06 「目覚め」(転生者)
「ミルガルド大陸の西、聖王国領にある大森林の東側ね」
――世界が崩れるようだった。
聞いたことのない地名、聞いたことのない国名。ベルさんの綺麗な顔を見ていた目がパチパチと点滅し、頭がクラクラして吐きそうになりながらも、唾をゴクリと飲み込み、最後の砦、俺が元いた世界なら誰でも知っている最終確認をする。
「………地球?」
「え?チキュウ?それがミュウちゃんの住んでた街の名前なの?」
「………」
「えっ?あれ?ミュウちゃん…?」
確定的だ。ゆっくりと目を閉じながら深く息を吐く。あの森で目覚めてからの一連の出来事がフラッシュバックするように再生される。何故、気づかなかったのだろうか。何故、予想の中にソレが入っていなかったのだろうか。俺がいつも見ていた事なのに。考えて、妄想して、憧れた世界なのに。
『 異世界 』
その言葉を思い浮かべた時、全てが合致し、心の奥底に溜まった違和感が、綺麗に洗い流されていく。今までグダグダと考えていた時間が完全に無駄になるほど簡単に納得できてしまった。
異世界に来ているのなら全ての事に説明がつく。ずっと、元居た世界の森の中に、裸の少女の身体で放り出されたと思っていたが、そんな事ありえないだろう。この身体も、あのイノシシも、この人達の格好も帯刀している剣も草原も山々も、すべてがこの世界にとっての現実なのだろう…。
(――てことは、これは正しく、転生ってやつか…。じゃあ向こうで俺は死んだって事か…? これからは女として人生を歩まなければいけないってのか…)
新たに積もる不安もあるが、今まで感じていた見えない不安と違い、解決する手段が思い浮かぶだけまだこちらの方が気が楽かもしれない。
自らの掌を改めて見やる。小さい手だ。一人で生き抜くには無理のある手。目の前にしゃがみ込み、心配そうにこちらを見つめるベルさんに、本格的に頼らなければいけなくなったようだ。
***
『チキュウ』 仕事柄、聖王国領内の土地名や、小さな村の名前なども大体知っているのだけど、初めて聞く名前だった。もしかしたら他の国出身なのかもしれない。
「…ミュウちゃん?チキュウって土地の名前?それとも村とか街の名前かな?」
「ちがう」
「ぇ、じゃ、じゃあ、住んでた街の名前とか分かるかな?」
「わかる。けど、かえれない」
「え? 帰れない? 他の国の出身なら私が連れて行ってあげれるけど――」
「もうかえれない。家族もいない。わたしひとり。」
「えっと…」
今までの受け答えとは違い、少しだけハッキリとした声で答えてくれるけど、情報が引き出せない。今までは、表情があまり分かりづらいなりに何処か不安げな瞳を垣間見れていたのだが、今は何か、落ち着いてるけど、同時に諦めた様な雰囲気も感じ取れる。
落ち着いているけど、少し諦めてて、住んでいた場所の名前も分かるけど、帰れないし、家族もいない…。
…これは、何か思い出したのだろうか。すぐにでも事情を聞いて彼女の支えとなり、元いた場所に帰してあげたいが、言いたくない雰囲気も感じる。なにより、”家族が居らず、自分一人”だとハッキリと明言している。これは気軽に聞ける事ではないだろうし、まだ会ったばかりの私に話したい内容でもないかもしれない。ここは一度、王都に戻った方がいいかな。情報が引き出せたなら、戻る最中に住んでいた場所に送り届けられるかと思っていたけど、そう簡単に片付けられる話ではないかもしれない。
「…よし。じゃあミュウちゃん。一旦、私達の住んでる所に連れて行ってもいいかな?」
「…せいおうこく?」
「そう!美味しいものも一杯あるし、活気のあるいい所よ。私の住んでる聖教会の建物はこの辺で一番安全だし、これからの事も相談しなくちゃいけないから。…話したくない事もあるかもしれないけど、一度ゆっくり落ち着いて、話してもいいかなって思ったら教えてくれるかな?」
「…うん、わかった」
「よし!じゃあ出発するね」
