05 「目覚め」(ネカマ)
「ミュウ…、ミュウちゃんね…!お名前教えてくれてありがとう!私の事はリザでもなんでもいいからね。とりあえずこの森から出ましょう、落ち着ける所に行くからもう少しだけ待っててね」
「私の事はユティお姉ちゃんってっててて!いふぁい痛いっ!」
「おバカ。それはもっと落ち着いてからね。」
名前を聞いてなにか嬉しそうな、なんとかベルさんと、騎士風の少女と、魔法使い風の少女のコントを見ながら、先程の自分の言葉を思い返す。
『 みゅう 』
そう名乗ってしまったからには、もう覚悟を決めなければならないかもしれない。
何故森の中で目覚め、裸の幼女になっているのかはさっぱり分からないが、この、人の良さそうな人達をとりあえず信用して、頼るしかないだろう。ここが実家からどれだけ離れた場所かは分からないが、この幼いだろう身体で一人で帰る事は困難だ。日本国内でも微妙に危ないのに、ここがもし海外だった場合など完全にアウトだ。攫われて犯されてバラされて人生終了。
心臓がドクンと脈打つ。
(大丈夫だ…。俺は、いや、私は今女だ。少女になったんだ。幼女になったんだ! 自分の喉から出てるとは思えない様な可愛い声、小さな掌、軽々と持ち上げられる身体、周りの反応、男の時には微塵も感じる事のできなかったような甘やかされ感。完全に可愛い幼子に対するソレだ。従兄弟の所に産まれた男の子に対する周りの反応よりも、甲高い声で擦り寄るあの感じ!大丈夫だ。とりあえずは、私は女として振る舞うべきだ。息子はもう居ないのだから…!)
なにはともあれ、まずは現状の把握だ。それまでは、昔のネット時代のネカマパワーを使ってこの優しそうな、…リザ?……なんとかベルさんに擦り寄って、お世話してもらう方向に動こう。騎士団の副団長とか言ってたし、周りの人達も従えている様だ。どこの大学のサークルかは知らないが、おれ、いや、私よりは交友が広そうだし…。
さて、どうやって甘えようかと思考を巡らせていると、ふと私はどのくらい可愛いのだろうか、と思い至る。己の可愛さを知って、それに応じて動いたほうが懸命だろう。ボヤケてしか確認していないため、本当はブスなのかもしれない。醜い子と、可愛い子、同じ我儘を言ったとして反応が異なるのはどの国に行っても同じだろう。それにこの人達の顔面レベルは異常に高い氏ね。危ない所だった。
「……かがみ…」
「え?かがみ?鏡がほしいの?」
「あっ!私、持ってますよ―!櫛と鏡は女の必需品ですからっ」
「……ありがと」
先程のユティという子とは別の活発さを持つ女の子から、内心バクバクで震えそうになる手で、手鏡を借り受ける。お礼を言うと、可愛いだのなんだのと女子の輪に戻ってわーきゃー騒いでいる。…ふむ、この頼み方は正解だったな。辺に下手に出たり、いきなり丁寧語で話し始めるより、小さい子になりきってカタコトで喋り、こちらから要求するのではなく、相手側に気づかせて動いて貰う…。フッ、完璧だな私のネカマパワー…。泣けてくる。
現在でもゲームは女キャラ派だが、普通に中身男として活動している今とは違い、完全なるネカマプレイヤーだったネトゲ時代の黒歴史を思いながら、花の木彫りで縁取りされた手鏡を覗き込む。
(………。…いや…可愛すぎだろ…)
ちょっとたれ目気味だがぱっちりとしたルビーの様な瞳に、長いまつ毛に薄めの眉毛、美人の必需品くっきり二重に目立ちすぎない程度の涙袋、癖っ毛ぽい前髪はふんわり緩くカールしており、後ろ髪は2つの束を三つ編みにして後ろで交差させて前へと持ってきていた。思わずツンツンしたくなるようなほっぺたに、プルンとしたつやつやの桜の花びらの様な唇…。
個人的には、なんとかベルさん…ベルさんでいいか。ベルさんの様なつり目気味の顔が好みなのだが、そんな好みなど全く問題にならない程にかわいい。周りのハーフ達が一般人に思える程にレベルの違う可愛さだ。もちろん好みはあるだろうが、完全に日本人好みする童顔。修正済みのアイドルより可愛く整っているのに、マネキンや作り物の様な気持ち悪さはない。ていうかこの身体何歳くらいなんだろうか…。美人すぎて顔年齢が分からん。幼い事は分かるんだけど…。自分のつるぺたの身体を見た時に軽く想像はしていたが、何百倍も可愛い顔であった。
(…これは何やっても許される顔ですわ…勝利者の顔ですわ…勝ち組ですわ…)
それが自分の顔だという事を一瞬忘れて、どこぞの関西人の如く、理不尽な世界に愚痴を溢す。
(…まぁ、私の顔なんですがね…)
と、思った時に違和感に気づく。今の思考をした時に頭では、鏡にニヤけた自分の顔が映るだろう、と予測していたのだが、鏡に映る可愛い顔は、ほぼ動かない。まさか、本当に作り物なのか…?と心配になり、力を込めていろんな表情をしてみたり、むにむにとほっぺを引っ張ってみたりしてみる。だが、普通に動くし、何か張り付いている様な感じはない。あるとすれば、目一杯動かしているつもりなのだが、そこまで表情が変わらない事だろうか?なぜだろう。この子は表情が出にくいタイプなのかな?などと鏡に映っているために他人事の様に考えていると、また上から、心配そうに声をかけられる。
「…ミュウちゃん?大丈夫?どこか痛む?外傷は無かったみたいだし、一応ポーションを飲ませたから大丈夫だと思ったんだけど…。どこかまだ痛めてたかしら…」
「…んーん。だいじょうぶ」
