐だ。いくら名家だとしても嫁がこなくて困っているような人物と結婚して、私が幸せになれると本当に思っているんだとしたら、意外と視野の狭いおっさんだと思う。
私は王都の目抜き通りにある結構お高い喫茶店で、堂々とお茶を飲みながら時間をつぶすことにした。おさいふを持っていて本当によかった。
木を隠すには森の中。へたに隠れるより、いまの服装にふさわしい場所に堂々といればいいのだ。
今の私は、高級店でむだな買い物をしたあと、お茶を楽しむご令嬢という設定だ。
「日が沈むまで逃げ切れば……」
店内には私と同じような身なりの女性が多くいて、ブレイン大佐や屋敷の使用人が探しに来る気配はない。余裕で私の勝ちのようだ。
ところがそんな私の希望的観測はあたらなかった。
「少尉! ブレイン大佐がお探しですよ。ご同行いただけますか? ……つーか、いい年してなにやってるんですか?」
「げげっ」
現れたのは二人の下士官で、私のよく知っている人たちだった。そういえば、通りを歩いているときに、何人かの軍人とすれ違ったけれど、普通にあいさつをしてしまった。まさか大佐が義娘の家出を外部にもらすなんてアホなことをするとは思わなかったのだ。
二十四歳、ご令嬢の家出……恥ずかしすぎる。
「ちょ、あなたたち! いくら大佐のご命令であっても任務中に私的な人捜しに付き合うなんて」
「ご安心ください。非番です」
「……」
「非番です」
「……わかりました。ひとまず、支払いを済ませますので待っていてくださいます?」
あきらめて逃げるつもりがないことをしめせば、相手は油断するものだ。私はきちんと支払いを済ませたあと、外に出た瞬間、訓練のときよりも本気で走り出した。
そこから私とブレイン大佐たちの追いかけっこが始まったのだ。