ミュウちゃんの頭を数度撫で、一度馬車を降り、馬車の横で装備の点検をしているユティ達や周囲を警戒している子達を集めて、王都に戻る事を告げる。ミュウについてなにか分かったのかと質問が飛んでくるが、軽く濁しつつ、何も分からなかった事と、今はまだその事について質問しない様に、と伝え、出発の準備を開始した。準備の最中、護衛に残っていた男の子が、まだしっかりと見れていなかった為か、チラチラと馬車内にいるミュウちゃんを覗きに行くが、その度にユティが目線で牽制するというやり取りが数度繰り返され、準備が終わる。しかし、今度ばかりはと馬車内に乗りたそうにソワソワとしている男の子2人であったが、ユティのみならず、女子全体からの無言の圧力に屈し、いつも通り馬に跨る。ちょっと可愛そうだ。
小さい子供が乗っているという事で、御者さんの心遣いか、気持ちゆっくりめのスピードで進む馬車内では、ミュウちゃんが、6人の女の子に囲まれて改めて自己紹介を受けてオドオドしていた。やっぱり人見知りなのだろうか。それとは違うような気もしないでもないが、子供の考えは大人には分からないというし考えても仕方ない事かもしれない。
(それにしても、ミュウちゃんはどこから来たのだろうか。赤い瞳にピンクの髪というだけでこの大陸では見られない特徴だし、他の大陸でも聞いたことが無い。そういえば何歳かも聞けてなかったな。いくつくらいだろうか?顔が整いすぎててよく分からないけど、あの時見た身体付きは10才前後といった所かしら…)
ミュウとの初対面、それもきわきわの裸姿を思い出し、少し顔が熱くなる。
(…はっ!ばか…!何を考えているんだ私は…!相手は子供、しかも女の子だぞ!少女に対してこの様な思いを巡らすなんて、へ…変態じゃないかっ!?ユティじゃあるまいしっ!!)
我知れず、部下への暴言を吐きながら、心を落ち着かせようとする。
(そうだ。落ち着け。あんまりにも可愛くて可憐だったから、羨ましくってドキっとしただけだきっと。そう、ただの勘違いだ。私も背が小さければという願望による誤作動に違いない。孤児院に行った時もたまに似たような感情が芽生えるじゃないか。これは決してやましい感情ではないとも!)
これは身長170台の私の『小さい身体に対する願望によって起こった憧れに近い思い』である。と決定付けていると、自己紹介が一通り終わった様で、ミュウちゃんへのそっち方面の質問は禁止しているので今度はミュウちゃんの髪や肌などの美容に対する会話に移る。
「それにしてもやっぱりなんど見ても綺麗な髪だわ~!ねえねえ!髪触ってもいい?」
「…」(コクリ)
「あっ!ずるいですー!ミュウちゃん!私も触っていいかなっ?」
「…」(コクリ)
「じゃあ、私は鎖骨をっ!あだっ!」
「あっ、そういえば、ずっとそのままだとまずいよね!下着は無いんだけど、替えのインナーは持ってきてるからこれ着てみて!」
「…櫛と鏡の時も思ったけど、女子力高いわね。どこかの変態とは大違い。」
「変態じゃないわよぉ!私だって替えのインナーくらいっ!はっ!わ、私もインナー持ってきてるから私の方をっ!いで痛いっ!」
「…あんたには親切とは違う、邪な考えが見える。」
「しょんなー!」
「はい、頭通すよー?目つぶってー」
「…ん」
「じゃあ、この迷彩マント取るからちょっと立って~」
「ミュウちゃん小さくてスタイル良いから、ワンピースみたいになるわねぇ~!何着ても似合いそう~」
「それ一枚じゃ寒いかな?その上からまたこれ羽織る?」
「んーん。大丈夫」
「あ、そ、そうだ。ミュウちゃん。三つ編み、もう一回編み直してもいいですか?さっきは急いでたし、運ぶ事優先でへんな形になっちゃったから、ちゃんと綺麗にした方がいいかなって…」
「うん。ありがとう」
「ねね!手見せて~!」
「…ん」
「わー!綺麗な手~指もなっがーい!」
「じゃ、じゃあ、私はふくらはぎぁいでっ!」
ちょっとブカブカで鎖骨と太ももが大胆に見えるシャツに袖を通し、横向きに座らせ、後ろからはしっかりと編み込まれ、前からは手や腕を撫でられる様子を、反対側から眺める。
(よかった。みんなが優しいのもあるけど、ちゃんと輪に入れてる、のかな?ちょっと照れてる感じもあるけど。 それにしても替えのインナーか…。準備してない私はやはり女子力が足りないのだろうか。任務では汚れる事が当たり前だから、短期の任務中に汚れた服を綺麗にしようという考え方が出来ないのだが…今度から準備した方がいいのだろうか…ぁ、見えそう…ってばか!)
