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聖騎士と聖女  作者:
7/10

07 「目覚め」(覚醒者・聖騎士)

 当時まだ14才だった私は、ノルアーノ伯爵家の長女として、優しい両親と可愛い妹に囲まれ、何不自由無い幸せな生活を送っていた。


 その日は、久々に父の仕事が一段落したという事で、妹の提案で王都にお出かけする事になった。ほんとは家族4人だけで過ごしたかったけど、護衛騎士2人と、使用人1人が一緒についてくる事はよくある事なので文句は言わなかった。

 王都観光はすごく楽しく、普段忙しくてあまり時間が取れない父とたくさんお話する事ができた。その帰り道でも、家につくまではまだ家族の時間だ。


 護衛騎士2人が側を並走し、安全な街道を走りながら、妹と一緒に家につくまで目一杯甘えて、幸せな時間を過ごしていた。



 そんな幸せな時間に終わりを告げたのは、護衛騎士の叫び声だった。



 剣撃の音が鳴り響き、馬が嘶き、馬車が荒々しく停車する。

 どうした事かと父が御者台への連絡窓を覗くと、そこにはもう御者をやっていた使用人の姿はなく、遠くへ走り去っていく後ろ姿を捉えるのと同時に、それを追いかける歪な形をしたカマキリの様な魔物の姿が目に入り、父は全てを理解し、そっと連絡窓を閉じる。

 父の顔が仕事モードの時の様に真剣になり、脂汗を噴出させながら母と私に状況を伝えてくる。ここに隠れていても見つからない可能性は低すぎる、という父の言により、向こうに行っている今のうちに外の騎士が乗っていた馬か、御者台に繋がっている馬に乗り脱出しよう。と、悲壮感漂う母と、混乱する私と、よく理解していない妹に説明する。


 一刻も早く、と馬車から出ようと腰を浮かした瞬間、父の胸から巨大な鎌が生えた。

木と鉄で覆われた馬車の外装を突き破り現れたその鎌を、父は口から血を滴らせながら震える手で、しかし、力強く掴む。掴んだ手から煙が上がり、肉が焦げるような臭いがこちらに漂ってくる。

 突然の事態に呆然とする私達に父が顔を向け、この状況下でないと聞き取れない様な、言葉になっていない様な声で、呟く。


 「さぁ、行きなさい」と。 いつもの優しい笑顔で。


 いつまでも父の顔を見ている私達を、何かを覚悟した様な母が引きずるように腕を引き、馬車から飛び出す。馬で逃げようと辺りを見るが、そこには馬車に張り付くカマキリ以外に動くものは居なかった。

 「災害級が来ても問題なくお守りしますよ!」などと言っていた騎士のおじさんはあっけなく地に伏し、切り落とされた四肢や裂けた腹部は、黒く焦げている。

 騎士達が乗っていた馬は何処にも居らず、馬車につながっていた馬は首を切り落とされており、その先の遠くに使用人によく似た物体が転がっていた。


 地獄の様な光景だった。


 何が起こっているのだろうと一瞬で頭が真っ白になった。

 妹も同様に何か珍しいモノを見た、程度の表情をしており、2人揃って間抜けな顔をしていた事だろう。しかし、母はそんな私達に必死の形相で逃げるように叫ぶ。今まで聞いたこともないような声で、泣き叫ぶような声で、逃げてと懇願する。

 母の声により脳が覚醒していき、やっと、これはまずい状況だと理解し始め、妹の手を引き後ろに走り出そうとした瞬間。私が1秒前まで居た場所に何かが通り過ぎた様な風切り音が鳴り、同時に、魚を捌く時の様な音が聞こえた。骨を断ち、肉を断つ様な音。それに遅れるように、妹の叫び声。


 心臓の音がやけに大きく聞こえ、逆にそれ以外の音が小さくなったような感覚を覚えながら、振り向き、その光景が目に映った瞬間、私の中の何かが砕けた。

 両足を失った妹の叫び声すら届かなくなり、首と胴体を切断され崩れ落ちる母への悲しみも浮かんでこない。


 私の頭には、自らに課せられた使命のみが残っていた。



『 妹を守らなければ 』



 どうすれば妹を助けられるか、どうすれば相手を殺せるか、どうすれば1秒でも長く時間を稼げるか。

 私の思考能力の全てがそれらで埋め尽くされ、傍らに伏していた騎士から、人生で一度も握ったことのない剣を取り上げ、両手で力いっぱいに握りしめ、目の前の敵のみを視界に収めた。


