08 「目覚め」(覚醒者?聖女)
試験的に文章の書き方を変更しています。
「 ひーる 」
”いたいの、いたいの、とんでいけ~”程度の軽い気持ちで呟いたミュウであったが、予想していた展開とは全く違う現象が眼前に広がっていた。
突如として、リザイアベルの足元に現れた黄金色に輝く魔法陣に、当事者である二人の視線が集まる。と、同時に、そこから緑色の発光体が発生し、対象となっているらしい魔法陣の真上にいるリザイアベルの全身を一瞬で包み込んだ。
頬に触れるために伸ばしていた腕にもその発光体が絡みついてきたので、ビックリした声を出しながら引っ込ませるが、すぐ隣にいたためにミュウの身体にもその余波が届いてくる。あの森で感じた暖かな風よりも、もっと心地よい様な何かを感じ、危険なモノではない、と直感的に感じたが、未知の現象には違いなく「えっ?えっ?」と演技ではない声を漏らしながら、その顔を仰ぎ見る。
最初は驚愕の表情で自らの下にある魔法陣を見ていたリザイアベルであったが、次第にその表情が変わっていき、自分の腕で自分の身体を抱きしめるようなポーズを取り始め、最終的に何かに身悶えるようにクネクネとし始めた。
「ベル…!ベルさん…っ!」
やはり何か間違った事をしてしまったのではないか、と怖くなったミュウは何度もリザイアベルの名前を呼ぶが、こちらに反応してくれない。最初から起きていた2人は目の前で起こった現象に困惑しており、寝ていた他のユティ達討伐班も騒ぎに気づき起き出した。
最初に異常に気づいたサラは、そのジト目を大きく見開き、驚愕しながらも何かを解析するようにジっと緑の発光体と魔法陣に包まれるリザイアベルを見つめる。
「お、お姉様!?な、なにが…!?」
「…! ユティ、待って。…たぶんこれは大丈夫。」
「た、たぶんって…!」
焦りながらも、リザイアベルの不測の事態に直面したユティは、オロオロとしているミュウより、何か事情を知っていそうな最初から置きていた2人に詰め寄ろうとするが、それをサラが止める。
徐々に緑の発光が消えていき、足元の魔法陣も消えた頃、ようやく馬車から漏れていた発光色に気づいたらしいニヤケ男が馬車後方に移動してきて中を覗きつつ、どうしたのかと叫んできた。
(やばい…!さっそくなにか間違ったかもしれない…。どう見ても癒やされてるというより、何かを我慢してるような表情だったし…!気軽に魔法名を唱えたら駄目だったのかも…。)
これから親に叱られる子供の様な気持ちで、または、傷害罪の疑いで警官に囲まれて取り調べを受ける容疑者の様な気持ちで、次の言葉を待っていると、リザイアベルはこちらに向き直り、お風呂上がりの様な火照った顔で少し息を切らし気味に微笑みながら一言呟いた。
「…大丈夫よ」
森で聞いた声と同じくらい優しい声音で呟き、ミュウの頭にポンと手を乗せ、ふわふわの髪の毛を撫でる。若干落ち着いた事を確認すると、後ろを振り返り今度は誤魔化すように、指示を飛ばすリーダーのように言葉を発する。
「なんでもないわ。ちょっとミュウちゃんに魔法を見せてあげてただけよ。驚かせてごめんなさいね」
後方からこちらを伺っていたニヤケ男は、あまり納得がいっていない様な表情をしながらも、渋々といった態度で元の位置に戻るために馬の横腹に軽く蹴りを入れ離れていく。
癒やしよりダメージを負わせてしまった可能性もある状況に、ミュウは、大丈夫とは言われたものの、俯き加減にリザイアベルの顔色をチラチラと見上げながら、裁判の判定結果を祈るように待つ…。
***
「あなた達も落ち着きなさい。大丈夫だから」
少し鼓動が早いのを気取らせないように落ち着きながら、みんなを宥めるリザイアベルであるが、正直やばいと思ったのも事実であった。
魔法に詳しくないらしいミュウのいう《ヒール》だ。当然使えないと思っていたし、オママゴトの様な事かな、と思っていた。しかし、次の瞬間に現れた魔法陣は、リザイアベルが今までの人生で見たことの無いものだった。
” 知識にないモノに足元から襲われる ”
これほど怖いものはないというのに、可愛いミュウと一緒に居て気が緩んでいたのかもしれないし、警戒していても間に合わなかったのかもしれないが、まったく反応出来ずに飲み込まれたのだ。
