Prologue =異世界の大盗賊=
異世界を舞台に、盗賊たちが暴れまわる話です。
異世界という言葉がある。
今、自分の住む場所とは違う次元に存在する世界の事だ。昨今、様々な自分が『創作』という形でもって、この異世界という言葉を舞台としている。
別の次元にあり、文化も、言語も、生活習慣も異なった国。未だに想像の範囲から抜け出さない、未知の国。だからこそ、人々は多種多様な世界をソウゾウする。それが現実にあるものなのか無いものなのかは机上の空論と言うものだ。
誰も自分の目で異世界を見た、と言う者がいないのだから、万人が受け入れ得る証明はまず無理であろう。だが、絶対に無いのかと問われればそれも答え難い。とはいえ、異世界など有り得ない、妄想の産物に過ぎないという意見が多いのは事実だろう。
だが、昔から人が想像するものは全て現実となって来た。今や身近になっている携帯電話や車だってそうだ。
昔を生きた人々に、全く自分の身体を疲労させる事なく遠くへ移動できる手段がある、地球の反対にいる人間と会話をする手段が出来る、などと言った所で信じてもらえるだろうか。いや、もらえないだろう。
よく言われる『鳥の様に空を飛びたい』と言う人間の空想。それを人は、飛行機と言うもので可能とした。
ならば、異世界だっていずれは発見されるかもしれない。
いや、もしかしたら、人間が自分自身の手で異世界を作ってしまうかもしれない。
人間とは、つくづく不思議な生き物だ。
閑話休題。
これから皆さんの意識には、しばしこの地球を離れていただこうと思う。
そして向かうのは、車も飛行機も、宇宙船でも届かない未知の世界。電話も勿論通じない、そんな世界。
様々な人間が想像し、創り上げて来た異世界の一つだ。
舞台となるのは、その異世界の中に存在する国の一つ『アストレア王国』と呼ばれる国だ。そこで皆さんには、とある盗賊団が送っている日常を見ていただきたい。その盗賊団の構成員は、わずか三人。
1人は派手な衣装を身に纏った、凡そ泥棒には似つかわしくない風貌の男。
1人は黒いコートを纏い、攻撃的な雰囲気と視線を携えた青年。
1人は褐色の肌と抜群のプロポーションを持ち、踊り子の様な服装の女性。
そしてもう一人。皆さんにとってこの異世界がどれだけ自分たちの世界と異なっているかが分かる様に、1人だけこちら側の人間を送り込もうと思う。
その少女の名は、紅音葉。
紅音葉の目を通じ、皆さんには様々な違いや文化、そしてその世界の現状を知ってもらいたい。
全てを知った先で、皆さんそれぞれが出す答えが、一体どんなものであるのか。その時を、楽しみにしている。
では、私はこの辺で。
機会があれば、またお会いしよう。
アストレア王国の片隅にある、フライドック海岸。
そこから沖へ数百メートルの所にある小島には、似つかわしくない城が佇んでいる。
その城に名前など無い。さらに言えば、それは城でも何でもない。アストレア王国の王族たちが住む城は、国の中央にしっかりとあるのだ。
これは、アストレア王国で一、二を争う大富豪、ラインデット家が建てた別荘兼金庫だ。
建物へと通じる道は、海岸から伸びる長い石橋のみであり、その理由は現当主であり『女帝』の異名を持つレオナ=ラインデット曰く、「バカな盗賊が盗みに入っても問題ない」からだそうだ。
現に、別荘内にも様々なこの世界特有の防犯対策を施しており、何かが盗まれる様な事があれば、配備された警備兵に報告が行き、後は橋を塞いでしまえば問題なし、と言う事だ。
この建物が出来て30年ほど経ち、しかも別荘であるため普段は数人の警備兵しかいないにも関わらず、未だに中にある莫大な財産が盗まれた事が無いのは、その警備の完璧さを証明する何よりの証拠なのかもしれない。
だからこそ………………………誰も気づいてはいなかった。
午後11時半ごろ。その完璧と思えた警備が既に破られており、1人の盗賊がその財産を大量に奪っている最中だと言う事に。
■ □ ■ □
ラインデット家別荘最上階。
満月に照らされたその部屋では、今まさに1人の盗賊が手に持った袋に宝石や現金をこれでもかと押し込めている最中だった。