 そこからの記憶は無い。


 気がついた時には、全身傷だらけ火傷だらけの満身創痍の茫然自失状態で、ローリエさんに介抱されていた。

 当時まだ副団長だったカーミル団長の隊が偶然通りかかり、魔物と闘う気絶寸前の私を発見して助けに入ったのだそうだ。助太刀に入ったカーミル団長一人による《神光剣》で、呆気なく倒されたその魔物は弱めではあるが立派な災害級だったらしく、私は無意識に《アイアンボディ》《ブレイブ》《神聖剣・炎》モドキを発動し、ジリ貧になりながらも押さえ込んでいたらしい。


 共に助けられた妹は、気絶していたけど命に別状はなく、足を切断されてはいたが出血多量で危うい状態にもなっていなかったらしい。

 その原因となるのは、あのカマキリの魔物【ブラッドマンティス】の特性にある。


 あいつは殺した獲物の肉を食べず、その獲物の血を、顔の先端にある管の様な部位を突き刺して、吸い取る事で食事とするらしいのだが、武器は己の鋭い鎌のみしかない。そうなると、獲物を仕留めて、さぁ血を吸うぞ。とした時にはもう、全身傷だらけで血が抜けきった死体が出来上がってしまう事になる。

 【ブラッドマンティス】は、それを回避する為か、単純に殺傷力を上げるためかは分からないが、鎌の周りに《止血の炎》と呼ばれる、目に見えない熱の膜を張るスキルを使っているらしい。その効果は名前通りの至極単純なもので、斬った場所の焼灼止血(しょうしゃくしけつ)、というものだ。


 闘うものにとっては、斬られても斬られても勝手に止血され、嬲り殺される様なモノだ。と嫌がる者もいれば、止血してくれるから生存率は他よりは高い。と評する者もいて、意見の別れる魔物になっている。

 だが、今回は、本当に癪だが、その特性のおかげで妹は血が流れずに済んでいたのだ。もしもただのカマキリの魔物だったならば、出血多量で私より先に冷たくなっていたかもしれないし、私も火傷ではなく出血し、今よりもっと前に限界を迎えていたかもしれない…。


 隊のヒーラーによって妹の焼き切られた足の切断面を閉じる作業を横目に見ながら、私も外傷に《ヒール》をかけてもらう。

 一般的な《ヒール》では皮や肉を繋ぎ合わせたり、形をある程度整えたりといった程度の効果しか無く、失った部分の再生というのは不可能だ。それでも少しでも綺麗になるのなら、とても有り難い事だけど。


 回収してもらった両親や騎士、使用人の遺体は、【ブラッドマンティス】のお陰、といっていい事ではないのだろうが、災害級に襲われた遺体の中ではずば抜けて綺麗なままの状態であるらしい。

 災害級の殆どは、肉食であったり、殺す事が目的であったりするので、その遺体は悲惨な事になるのが9割以上を締めるのだが、事【ブラッドマンティス】においては、完全にエサにされたであろう死体であっても、身体のどこかが焼き切られ、直径3cm程穴が空き、少し干からびてはいるものの、生前の面影が殆ど残るという特徴もある事から、遺族などからの一定の評価を下す者が絶えない一因となっているらしい。

 私はどちらとも言えないが、知り合いが死体となって帰ってきた時に、グチャグチャになって帰ってくるよりは、綺麗なまま帰ってきてほしいと思うのは至極当然な事だろうとは思う。


 その後しばらくして、私は団長に懇願し、騎士団に入れてもらえる事になった。団長も私に目を付けていたらしく、快く迎え入れてくれた。

 カーミル団長達に自分達の領地まで送って貰い、雇っていた全ての者に両親の死を報告し、領主の権利を親戚に渡す手続きをしてそのまま荷物を纏め家を出た。

 足の無い妹と、なんの知識も無い私だ。当時の私は、子供だけで父がやっていた領地経営などをこなすのは無理だと思ったし、このまま貴族として妹と幸せに暮す。というのは、直感的に不可能だと感じたからでもあるし、私の中では妹が第一だったので、父の後を継ごうという考えも現状では一切無かった。