新手の魔物かと思ったし、そうであればミュウが危ないとも思ったし、考えたくはないが”ミュウちゃんに何かされた”とも思ってしまった…。だがリザイアベルの視界が緑色に染まってから1秒経つ頃にはその考えは破棄された。
(これは…《ヒール》だ…)
そう理解できた。この世界の知識ある者が知る《ヒール》とは、その発現方法、効果範囲、癒やしの力、全てが違っていたが、リザイアベルは《ヒール》であると確信した。何故わかったのか。それは、気持ちよかったからだ。
普通の治癒士の使う《ヒール》は、手のひらの大きさに合わせるように、薄い黄緑色の発光体がポワッっと発現し、それを治癒したい場所に近づけて、ゆっくりと時間をかけて一箇所を治癒していくのが通常の方法である。その際に、治療部分が少し熱くはなるが、治癒の効果の他に癒やしの効果も発生するので《ヒール》を受けている時は、とても心地よい気分になり、リラックスする事ができる。
だが、ミュウの使ったと思われるソレは桁違いであった。その効果範囲は手のひら大では相手にならない”全身”。発光体の色は本来の色からすると濃ゆすぎる”緑色”。そして心地よい程度の癒やしの力は…心地よいなんてものじゃない。
リザイアベルが今までに感じたことのない気持ちよさだったのだ。
気持ちいいといっても性的なものではなく、単純に心地よさの上位互換だ。
身体中がゾワゾワと泡立ち、全身の毛穴という毛穴が開き、胸の奥がジワっと暖かくなった。全てを受け入れられたように感じ、尿意を我慢していたら漏らしていたかもしれない程に全身の筋肉が弛緩し、脱力する感覚。それに伴うように起こる、治療部分である傷跡への熱さは、通常のものより控えめで、それでいて全身の傷が同時に治療される事により、ちょうどいいお風呂に浸かっているような錯覚すら浮かび、普段ならマイナス要素のそれも、気持ちよさへと加算されていった。
(今のが本当に《ヒール》なのだとしたら…)
少し泣きそうな表情が顔に出ているミュウを撫でている手とは逆の左手で、自分の頬の火傷痕を触る。だがそこには触り慣れたデコボコの感触など一切無く、いつも右手で触っている右頬と同じ感触が左手に伝わった。
(…治ってる…)
これが通常の方法での治療であったのならば素直に喜べたのだろうが、今のリザイアベルは喜びよりも驚きと困惑に支配されていた。
「! お姉様!お顔の傷が…!」
「ええ。 たぶん…《ヒール》だと思うわ。だいぶ違う感じもしたけど、効果は同じみたいだったし。…あの熱の持ち方だと、身体にある傷も全部治ってるかもね…」
「信じられない…。アレが《ヒール》…?確かに、似たものを感じたのは事実だけど、あんなに広範囲で濃い発光色のものなんて見た事が…。でも、団長の傷が治ってるのは事実。だとしたどれだけの治癒力が…」
サラがぶつぶつと自らの頭にある魔法知識と先ほどの光景を照らし合わせているのを横目に、リザイアベルは、まだ俯き加減のミュウのフォローに回る為に、隣に向き直る。
「…ミュウちゃん。さっきの魔法は初めて使ったのよね?」
「…うん…。ごめんなさい。使えると思わなくって…」
「大丈夫よ、ミュウちゃん。ほら、ここの傷跡無くなってるでしょ?ミュウちゃんのさっきの魔法で治してもらったのよ?」
「あ…ほんとだ…」
「だから、ミュウちゃんは謝らなくていいのよ。むしろ、こっちからお礼を言わせて?ありがとうミュウちゃん」
素直に喜べているわけでは無いのだが、それよりも、突然発動してしまった魔法に怯えているのであろうミュウの不安を和らげる事の方が先決だ。
頭を抱きしめるようにして両手で包み込み、そのふわふわの髪の毛を撫でる。いままで左頬にあった傷跡がなくなったことで、ミュウの髪の毛の柔らかさが左頬にダイレクトに伝わってくる。その感触に少し感動しながらも堪能していると、ミュウの髪のいい匂いがふわっとリザイアベルの鼻を通り抜けた。
ヒール中に感じたものとは別の心地よさが湧き上がり、胸の奥と、お腹の奥がポっと熱くなる…。
(…!! やばいっ!これは危険だわっ!)