「っ!そう…よかったわ…。でもどこか痛いところがあったらすぐ言うのよ?今はまだ気付いてないだけでどこか捻って痛めてたりとかするから」
「…ん。」(コクリ)
(…この人は本当に心配性だな。ベルさんが良い側の人か悪い側の人かは、まだ分からないが、演技だとしてもここまで優しくされた事は大人になってからは無いな…。これで騙されたら騙されたで仕方がないか。付いていく他に方法はなさそうだし…。つうかやっぱり声ヤバイな。声優かよ…)
「脱出ーっ!」
「…ふぅ。」
「はぁー疲れたー」
「みんな、あんまり気を抜きすぎないようにね!」
自分の事を棚に上げ、こちらも騙している側だという認識を何処かに捨てやっていると、やっと森を抜けたらしく、木漏れ日のみだった太陽の光が燦々と降り注ぐ広大な草原に出る。地平線まで伸びるような草原の奥には雲まで掛かるような山々が乱立している。そのもっと手前に一本の踏み固められた道路が通っており、そこに一台の車、いや、馬車が停車していた。
(……あぁ。完璧に日本じゃないなこれは。あんな山もこんな草原も日本には無いハズだ…。しかも、今時馬車て…なぜに馬車?そういうお国柄なのか?ここはそんなに遠くの国なのか?というかどうやって睡眠中に海を…)
目の前の光景に呆然とし、また同じ思考でグルグル周りだしそうになってきた時、先程の会話で、気になるワードが出てきた事にいまさら気づく。
「………ぽーしょん?」
「…? …あぁ!そう、ポーション。下級だから気にしなくていいわよ。塗り薬もあったんだけど、外傷は無さそうだったから、一応ね。」
「………?」
(ポーション?ポーションってのはゲーム用語のはずだが、痛み止めとかの事をオタク用語でそう呼んでるのか?いや、そういえば海外のテレビで飲み薬の事をポーションって呼んでるシーンを見た覚えが…。あれは何処の国だった…?)
深夜に流れている海外ドキュメント番組を思い出そうとしていると、何かを見落としているかのような違和感が、心の底からジワジワと湧き出てくるような感覚を微かに感じる。
やはり味方だったらしい馬車に辿り着き、残っていたらしい同じような格好をした3人と御者台に座ったおじさん1人の視線突き刺さるが、ベルさんはお構いなしに私を抱っこしたまま後ろから登り馬車内に入り込む。
運搬用のトラックの荷台には乗ったことがあるが、それと似た作りだ。床やベンチの様な長椅子は木製で敷き詰められるように正方形のクッションが置いてある、側面と屋根は丸くカーブした骨組みに貼り付けられた帆の様な分厚い布、小さな木枠で作られた四角い窓ガラスが両側に付いており、ドアと呼べるものはなく、カーテンの様に両側で縛り止めてある。
ちょっと埃っぽいが、鉄製のトラックよりは温かみのある荷台に、声を掛けられながらゆっくりと降ろされ、風呂上がりにデカいバスタオルを身体に巻いた様な格好で右側の椅子に腰掛けながらも、先程からずっと考えている思考を続行する。
(なんだ…?なんだこの感覚は…?何か見落としているのか?この状況を作った原因を。何か大切な事を忘れているのか…?なんだ?何を忘れてる…?)
「さて…。みんなは残ってた子に討伐成功の報告と、ミュウちゃんの説明を軽くしておいて。それが終わったら周囲の警戒と装備の点検を手分けしてお願い。ミュウちゃんと少しお話するから、それが終わったら出発しましょう」
「「「はいっ」」」
ベルさん以外の人達がそれぞれ動き始め、居座ろうとしたユティという子がサラという子に引っ張られていく。みんなが居なくなって二人きりになった事を確認すると、ゆっくりとしゃがみ込み両膝を床に付けて目線を合わせてくれる。こういう所に子供慣れしてる感じが滲み出ているが、今の俺の心境的に言うと、ものすごく怖かった。何かとんでもなく恐ろしい事実を言われるのではないかという気がして。
「…ミュウちゃん。ちょっとだけ聞きたい事があるんだけど、いいかな? …答えたくなかったら答えなくていいから」
「………」(コクリ)
別にネカマパワーを発揮しているわけではないのだが、何か怖いものを感じ、あまり積極的に答えたいという気分ではなくなっていたため、うつむき加減の上目遣いの体勢になりながら、質問を待つ。少し時間を起き、目を泳がせていたベルさんは、何かを決意したような面持ちで問う。
「ミュウちゃんはどうしてあの森の中にいたのかな…?」
「……わからない」
「えっ…分からない?…何にも覚えてないの? お父さんかお母さんか一緒じゃなかったの?」
「……ちがう。ひとり」
「一人…?一人であの森の奥まで入っていったの?」
「……ちがう。気づいたらあそこに居た」
「っ!まさか置き去り…!? ……じゃあ、お家の場所は分かる?」
「……うん。わかる。 ………ねぇ、ここはどこ?」
「…えっと。ここはね…」
震える声で呟いた質問に、ベルさんは複雑そうな表情で答える。
「ミルガルド大陸の西、聖王国領にある大森林の東側よ」
文章の量的には、どのくらいがいいのでしょうかね?読み手としては気にしなかった事でも、書き手になると気になってくる事が多いと感じる今日このごろです。
5話にしてやっと森から脱出できましたね。ちなみにまだ主人公は一歩も歩けていないはずです。次の回でやっと2~3歩くらい歩くかもです。
ブクマ、感想、誤字・脱字報告などしていただけますと、笑顔になります。