 今考えても、火傷だらけ傷だらけの身体の私に嫁いできてくれる様な人は現れなかっただろうし、そんな身体に興味を持ってくれるのはまともな趣味を持っていない輩だけだろう。 そのまま頑張っていても何の知識も教わっていない無知な私は悪い大人にいいように操られるだけの存在になっていただろうから、これで正解だったと思う。


それからの日々は、貴族として生活していた私の身体には酷なものだった。


 あのような、自分の命や、大切な人の命のかかった絶体絶命の戦いに耐え抜き、一気にスキルなどを発動させる者を《覚醒者》と呼んでいるらしいが、いくら《アイアンボディ》や《ブレイブ》が使える様になったといっても付け焼き刃レベルだし、《神聖剣》に至ってはモドキであり、完全な完成品とは1と100ほどにかけ離れていた。その為、入団は出来たものの、一からの身体作り、技術磨き、知識教養の日々だった。


 妹の医療費や生活費、団長達への恩を返す為に、必死の毎日だった。

 あの頃の団長も、今と違ってまだ鬼の様に怖い時期だった事もあって、己の不幸を嘆き悲しむ暇などないほどに追い立てられていたものだ。

 今思えば、悲しまないようにという団長なりの気遣いだったのかもしれないが…。そんな事…あるのかな?



 【ブラッドマンティス】と遭遇した現場から、一旦、王都に向かう馬車の中で気がついた妹は、私に抱きつきひとしきり泣いた後、ずっと正気の無い目をしていた。何か考えているようで、何も考えていないようで、ただ、私の手だけはギュっと握りしめたまま、離そうとはしなかった妹。


(あの時の妹の顔に似てるんだよね。何かを諦めた様な、絶望した様な、覚悟した様な、受け入れた様な顔に…。)


ミュウちゃんの横顔を眺めながら、もう妹の様な悲しい思いをしてほしくはない、と改めて想う。



***



(本当に異世界に来たんだなぁ…。 あの、食事をした時に感じた味、食感、腹にたまる感覚。完全に現実だもんなぁ…。 そういえば転生したっていうのに、チート能力をくれる神様には会わなかったなぁ。あれはやっぱりただの妄想だったのだろうか?でも今実際にこうなっている俺が居る訳で…。はぁ…、これからどうしようか…。 男ならなんとなく分かるが、女の異世界での仕事ってなんだろう?受付とか?メイドとか?なんとなく嫌だな…。 ていうか仕事じゃなくて学校行かなきゃいけないのか…? そういえばもうこの体、生理とかあるんだろうか? アレは大変だって聞くからなぁ…。 生理といえば男と結婚して出産とかしなきゃいけないのだろうか?それだけは絶対に嫌なんだが。 ………この世界には百合というジャンルはあるのだろうか…)


 ガタゴトと揺れ動く小窓から見える異世界の景色を堪能しながら、これからの事について色々と考えていると、外を騎乗して走っているイケメンが視界に入ってきた。


 馬なんて、競馬場に行った事がない日本人にとっては縁の無いもので、実際に肉眼で見てみると、こんなにデカイのか、とちょっと驚いた。この世界のこの馬が限定的にデカイという可能性もあるが、人生初馬が異世界の馬というのは俺しかいないかもしれないな。などと考えていると、その馬に乗っていたイケメンがキリッっとした表情でこちらに向かって手を振ってきた。


 さて、どうしようかと悩む。笑顔で返事をしたら、この顔では変な勘違いをされるかもしれないし、無視してしまうと後々怖いことになる可能性もある。…という事で、中間を取って無表情のまま軽く手を振ってやったら、なんかニヤニヤしだした。


(イケメンなんだからそこは爽やかにしてろよ気持ち悪い…。この世界ではあの顔でモテないのだろうか…?)