甘い匂いの誘惑に負けずに、意志力を総動員して咄嗟に離れようとするが、焦っては周りに悟られる可能性があるためにゆっくりと離れ、ミュウが落ち着いたことを確認する。
「痛かった…?」
「えっ…!?ど、どうして?」
「なんか…我慢してたし、苦しそうだった…」
「えっ!そ、そんな事ないわよ?すごく気持ちよかっ…じゃなくて!えっと、ね!その、《ヒール》には心地よくなる作用があってね、それが普通のよりもちょっと強かっただけっていうか…!」
「お姉様…気持ちよかったんですか…?」
「隊長…」
「ぅ…」
馬車内にいるミュウ以外からの視線が痛いほど突き刺さってくる。それを受け流すために、コホンと一つ咳払いをし、無理やり真面目な顔を作る。ミュウにこれ以上不安を与えない様に手を握ってやり、ユティ達に向き直る。
「…初めて使ったって事は、あの時、【ワイルドボア】に襲われた時に覚醒したのかもしれないけど、この火傷痕は、何度治癒士に治療してもらっても綺麗にならなかったわ。それが、ミュウちゃんのさっきの魔法一回で、10秒程度で治った…。覚醒後の初魔法で…。この事実についてどう思う?サラ?」
「……危険だと思います。私自信、信じられない事ですし、どういう魔法なのか一日中話しを聞いていたい所ですが…。この事が魔法師団の上層部に知られると、確実にこちらに渡してほしいと要求してくるでしょうね。それを拒めば騎士団との関係が難しくなるでしょうし、教会外、国中、または国外にまで知られたとなると拉致誘拐は当たり前にあるでしょうし、国際問題に発展した場合は最悪、戦争の引き金にもなりかねないかと…。」
リザイアベルの手を握るミュウの手の力が少し強まる。それを感じ取ったリザイアベルは「大丈夫よ」と、もう一度頭を撫でる。
「そうね…。私もほぼ同意見よ。…という事で、ここにいる全員に、この事について口外禁止命令を出します。分からなかったとは思うけど、外の二人と御者さんにも一応言っておくわ。わかってると思うけど、この口外禁止の内容は、さっきの魔法の事だけじゃなくて、ミュウちゃんに関する全ての情報よ。言っていいのは大森林付近で救出保護した、って事くらいかしら。みんないいわね?」
「「「 …はいっ 」」」
全員の理解の浮かんだ顔での返事を聞きながら、リザイアベルはもう一度ミュウへと向き直る。
「…ミュウちゃん。今言ってた事って分かるかな…? えっとね、その魔法はこの世界では強すぎて危ないかもしれないから…」
「…わかる。…みんなが欲しがって、取り合いになって、喧嘩になるって事でしょ?」
「そ、そう!だから、私がいいって言う時まで、使わないでいてくれる…かな?」
「…うん。わかった」
ミュウの了承を聞き、全員の安堵のため息が漏れる。
「…それで、どうするんですか、お姉様?ミュウちゃん、騎士団で匿うんですか?」
「そうね…。とりあえずは一旦落ち着きたいからそうなるでしょうけど。別に、外に魔法の事が漏れなければ普通に保護したって事で処理できると思うからね」
「…でも隊長。その頬の傷はどうするんですか?その傷の事を知ってる人は沢山いますし、それが突然なくなってれば一番に疑われるのはミュウちゃんだと思います。」
「…そうね。それがあったわね…。どうしようかしら…。 …とりあえず、髪を解いて隠しておくわ。一応団長にも報告に行かなきゃいけないし、その時に相談してなんとかしておくわ」