手当たり次第に棚を開けていき、金目の物を吟味して詰め込んでいくその手際の良さは、正に一流の盗賊のそれだ。
不思議なのは、強固なダイヤル式金庫も、一度右手をかざしただけで、ガチャリ! と音を立てて開いた事だが、その理由については追々説明していこうと思う。
「さっすが大富豪ラインデット家の別荘だな。面白いまでにお宝が出てきやがる」
かすかに笑みを浮かべたその盗賊は、手を止めずに言葉を漏らした。その声色からは、あからさまな喜びの感情を感じ取る事が出来る。ラインデット家が用意した世界最高峰の警備を出し抜いたのだから、分からなくも無いのだが………。
「しかし、よくもまぁこんだけため込んだもんだ…………表に出ちまったら命狙われても文句言えねぇ様な代物まであるじゃねぇか」
例えば。
数世紀前の偉人が残した極秘文書であったり。
行方が分からなくなっていた秘宝であったり。
いつかの戦争で使われ、数多の命を奪った殺人兵器であったり。
「戦争でもおっぱじめようとしてんのかね? 怖い怖い……盗賊が奪ってやらねぇと、この世界が血の海になっちまうよ」
そんな事を言いながら、それらを全て袋に詰めていくが、その声色からは怖がっている様子など皆無だ。むしろ今のこの状況を楽しんでいる様にさえ感じられる。
盗む事に最大の愉悦と快感、そして生き甲斐を感じている、生まれながらの盗賊。それが彼だ。
粗方お目当てのものを詰め終えたのか、彼は辺りを一瞥した後、袋の淵をひもで結び、肩に担いで立ち上がった。
「よっと! こんなもんでいいか。いやー思ったより大漁に…………ん?」
大量の財宝を抱え、仲間の元へ戻ろうとした時だった。
金庫室の隅、床の上に無造作に置かれていたあるものを見て、彼の動きは止まった。
ゆっくりとそれに近づき、手に取ってみる。
それは、鉄で作られた小瓶。そこらの店で買える様なもので、元々は金で塗られていた様だが、現在は所々はがれ、中の鉄が見えてしまっている。
とても高価な金庫室には似合わないものだ。だが、それを手に取り、彼は目を細めた。
「コイツは…………」
その時だ。
がやがや………。
下の方が、何やら騒がしくなっているのが分かった。
窓から下を覗いてみれば、警備兵が何やら話し合っているのが分かる。その顔色から見るに、慌てている様だ。
「ありゃ、気づかれちまったかな……まぁ少し長居しすぎちまったし、仕方ないか。それに都合も良いし」
ボリボリと頭を掻き、タハハ、と苦笑して小瓶を懐へとしまう。
そして、すぐにその表情を、意地の悪い笑みへと変えていった。
「さて、そろそろ幕引きと行くか! 天下の大盗賊様の凱旋なんだ。ド派手にいかないとな!」
そう言うと、彼は思いっきり助走をつけ――――――――――――窓に向かって突進した。
■ □ ■ □
パリィィィ―――――――――‐ン‼‼‼‼‼‼‼
爆音にも近い音が、島に木霊する。
「っ!? 何事だッ‼‼」
警備兵が音のした方向、彼らの遥か頭上に目をやると――――――――――――――
今まさに、最上階の金庫室の窓を破り、こちらに向かって駆け下る男が目に映った。
曲者だ。
そう思い、警備兵は各々武器を構えるが――――――遅かった。
「おらよっと‼‼‼」
その男は勢いそのままに、1人の警備兵の顔面を思い切り踏みつけ、彼らの元へと姿を現した。
年は二十代中ごろ。雪の様に白い髪に、不釣り合いな黒の瞳。たった今盗みを働いた盗賊とは思えない、豪華絢爛な衣装を身に纏った男。
警備兵たちは、その顔を良く知っている。
彼は今、このアストレア王国や近隣の国々を最も騒がせている盗賊団の頭領である。
「ラインデット家の飼い犬の皆さま! お勤めご苦労様であります!」
ふざけた口調でそう言い、にっこり笑って敬礼して見せる男。
呆気に取られて動きが止まった警備兵をしり目に、彼は踏みつけた兵を踏み台にして飛び上がり、そのまま警備兵の輪を抜けたかと思えば、韋駄天の如く速さで石橋へと向かって駆けて行った。
「班目だ……」
1人の警備兵の独り言。
それが、合図。
「班目だぁぁぁ‼‼ 班目一門が出たぞぉぉぉぉ‼‼」
「逃がすな‼ 追えぇぇぇ‼‼」
オオオォォォォォォォォォオオン!