 外を走るニヤケ男が、常に小窓に張り付くように並走しだしたので、外の景色を楽しめなくなった。

 空気読めない男だなぁ…だからモテないんだよ。と、童貞のまま女になった少女は悪態をつきながら、小窓を覗き込む体勢を戻し、ベルさんの横にそのまま座ろうとする。が、改めて編んで貰った――櫛に刺さった団子の様な、またはサソリのシッポの様な――床まで伸びる三つ編みが邪魔で座れず、後ろから前へと持ってきて、クッションを抱くように抱えて座る。


(あー、この髪邪魔だなぁ。 編み直して貰ってから少し短くなった様な気もするけど、それにしても長すぎだろコレ。どんな髪だよ…。向こうについたら切ってもらわないと引きずって生活する事になるな…。 それにしても、あんな形の水筒なんて見たことがなかったし、干し肉の食べ方すら分からずに変な質問をしてしまったかもしれないな。今後は気をつけないといけないかもしれない。けど、知ったかぶりをするのも危ないからなぁ。どこまで無知な少女を演じるかが問題だ…。いっそ何も知らない設定で行ったほうが楽なのだろうか?女としての知識も何もないし…)


 と考えながら、剣を磨いているベルさんの顔を左から仰ぎ見てみると、今まで気づかなかったが、顔の左側に髪に隠れるようにして火傷の痕が伸びていた。 火傷?と疑問を覚える。


(俺にはポーションを使ったと言っていた。塗り薬もあるらしいが、異世界なら魔法も当然あるだろう。そういう格好をした子もいるんだから。という事は当然ヒールといった治癒魔法もあるはず。ならなぜ火傷の痕が消えてないのだろうか?戒めとかで残してるのだろうか?)


 その疑問を解消するために、早速、無知な少女を演じることにする。 魔法という存在があるかどうか知らないが、今の状況であれば然程疑われずに殆どの質問ができるだろうし、火傷について触れるのが地雷だったとしても、この人なら無遠慮な子供に対してそこまで怒らないだろう。


「…ねえ、ベルさん。その傷は治せないの?」

「そ、その呼ばれ方は初めてね…。さん付けじゃなくて、ベルでいいわよ。 ええと、ヒールっていう魔法の事は知ってるかな?現代のヒールの治癒力ではそこまで大した事は出来なくてね、こういう火傷痕を綺麗に治せる魔法や技術というのはまだ無いのよ。普通の擦り傷や切り傷ならポーションなんかでも治す事が出来るんだけど、酷い傷だとどうしても残っちゃうのよね。たまに発見される"エリクサー"っていう最上級ポーションでならどんな傷でも治せると思うけど。でも、これでも結構綺麗に治った方なのよ?」

「…そうなんだ」


 正直がっかりした。 剣を持った騎士とトンガリ帽子の魔法使いがいるのだから、魔法もさぞかし派手なモノだろうと思っていたのだが、治癒魔法がその程度なら攻撃魔法も大した事がないかもしれない。

 ネットでよく言われていたのは、誰でも使える魔法という存在も脅威だが、赤ちゃんがボタンを一つ押すだけで国が一つ滅ぶ《核爆弾》の様な現代兵器の方が脅威である、とかそういうのだが、この世界の魔法は拳銃程度しか威力が無いのかもしれないな。などと落胆しながらも、地雷ではなかった事に安堵し、少女らしい可愛らしさをアピールしようと思い立ち、ベルさんに声を掛ける。


「ねえ、触ってもいい…?」

「えっ? い、いいけど、どうしたの?」


 少し動揺しているベルさんの火傷痕に触れて、現代において子供がしたら可愛い行動ランキング上位に食い込むであろう「いたいの、いたいの、とんでいけ~」という呪文を可愛い声で唱えるような気持ちで、先程聞いた魔法名を声に出してみる。


「ひーる」


 予想では、「ありがとう!すごく癒やされたわ!ミュウちゃんは最高の治癒術士ね!」(なでなで)「えへへ~」という展開を期待しての行動だったのだが、その予測は裏切られ、突如としてベルさんの足元に黄金に輝く魔法陣の様なものが浮かび上がった…。

はい。ベルさんの過去編でした。出来るだけ短めに纏めましたがどうでしたでしょうか?


予定していた過去編を少し弄った事で、ベルさんの容姿に少し変更がありました。それにつきまして、2話で、自室の鏡を見た時の文章に少し付け加えました。ご了承ください。


ブクマ、感想、誤字・脱字報告などしていただけますと、ニヤニヤします。

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