03 「目覚め」(性癖)
「あたたた」
「おねえさまぁっ!!大丈夫ですかっ!?」
「あぁ、大丈夫、大丈夫。ちょっと焦って力んじゃった…。ユティに焦るなって言ったばかりなのに、自分が焦ってちゃ世話ないわね…」
「そんな事ないです!すごくカッコよかったです!…でも、どうしていきなり《ラッシュ》まで?」
「あぁ、【ワイルドボア】の進行方向に子供が見えてね…」
「子供!?」
「ええ。たぶん間に合ってたと思うんだけど…大丈夫かしら…」
「私には見えなかったですけど…。たぶん、サラ達があっちに残ってたので介抱してあげてると思います!」
「そうね…。じゃあちょっと1分くらい動けないから、周りを見回ってくれない?」
「え?了解ですけど、…他にも子供が!?」
「いえ。こんな森の奥に子供一人ってのは考えにくいわ。近くにご両親がいる可能性があるから」
「あっ!そっか!わかりました!」
「私の目が届く範囲でいいからねー」
「…。 ふぅーー…」
辺りの捜索を開始したユティの背中を見ながら、深く長く息を吐く。
焦って力んだ、とは言ったものの、落ち着いたまま《ブレイブ》だけしか使わなかったら間に合っていなかったかもしれない。そう思うと、ゾっとするような悪寒が全身を駆け抜ける。
《ブレイブ》の派生先である《ラッシュ》は、《ブレイブ》の強化版という単純なモノでは無く、その圧倒的な能力上昇の代償として、一定時間のスタンという効果が発生する。それゆえに呼ばれている別名が「諸刃の剣」。
スタン状態とは、つまり動けなくなる状態の事で、手足や腹筋などの身体を動かす為の主要の筋肉が全て機能しなくなる。スタンの最小時間は、どんなに《ラッシュ》を短く使っても1分程。つまり、連戦状況で使うのは自殺行為になってしまうので、決定的な場面でしか使用される事は無く、その決定的な場面で使うのも怖い、と、使用自体を封印している使い手も結構いる様だ。
最小で1分程だが、長時間使い続けてしまうと、数日から数週間もの間動けなくなってしまうらしく。あの団長ですら、私がまだ小さかった頃、郊外の遠征から帰ってきてそのまま1週間ほどベッド生活を送っていたっけ。
私から少し離れた場所で「お父様ー!お母様ー!」と声を出しながら周囲を見渡しているユティを見やり、やっと動かせるようになってきた身体を持ち上げ、立ち上がり、まだふらつく身体を支えようと、隣に横たわる頭だけの【ワイルドボア】の牙を掴む。
(ほんとは、こんな森の中であんなに声を出すのは不味いんだけど…。この状況じゃ仕方ないとしても、これだけ呼んでも出てこないとなると、もう既に事切れてるか、あの子が一人であの場に居たか…)
そう思考した瞬間、心臓が一つドクンっと跳ねる。そうであって欲しくはない。救った小さい命が、己の不幸を嘆き震える姿はもう見たくない。だが覚悟もしなくてはならない。あの子がひとりぼっちになっていたのなら、孤児院に預けなければならないが、落ち着くまでは私が面倒を見よう。そう思いながら、戻ってきたユティと共に、居ないであろう人影を探しながら、サラ達の元へと歩き出した。
***
「…ちょっとあなた。こっちを見てないで周囲の警戒。」
「!…はっ!はい!」
ピンク色の綿毛の様な髪の毛から飛び出している、細く柔らかそうな足首から下や、綿毛の隙間から垣間見える白い肌を食い入るように見ていた騎士の男の子に、周囲の警戒に当たるようにと指示する。
微かに身体が上下している事は確認済みではあるが一応、腕を取り脈を確認する。大丈夫だと確認が取れたら、念のために《ヒール》と《ディスペル》をかけてもらい、各種ポーション等を使ってもらうが、様子に変化は無い。
(ただ、寝てるだけなのかな…。)
特に身体に異常が無いらしい事にひとまず安堵し、次に服をどうしようかと考える。何故裸なのかは知らないが、そんな事は後で本人に聞けばいい。何も持ち合わせが無いため、自分を森から隠蔽していた迷彩柄のマントで包もうと、女の子と思われる子供の体の持ち上げる。
(軽い…。本当に子供なのね…。)
「子供」という単語を直に実感しながら、何故こんな大森林の奥に子供が、等の疑問は尽きないが、とりあえずこの場を離れ、隊長達と合流した方がいいかもしれない。【ワイルドボア】は討伐したと思われるが、それでも魔物が多い森の中だ。子供の体をマントで包もうとした時、見る気はなかったが身体の正面が目に映る。やはり女の子だ。まだ下の毛も生えいていない様な子供。…私もまだ生えてないが、私の場合は血に半分エルフが入っているから仕方のない事だといえるだろう。しかし、この子の耳は丸い人間型で、私よりも幼い身体つきをしている。という事は、普通の人間種の、普通の子供という事。