サイレンの様な音が鳴り響き、警備兵たちは一斉に盗賊、『班目一門』の頭領目がけて手をかざした。
そして次の瞬間、その掌から放たれたのは―――――――――燃え盛る炎だった。
その力の名は、『魔法』。
これがこの世界特有のもの。この世界の気候、人体構造が成せる業である。
男は足を止める事なく、自らに向かってくる炎をちらりと見れば、ニヤリと笑って右手を向けた。するとどうだろう。今まで男を敵と判断して襲い掛かって来た炎が、ピタリと止まった。
かと思えば―――――
「いやー悪いね。こんなに武器もらっちゃって。これはお礼だ、受け取りな‼」
「なっ………!?」
男が言えば、止まっていた炎が今度は警備兵目がけて飛びかかっていった。
突然の事件に、警備兵にはそれを止める術を持ち合わせていない。吸い寄せられる様に炎へと突撃していき――――――。
ドォォォォォン‼‼
「うわぁぁぁぁぁ‼‼‼‼」
そのまま炎に包まれていった。
「うわー熱そ……まぁ、死なない程度になってるだろうから安心しなよ。って、そりゃアンタ等が一番よく
知ってるか」
ケラケラと笑いながらも、男は足を止めない。
だが―――――。
「よくもやったな盗賊‼」
「同志の仇だ‼‼」
「? あららら…………」
男は前を向き、目を見開いた。
そこにあったのは、先ほどと同じ魔法で作られた炎。
だが、数が先ほどの比では無い。流石に防ぎきるのは不可能かと思われたが―――――――ここで、誤算が一つ。
「伏せて‼ お兄ちゃん‼‼」
その誤算とは、男では無く警備兵たちが起こしたものだった。
四方八方から男目がけて飛んできた炎だったが、その全てが男に届くことなく、一瞬にして爆発したのだ。
その爆風に巻き込まれ、警備兵たちは吹き飛ばされていく。屋根にいたものは地面にたたき落とされ、地に足を付けていた者は海へと放り出された。
男はと言えば、それを哀れみの瞳で見つめながらも、爆風の中を突き抜けていった。
そして直後。自らの横について来る影に気が付く。その影こそが、警備兵たちの誤算。盗賊団『班目一門』の構成員の一人である、褐色肌の少女だった。
「助かったぜリリィ‼ いやーアイツと言いお前と言い、最高のタイミングで来てくれるな‼」
「もう‼ 本っっっ当に後先考えないんだから‼ 私がどれだけ心配したと―――――」
「あーはいはい。お小言は帰ってからゆっくり聞くよ。とりあえず、今はさっさとトンズラしようや」
へらりと笑う男に、彼を兄と呼んだ少女、リリィは全くもぅ……と怒り気味に呟いた。
褐色の肌に、抜群のプロポーション。つややかな黒髪に赤い瞳。踊り子の様な露出の高い服装に身を包んだ美しい少女。
彼女の名は、リリィ=ローレライ。
班目一門の一人であり、天才的な魔法師。先ほどの炎を一瞬でかき消したのも彼女だ。
「そこまでだ班目‼」
「逃がすと思うのかコソ泥風情が‼‼」
そんな二人の前に、最後の砦が立ちふさがった。
唯一陸地へとつながる石橋。その門番をつとめる兵士二人だ。
「おっ、ラスボスのお出ましか」
「そうみたいだね。どうするの? 戦う?」