先程、サラが言った女子力というのは、替えのインナーを持ってきている事ではなく、ミュウの服事情に気がつく機転の良さの事なのだが、そんな事には気づくこと無く、行きと同じ様な、行き以上かもしれない女子トークが続く中、「く~…」っと可愛らしいお腹の音がなった。
「ぁ~~~~っ!! お腹の音まで可愛いなんて犯罪だよ~~っ!!」
とユティが身悶えているが、ミュウちゃんは特に表情に変化がない。やっぱり顔に出にくいのかな。
「ミュウちゃんお腹減ってる?」
「…うん」
「じゃあ、外の男子には悪いけど、軽食にしましょうか。ミュウちゃんだけに食べてって言うのもなんだし」
「さんせーですお姉様ぁ!」
持ってきている軽食は短期保存が効くように乾燥させた硬いモノが多い。本格的に基地を作り、カマドを作ればシチューなどで柔らかく食べられるが、今回は一日以上の滞在予定はなかったため鍋などは持ってきていない。ミュウちゃんにはちょっと硬いかな?と思いながらも、乾燥パンと干し肉、革製の水筒を渡す。
「…これ、なに?」
「え?それは水筒だよ?飲水が入ってるの」
「……これを、このおにくに掛けるの?」
「え?いや、違う違う。それはそのままカジって食べるんだよ」
「…そうなんだ」
ミュウちゃんの故郷では食べてなかったモノなのだろうか?水筒も知らないなんて、相当貧乏な村か、ティーポットしか知らない貴族ぐらいじゃないだろうか。
水筒とパンを白い膝の上に乗せ、干し肉にカブリつく。「硬くて千切れない」とか言われるかなと思っていると、いとも簡単にカジった部分を引きちぎり、かわいいホッペでもきゅもきゅと咀嚼していた。
「ミュウちゃん、よく噛みちぎれたね!硬いかなって思ってたんだけど…」
「んーん。柔らかいよ?あんまり食べたこと無いけど、おいしい」
「そ、そう?ならよかったわ…」
食べ物を口に含んだ喋り方というのは誰がやっても一層可愛く見えるな。などと思いながらも、自分も干し肉を齧るが、大人の私でも柔らかいと言えるほどの物では無い事実に、お世辞も言える優しい子なのかもしれない、などと親バカの様な考えに浸りながら、食事しながらの談笑に浸る。
ミュウちゃんを最初に見た時の、ユティの襲いかからんばかりの勢いを止めるのが大変だった、というサラの愚痴や、自分達が油断したせいでミュウちゃんに怖い思いをさせてしまったというユティ達の謝罪。空気が重くなりそうだったので、「最後はああなっちゃったけど、災害級に対して無傷で圧勝できた今回の戦いは素晴らしかったわ」と褒めると、「トドメは隊長でしたけどね。」と突っ込みが入り、また暖かな雰囲気に戻る。
食事を取った事で更にリラックスしてくれたのか、私達の談笑に少しだけ微笑むミュウちゃんを見ていると、こちらまで癒され、周囲への警戒に回す意識を保つのが困難になるほど安らいだ。
災害級との戦闘に、ほぼ圧勝できた興奮、ミュウちゃんと出会いテンション高めに喋っていた事、などによる疲れが来たのか、いつもはウトウトくらいの睡魔が襲い、戦闘組は熟睡モードに突入し、互いの肩や頭に寄りかかったり、隣の膝を枕にしたりしながらすやすやと眠りだした。
護衛組だった二人は残っている装備の点検などを始め、私も自分の剣の研磨を始める。
ミュウちゃんは、寝台と化した右側の椅子から逃げるように、左出口側に座る私の隣に来て、椅子に膝立ちになり、窓から外の風景を、その大きな瞳を目一杯広げてジーっと見ている。
(やはり、この辺の風景は見慣れないのだろうか…)
すこし心配になりながらも、その無表情だが何処と無く物思いに耽っている様な表情に、何故か、あの日の妹の姿と重なり、あまり思い出したくはない思い出が蘇ってくる。
私が、騎士団に入る切っ掛けとなった日。 両親と、妹の足を奪われ、私達の人生を狂わせた日の出来事を。
基本はこのくらいの文章量にしようかなと考えていますが、なんか、偶然の産物である「目覚め」揃え、という謎縛りにより、自分で勝手に苦しんでいます。早くタイトルを替えたいです。
次の回は、ベルさんの回想からのスタートだと思いますが、あまり長ったらしくならないように気をつけたいと思います。
ブクマ、感想、誤字・脱字報告などしていただけますと、涙が出ます。