気絶している人間を持ち上げてマントで包む、という作業は想像以上に大変ではあるが、身体は軽いし、同じ魔法士と騎士の女の子に手伝ってもらっているので、すぐに終わる作業であったはずなのだが、これが難儀した。何故なら、この女の子のふわふわの綿毛の様なピンクロングヘアが、その身体に対してものすごい量だったからだ。
「とりあえず怪我は無いみたいだけど…なんでこんなに長いの…」
「すごいですよねー、この髪の量!お手入れ大変そうなのにサラッサラぁ…。ムダ毛も一切ないし、肌も綺麗でツルッツル…。うらやましぃ~…」
「こ、この子の身長から考えて、ぜったい引きずる長さですよね…。どうやって生活してきたんだろう…。」
「しかもこのピンク色だよ!赤茶色の人は見たことあるけど、こんな綺麗なピンク色の髪って見たことないよー!このサラサラ加減は染料じゃないでしょうし、何処かの猫人族とか兎人族とかかなー?」
「で、でも、耳は普通の人間のですよ…?」
「……詮索は後に回そ。今は森を脱出する事が最優先。早くこの髪を纏めないと馬車まで運べない。」
「あっ、そうですね!でもどうしましょうこの長さ…、このまま包んだら絡まって痛いですよねぇ」
「…どっちか、結べる紐とか持ってない?」
「一つだけなら持ってますけど、この量だと頭に纏めるのも無理ですよねぇ」
「あ、あの…。簡単な三つ編みなら、私出来ますけど…」
「あぁ!そういえば妹にしてあげてるって言ってたわね!」
「すぐ出来る?」
「は、はい、簡単にでいいなら…」
「じゃあそれでお願い。とりあえず纏めるだけでいいから、前に持ってくるよう編んで、それから包みましょう。」
「あっ!櫛もあるけど使うー?」
二人は協力しながら、急いで三つ編みに編むために、その長い髪に櫛をゆっくりと通す。綿毛の様にモコモコなので、普通なら絡まって櫛が止まる様なものだが、何の抵抗もなく一番下までスルスルと落ちていく。その感触に2つの感嘆の声が漏れるのを聞き流しながら、立ち上がり、周囲を見渡す。騎士の男の子は、こちらに視線が向かない様に私達の周りを周りながら警戒に当っている。ここでチラチラと覗くような度胸があるなら、馬車内にも入ってこれるだろう。
(…本当にこのまま、この子を介抱して馬車まで戻っていいのかな…。団長はこの子を守る為にああしたんだろうけど、この子の現状が謎すぎる。こんな危険な大森林の奥に一人で、しかも裸で、周りに人影は無く、見たこともない様なピンク色の超ロングヘア…。こんな髪ならすぐに有名になって噂くらい流れてきそうなものだし。隠し子として育てられて、邪魔になって捨てられたって線もあるのかな。でも捨てるくらいなら、よく知らないけど闇市とかに持っていかないかな。こんな危険な場所まで捨てに来る利点も分からないし…。)
詮索は後回しとは言ったものの、三つ編みが終わるまで少しかかりそうだったので、ついつい思考を巡らせてみるが、なにもそれらしい答えにたどり着けない。終わりの見えない思考の迷路に迷い込んでいると、三つ編みが完成するのと同時に、吹っ飛んでいった団長と、すっ飛んでいったユティが戻ってきた。
すぐ近くまで来た団長が何か言葉を発そうと口を開きかけ、そのままユティと一緒に固まる。隣同士で並んでいた二人の目線は同じ場所に向かっており、その先にいるのは、謎の女の子。
ピンク色の長いふわふわの綿毛によって編まれた三つ編みを両肩から垂らしており、股上辺りで一つに結ばれ、足の先まで続いている。狙ったかのように、両胸と秘部が隠れたその姿は『 V字型のハイレグ水着を着た幼女 』という、犯罪ギリギリの様相を呈していた。
何故か、その場で硬直したまま、大きく見開かれた二人の瞳。友人のユティの方を見てみると、目が輝き涎が垂れそうになっている。あぁ、いつもの発作か。と、安定のスルーを決めこみ、隊長の方は、と見やると、なにやらその黒い瞳には、発作持ちの友人と良く似た、" 色 "が映し出されているようであった。
短いです。ごめんなさい。
予定よりストーリーの進みが遅いです。3話目にしてまだ森から出れないとは思いませんでした。
あと、無言で各話の修正をしたりしますが、言い回しの変更であったり、矛盾点の修正であったりと、大スジのストーリーには何も手は加えてませんので気にしないで貰えると助かります。大きく変更する時は報告致します。
ブクマ、感想、誤字・脱字報告などしていただけますと、幸せです。