「決まってんだろ? そんなの……」
ニヤリと好戦的な笑みを浮かべる男。それを受けて、再び深いため息を吐くリリィ。
―――――――そんな二人に、手に持った槍を振り上げる大男が二人。
「うぉぉぉぉぉぉ‼‼」
「覚悟しろコソ泥‼ いざ尋常に――――――――」
だが――――――
「ふがっ!?」
「ぶほっ!?」
次に響いたのは、何とも間の抜けた門番の声だった。
理由は簡単。男とリリィが、槍を飛んでかわし、そのまま顔面を踏みつけたのだ。
「ちょっと失礼。アンタ等に構ってる暇は無いんでな‼」
そのまま前へと跳躍し、橋の上を掛けていく二人。
「ぐぐっ……コケにしよって‼‼」
「待てやコソ泥がぁ‼‼」
「さっきからコソ泥コソ泥って失礼な連中だなぁ。この天下の大盗賊様に向かって」
むっとした様子で呟く男だったが、すぐにそれはパァっと晴れやかなものへ変わる事となった。
その理由は、橋の中間地点に佇んでいた、一人の青年だ。
漆黒の髪に同色の瞳。黒いコートに身を包んだ長身の青年は、男とリリィが迫って来るのを、そしてその後ろから迫りくる大男二人を見ると、面倒くさそうに頭を掻いた。
「よぉ相棒‼ 悪いけど、あと頼んだぜ!」
「お願いね! アラドさん‼」
二人はそう言って、リリィからアラドと呼ばれた青年の横を通り過ぎていく。
よく見れば、大男の後ろからも先ほど吹き飛ばした警備兵たちが迫って来るのが見えた。
「はぁ……ったく、演武がしっかり片付けておけば、こんな面倒くさい事にならずに済んだってのに……」
アラドはそう言うと、腰に差してある剣の柄に手を掛けた。
「お前らもお前らだ…………こちとらこんな夜中に、アイツから呼び出し食らって起こされたもんだから、機嫌が悪いんだよ」
ギロリ。
明らかな私怨がこもった殺意の瞳を向けると、一気に剣を抜き、切り裂いた――――――――――橋そのものを。
「なぁ!?」
音を立てて崩れ去っていく石橋。そこに乗っていた警備兵たちは、成す術なく海へと落とされていく。
「面倒なもんだから、多少荒っぽいやり方を取らせてもらったが……まぁ派手好きな演武の事だ。別に良いだろ」
そう言うと、アラドはくるりと踵を返し、何事も無かったかのように帰路についた。
何かが崩壊する音を遠くにきくと、演武と呼ばれた男とリリィは足を止め、そちらを見た。
「おぅおぅ。アラドの奴、随分と派手にやったみたいだな」
「ちゃーんと後で謝っておきなよ? アラドさん、お兄ちゃんに叩き起こされたって言ってかなり不機嫌になってたから」
「ありゃ、マジで? やべぇなぁ……」
右手で頬をかき、演武は笑う。
「それにしても、また大量に盗んでいたもんだね」
左肩に抱えられた大きく膨れ上がった袋を見て、リリィは言う。
「ん? おう! やっぱこれくらいはやんねぇとな‼‼」
演武は不敵に笑い、リリィを見つめた。
「天下の大盗賊、班目演武様が盗みに入ったんだ。これ位は当然だ‼‼」
ニシシシ、と得意げに笑う演武を見て、リリィも優しく微笑んだ。
この男が、今この世界を騒がせる盗賊団、班目一門の頭領。
その名は――――――班目演武と言う。