表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/11

第二話 敬愛する将軍閣下との出会いについて

 さかのぼること六年前。


 私は、王国軍の下士官として働いていた。そもそも私は孤児なのだけれど、どうも両親のどちらかが、けっこうな魔力の持ち主だったらしい。

 ハーティアというこの国は、魔術師が治める国で、上流階級の人間は優秀な魔術師が多いのだ。といっても、長い歴史の中でその血が拡散し、いまでは平民でも時々私のように魔力の高い者が生まれる。


 そういう才能に恵まれた私は軍に所属した。軍にいれば死ぬかもしれないけど、生きているうちは食べるものに困ることはないからだ。はっきりいって身寄りのない私には、選択肢がそれしかなかったのだ。

 十五歳から三年間訓練所で過ごし、十八歳で下士官になった。それが今から六年前の話。


 私の得意な魔術は動いている物体をより遠方に、かつ正確に飛ばすこと。簡単に説明するのなら、弓を武器にして通常の弓の射程を超えたところから目標を狙撃する、ということになる。


 そして最初に配属された先の上官が、そのとき中佐だったザカライア様だ。といっても、その時のザカライア様は、すでに大隊をたばねる立場だったから、下っ端の私が直接会話をする機会なんてなかった。

 カーライル家というのは、武官の名門として有名で、私も当然名前くらいは知っていた。二十代半ばだというのにすでに中佐という地位にある、超エリートだった。


 最初の頃、私はザカライア様のことを嫌っていた。だって、私とはあまりにも違う存在だったから。私だけじゃなく、平兵士やたたき上げの士官は、将来が約束されている特別な人間を嫌うものだ。


 それに、特権階級の人間の一部には、軍務についたという肩書きが欲しいだけで、戦闘も事務処理も平民まかせという人間もいる。

 実際に、危険な目にあうのはいつも私たち平民。えらい人たちはいつも守られて、しかも無謀な指示を平気でだすようなこともする。私たちは特権階級の上官なんて「能力ないんだから黙ってろ」くらいにしか思ってないのだ。

 でも、ザカライア様はそうじゃない。たたき上げの軍人にも決して負けない強さ、あと優しさ! ……を持っているすばらしい方だった。


 配属から半年後、私は初めての実戦を経験することになった。ハーティアは王様が善政を敷いていて、諸外国との戦がなかった。


 軍人になっても戦がなければ命の危険は少ない。けれど、それだと出世する機会もない。私は女一人で生きていければ十分という考えで、あまり出世には興味がなかった。でも家族を養うために出世したい人もたくさんいる。そういう人たちの士気は高かった。


 発端はとある領主一族が謀反むほんを企てたことだった。でも、その計画は失敗し、領主一族はかつて要塞ようさいだったという領地の城に立てこもった。

 私の仕事は遠距離から立てこもる人間を狙撃することで、この任務には私以外にも複数の狙撃手が配置された。


 私の持ち場は城を望む山中だった。狙撃手として私、それ以外に私の護衛をしてくれる仲間が三人、四人で一つの小隊として行動した。私は近距離戦闘ができないわけではないけど、そこまで得意ではないのだ。


 結果的に、私はかなりの成果をあげた。でも、弓の軌道から大まかに潜伏先がばれてしまうので、本当に危険なのは任務を終えたあとだった。

 任務を終えたあとのほうが危険だというのは当然、知識としては知っていたので注意しているつもりだった。


 きっと手柄を立てて浮き足立っていたこともあるのだと思う。私たちの小隊は遠距離からの攻撃にあい、私だけが山道をはずれて滑落した。片足は骨折し、もう片方の足の上には大きな岩があってまったく動けなかった。


 そのときのことはあまり思い出したくないけれど、とにかくもうダメだった。さらなる敵襲があるかもしれない状況で、私を助けるために小隊を犠牲にすることはできない。だから、小隊長は私を見捨てるしかなかった。


 そこからどれくらい時間が経ったのか、まったくわからない。でも、目が覚めたとき、私はザカライア様の大きな背中に背負われていた。私の知っている人で、短い黒髪のクマなみの巨人はザカライア様しかいなかったから、すぐにわかった。


「カーライル中佐?」


「……ハローズ。目が覚めたか?」


「規律違反では……?」


 まず、言わなければならないのはお礼のはずなのに、そのときの私はそんなことを口走った。軍の大隊をたばねる立場にあったザカライア様が下っ端の名前を知っていたことも、みずから助けにきたことも考えられないことだ。そして、私を救うことは、たぶんやってはいけないことだったはず。


「おまえはまだ十八だったか? その頃私はまだ学生だった。まだ、子供だ……。怖かっただろう?」


 全身の痛みと安堵あんどで、私はザカライア様の背中でずっと泣いていた。とにかく彼の背中があたたかかったことだけをよく覚えている。


 私が軍の病院に入院中、ザカライア様は何度かお菓子をもって見舞いに来てくれた。もちろん、私だけではなく他にも戦闘で怪我をした兵がいたからだろう。

 そして退院したあとの少しのあいだ、私はカーライルのお屋敷に住まわせてもらった。もともと女性の兵は少なく、軍の寮は男性しか入れない。だから私は一人で暮らしていたのだけれど、足が完全に治るまで、それではいろいろと不都合があるだろうと気にかけてくださったのだ。


 カーライル家は本当に実力主義の名門で、屋敷が訓練施設のようになっていた。

 屋敷は本宅とは別に、一族の若い人たちが暮らす別棟があって、そこで皆が切磋琢磨せっさたくまし、日々鍛錬たんれんにはげんでいたのだ。


 骨折した足が動かせるようになってから、軍に復帰するまでのあいだ、私は療養りょうようしながらもカーライル邸で訓練をさせてもらった。

 カーライル家には私と同じように、女性でも軍に所属している人が何人かいた。そして、ザカライア様の母君、マージョリー様は女性軍人のさきがけのような方で、彼女から学ぶことは本当に多かった。


 それまで、弓と魔術しかできないと思っていた私だけど、男性並みの筋力がなくても戦える方法を教えてくださったのはマージョリー様だ。


 ちなみに私が恐れ多くもザカライア様のことを下の名前でお呼びしているのは、カーライルのお屋敷に出入りさせてもらっているからだ。そうじゃないとみんな同じ名字なので誰だがわからなくなってしまう。


 そして私は現在、庶民としては異例の「少尉」という地位にいる。それもこれもすべて、ザカライア様のご助力あってこそ、というものだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