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第三話 昔のことを夢にみていたようです

 私が昔のことを夢に見ていたのは、全身の痛みと、あたたかさと、ほどよい揺れ。どうやら条件が揃っていたからみたいだ。


「リア、リアよ! 大丈夫か!? 私はなんということをしてしまったのか!」


「ザカライア様……」


 私はザカライア様の腕の中で、彼の軍服のマントに包まれて眠っていたみたいだ。包まれていたというより、簀巻すまきにされていた、という言葉が近いかもしれない。ほどよく揺れるのは、馬車の中だから。

 ザカライア様はどうやら馭者ぎょしゃさんあたりから、私のけがの真相を聞いてしまったようだ。つぶらな瞳には比喩ひゆじゃなく、本当に涙が浮かんでいる。


「すまぬ、すまぬ――――っ!」


「ザカライア様。こちらこそ、とんだご無礼を。もうしわけありません」


「なにを言っておる! もとはと言えば、か弱き乙女を追いかけ回したブレインが悪い。あやつには少々、制裁を加えておいたゆえ、安心しなさい」


「制裁……?」


 どうしよう。いまの発言のどこに安心すればいいのか、まったくわからない。ザカライア様は純粋で……ちょっとだけ過激な方なのだ。


「もうすぐ屋敷につく。早く傷の手当てをせねばな」


 六年のつき合いで、これは「大丈夫です、帰ります」では済まされないとわかっていた。それに、私の現在の家はブレイン大佐のお屋敷なので、帰る場所がなかった。


 だから、おとなしくうなずく。


「腹は減っていないか? 菓子ならあるぞ。リア特製のタルトにはおとるがな」


 ザカライア様はそう言って、私を抱えたままの状態でポケットからお菓子を取り出し、包みを丁寧に開ける。

 なぜかこの一族の方々はとんでもない甘党で、ザカライア様はいつでもお菓子をもち歩いているのだ。軍内部のうわさ話だと、カーライル家では食事もすべてお菓子だなんて言われているけれど、さすがにそれは嘘だった。

 ザカライア様のお話によれば、大きな身体と筋肉を保つには、大量のお菓子が必要なのだそうだ。


 お屋敷で訓練をさせてもらっているお礼に、私もよく家でタルトを焼いてもっていくのだけど、ザカライア様はお優しいので、いつもその場でホールごとおいしそうに食べてくれる。

 ザカライア様がいつも召し上がっているお菓子は王都の人気店――――というよりザカライア様が行きつけというのが、王都の一流店のあかしなのだが――――それと私のごくごく普通のタルトを比べられると恥ずかしい。

 私のタルトは、きちんと料理本を読んで、そのとおりに作っている。まずいことはないと思うけれど、レシピどおりの味でしかない。


 ザカライア様がお菓子をすすめるときは、ご自身が食べたいとき。私が遠慮するとザカライア様もきっと我慢してしまうので、断ったらいけない。


「あの、少し……小食なので、ひとつだけいただけますか?」


 私はぐるぐるの簀巻すまき状態から脱しようと身じろぎをする。すると、すり傷が服にあたって地味に痛かった。


「動かなくていい!」


 ザカライア様の大きなお口換算で一口サイズの焼き菓子が、私の口につっこまれる。普通に、息ができない。

 涙目になりながらなんとか焼き菓子を飲み込むと、ザカライア様が心配そうに私の顔をのぞき込む。


「かわいそうに、傷が痛むのだな!?」


 馬車がお屋敷に到着すると、ザカライア様は私のことを横抱きにしたまま、せっせと運んでくれる。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。

 靴をはいていないし、仕方がないけれど、これはかなり恥ずかしい。それに、なんだかもうしわけない。


 とりあえず浴室を借りて身を清めると、なぜか脱衣所に私の服が用意されていた。私にぴったりの服、ではなく本当に私の服だ。

 昇進してから、ブレイン大佐のお屋敷に住まわせてもらっているので、彼がもってきてくれたのだろう。そういえば、さっきザカライア様に制裁されたらしいけど、大佐は大丈夫だろうか。


「リア様、お手伝いいたしますね」


「お手数をおかけします」


 手伝ってくれるのは古くからお屋敷に勤めている使用人さんだ。よく水分をふきとってから、傷の消毒をしてワンピースを着るのを手伝ってくれる。幸い、傷はすり傷だけですぐに治りそうだ。

 士官になる前は、普段から訓練用の軍服を着ていたのだけれど、ブレイン大佐のところでお世話になりはじめてからは、そういうのはゆるされなかった。


 今日なんて、せっかくの非番だったのに、朝からダンスだ、刺繍ししゅうだ……を一人では着られないような動きにくいドレスでやらされて、最悪だった。

 まさかそのまま脱走することになるなんて、考えてもいなかったけど。


 用意されていたのは私の服のなかでも、一人で着られるワンピースだった。青いシンプルなもので「二十四歳、ご令嬢見習い」という自分でも恥ずかしくなるほど痛々しい立場の、今の私にはぴったりのものだ。


 私の髪はつい先日まで短かったのだが、これも士官になってからブレイン大佐の指示でのばしている。はねやすく、少しくせのある金髪はぎりぎり結べるくらいの長さだ。着替えが終わったあと使用人さんが丁寧に編み込んでまとめてくれた。


「まぁ! リア様が軍服以外でいらっしゃるなんてはじめてですから、若様はきっと驚きますよ」


「お恥ずかしいかぎりです」


 使用人さんに連れられて、お屋敷の居間にとおされる。


「ぬっ!?」


「ザカライア様、このたびは私的なことでご迷惑をおかけしてしま――――」


「リア! そ、そ、そ、その服は、どうしたのだ!?」


 ザカライア様はつぶらな瞳をますます丸くして、私のことをじっとみつめている。そういえば、彼の前でこういった服装をするのは初めてだった。


「……あの? ブレイン大佐のお屋敷では、いつもこのような服で過ごしています」


「ブレインめっ!」


「あの、おかしいでしょうか? 私は、あまり育ちがよくありませんので」


「そんなことがあるわけない。とても似合っておる! そうだと知っていたら私だって、リアにドレスを買ってやったのにと思っただけだ」


 お世辞だとしても、ザカライア様にほめられると嬉しい。


「ふふっ、ありがとうございます」


「して、怪我はいいのか」


「はい、ちょっとすりむいただけで、きちんと手当もしていただきましたから」


 ワンピースが長袖だから、傷は見えない。日頃の鍛錬たんれんたまものだと思うのだけど、大きなけがなどなく、本当にすり傷だけだった。ただ、腕と足はかなり盛大にすりむいたので、服の袖が長くてよかったと思う。

 ザカライア様はとても部下にお優しい方なので、きっと気にしてしまうと思うのだ。


「大事ないのならよかった。……して、なにゆえ無理やり見合いなどということに!?」


 本来なら、まったく関係のないザカライア様の貴重なお時間を、私やブレイン大佐の私的なことで消費させてしまうのはとんでもないことだ。

 でも、お優しい方だから知ってしまった以上放っておけないのだろう。


 私は、少しためらいながら、逃走にいたるまでの事情をザカライア様にお話しすることにした。

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