おまけ1 仕方なく戦慄結婚式を私が語ろう(ブレイン大佐)
様々な困難を乗り越え、ザカライア様とリアは結婚することになった。
半年間、リアは私の屋敷で花嫁修行をまじめに行い、立派なレディになったと思う。
ザカライア様のことになると、妙にアホになる彼女だが、基本的にはなんでも真面目に取り組む娘だ。
短かった髪をのばし、純白の婚礼衣装を新しく仕立て、我が家としてはできることをすべてやってから彼女を送り出すつもりだった。
だというのに、ザカライア様は脳内お砂糖状態に拍車がかかり、ことあるごとに無理やり結婚の時期を早めようと画策してくる。
「うむっ! 花嫁修業なら、我が家でもできる! 早く引っ越しを」
「なぜだ!? なぜ半年も待たねばならんのか!? 髪が短くてもリアは誰よりも美しいではないかっ!? 私はもう、まてんっ!!」
カーライル家はそういったことにおおらかだし、あの家の人間がリアの生まれ育ちについてなにかを言うことはない。だが、将軍の夫人としてのリアの立場を考えたら、周囲から揚げ足を取られそうな要素は取り除いておきたいのだ。
仮にマージョリー様にリアの教育を任せたら。うん、想像するのはやめよう。リアが本格的な筋肉淑女の後継者になりそうだ。
そんな義父の配慮がわからない暴走クマ将軍をなんとかかわしつつ、ついに結婚式の日がやってきた。
「ザカライア様、誓いのキスで鼻血ブーしないでくださいよ?」
「大丈夫、大丈夫だ! そ、そ、そこは幾度も練習済みだ!!」
なにが「幾度も練習済みダ!」なのだろう。義理の父親の前でよくもそんな恥ずかしいことが言えたものだ。おぞましい。
リアとは血のつながりはないが、私だってザカライア様とほぼ同時期に出会い、それなりに気にかけてきた。義理とはいえ、娘を奪われるのはやはり気分のいいものではない。
飾り緒のたくさんついた軍の礼装に、大量の勲章をつけたザカライア様は……めちゃめちゃ悪役っぽい。おそらくリアと並べば「攫われた花嫁と悪魔将軍」といった雰囲気になるだろう。
どうか、無事に式が終わりますように。なんとなく、そうはならない気がするし、この方に関する私の悪い予感はだいたい当たるのだ。
***
軍関係者を中心に、百人以上の参列者が見守るなか、王都でも一番古い歴史を持つ大聖堂で、二人の結婚式は執り行われる。
高い天井と歴史を感じさせるくすんだ大理石の柱、実に荘厳な雰囲気だ。
私は父親としての役目を務め、リアを新郎のところまで導いたあと、最前列で式の進行を見届ける。
誓いのくちづけをするときになり、真っ白な花嫁衣装を身にまとったリアのベールが取り払われる。
「ぬっ!」
私の位置からは義娘の顔はよく見えない。ザカライア様の顔が悪鬼のように真っ赤になり、鼻の穴がコインが入るくらい広がったところだけ、よく見える。
ちょっと涙が出てしまう。
義父としてはあまり解説したくないかんじで誓いのくちづけを終わらせたあと、リアが口を開く。
「今日からよろしくお願いいたします、旦那様」
「だだだだだだだ……」
「?」
鼻息でベールが揺れたと思った次の瞬間、純白の花嫁衣装が真っ赤に染まる。ザカライア様は白目をむいて卒倒。まさか「旦那様」と呼ばれただけで頭に血がのぼったのだろうか。
「少将閣下!?」
「暗殺かっ!!」
「犯人は!?」
事情を知らない参列者達が暗殺を疑い、騒然となる。それはそうだ、ザカライア様は脳みそに砂糖が詰まっているとはいえ、王国軍の重要人物なのだ。
「お静かに!」
凛としたその声は花嫁から発せられたものだ。
「ザカライア様っ、しっかりしてください!! そんなことでいちいち失神なんて情けないですよ!」
リアはそう言って(鼻)血染めの衣装をまとったまま、ザカライア様の頬をかなりの強さでパシパシ叩く。我が義娘ながら容赦がない。
「……ちゃんと結婚式をしなければ、夫婦になれませんよ?」
ぼそっと耳元でささやかれた言葉は、砂糖の詰まった彼の脳までしっかりと届いたらしい。
ザカライア様は目をぱちくりとしてから、起き上がる。
「すまぬっ! 私としたことが。リアがあまりに美しいゆえ……ゆるせ」
そう言われてほほえむリアは、もし血染めでなければとても美しかったと思う。新郎がだらしなくても咎めることもしない寛容な女性だと、誰もが感心するはずだった。……血塗られていなければ。
こうして二人の結婚式はハーティアの歴史に記されるほどの伝説的な「血塗られた結婚式」となった。
(終)