ある程度の方針が固まりつつある中、手を握ったまま何か考えている様なミュウの横顔を見ながら、自分の不甲斐なさを嘆く。
(…あの森で出会う前にも、何か嫌な事があったのかもしれないのに、私達のせいでまた、今後辛い思いをさせてしまうのかもしれない…)
そう思うと、胸が、心が、痛くなる…。
***
(うーむ…。ただの転生だと思ってたら、この身体にはそういう素質があるのかもしれない。いや、覚醒とか言ってたから、後発的に芽生えた能力なのかもしれないが…。 神様にチート能力貰えなかった事を嘆く気持ちはあったんだが、強すぎる力ってのはどの世界に行っても忌避されるか独占されるかだしな。サラさんの言ってたとおり、そういう事は起こり得るよなぁ…。この少女体では逃げる事も闘う事も出来無さそうだし、絶対やばいよな…)
現代に住んでいたミュウがすぐに浮かぶものでも、勧誘、誘拐、拉致、監禁。王とか貴族とかからは取り立て囲い込み、それに応じないとなると、ある事ない事ふっかけてきて犯罪者扱いで奴隷堕ちとか暗殺とか…。もちろん異世界におけるベタな展開からの連想ではあるが。
肉体的に最強状態でのチート能力ってのが、異世界を自由に謳歌できる基本装備であって、この、か弱い身体にそんな強い能力付けられても、悪い大人に利用されるだけだ。
今更どうする事も出来ないが、リザイアベル達が”悪い大人”ではない事を祈るばかりだ。
(…そういえば、魔法を使ったっていうのに魔力が減ったって感じがしないな。身体から何かがゴッソリ持っていかれる感覚っていうのを感じなかった。そういうものなのだろうか?)
その世界のシステム、常識というものを理解出来ていないというのは非常に危険な事だ。その世界では魔法を使ったら死ぬという常識があるのかもしれないし、今吸っている空気には毒があり、ある薬を服用していないと死に至るのかもしれないのだ。
未知の土地に、見知らぬ身体、不確かな能力を持ち、懐疑心の残る団体に保護されている現状。不安あり、期待ありのゴチャ混ぜになったミュウの興奮気味の感情の中には、だがしかし、はっきりと分かる事もある。
(これから俺は…いや、私は!この世界で生きていくんだ…!もう、あの人生に戻らなくてもいいんだ!私はこれから、新しい人生をスタートさせるんだから)
魔法という現世ではありえない現象を目にした事で、異世界という事を再確認したミュウは、灰色だった人生にお別れを告げ、新しい人生を目一杯楽しむことを固く誓いながら、異世界初の街、聖王国王都へと向かう。
大変おまたせ致しました…。
悩みました。ただヒールをつかって驚くっていうだけのシーンなのに、ものすごく悩みました。ソレを書いたらどうなるか、コレを書かなかったらどういう展開になるか…。何度も書き直して、これでいいかと投稿しようとして、ダメな部分に気づき、最初から書き直して…。そうこうしている内に書き方も替えてみようかと思ったりして…。疲れ果てました。
まだ納得のいくものになったのか分かりませんが、とりあえずこれで進めていこうと思います。なにか不具合が起きた場合は書き直すかもしれませんが、その時はご理解いただけますようお願い申し上げます。
ブクマ、感想、誤字・脱字報告などしていただけますと、感無量でございます。