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聖騎士と聖女  作者:
2/10

02 「目覚め」(聖騎士)

深い眠りから覚めかけ、まだ瞼を開けたくないと私の弱い心が叫ぶが、強い心の私はそれを許さない。


朝を告げる鐘の音色を窓の外から感じながら、心地よい気だるさにムチを打ち、自慢の腹筋を使って上半身を起こす。眠気眼を擦り無理やり瞼をこじ開けると、日差しが差し込むカーテンを開けるためにベッドから起き上がる。



いつも通りの時間に起床し、歯を磨き、顔を洗い、鏡を見る。左頬に残る火傷の痕は極力見ないようにする。ぱっつんに切り揃えた前髪がハネていないか確かめ、後ろ髪を纏めて括りポニーテールにセット。制服に着替え、愛刀を腰に固定し、全身鏡の前で背筋を伸ばす。髪や服に不備がないか確認し、一つ頷くと、隣の棚に置いてある妹お手製のお守りを手に取り、少し眺め、内ポケットに差し入れ軽く上から押さえる。


部屋のドアに手を掛け、振り返る。特に所持しなければいけない様な物など無いが、一応、忘れ物などないかの最終確認だ。


いつ見ても素っ気ない部屋だと思う。いくら騎士だとはいえ、女らしさの欠片もない何もない部屋。


聖教会騎士団・副団長として、無駄に広い部屋を貸し与えられてはいるが、生憎なにも置ける物が無く、ベッドや机、本棚くらいしか置いていない。私物は殆ど家に置いてあり、この寮の部屋には何も持ってきていないのだ。一つだけ、銀色に光を放つ全身防具一式と身体の半分以上を覆う様な盾が置かれているが、郊外の任務以外ではあまり装備する事のない物だ。


ドアノブを捻り、部屋から一歩出ると、そこには見知った顔の部下が二人、直立不動で立っていた。



「お早う御座います!お姉様!」

「…おはようございます。」


「おはよう、ユティ、サラ。…ユティ、その呼び方は止めてっていつも言ってるでしょ?」

「大丈夫です!私は姉妹としての意味で言っているわけじゃありませんから!」

「いや、それ何も大丈夫じゃないと思うんだけど…」


今日も今日とて、元気いっぱいに挨拶をしてくる子の方は【ユティ・ララクスト】


凛々しくも爛々と光るつり目気味の蒼い大きな瞳は、零れ落ちんばかりに開け開き、こっちまで笑顔になってしまいそうなニコニコ笑顔。輝くような金色の髪はツインテールにしており、元気に揺れ動いている。


身長は160くらい。元々細めであるが程よく筋肉が乗った身体を、制服の着こなし方を工夫する事によって更に細く見えるようにしている。スラっと伸びだ足に黒いスパッツ、少しボリュームのあるミニスカート、引き締まったウエストに沿うようにピッチリとしたお腹周り、といった具合に着こなす事によって、普通サイズのはずの彼女の胸は一回り大きく見えるようになっている。

ちなみに時々、詰め物を入れているんじゃないかと同僚の女性に聞かれるらしいが、彼女に言わせてみれば「ぺったんこな子が意地を張ってモリモリに盛っているのを気づかない振りをして、指摘せずに微笑ましく眺めるのは好きですけど、自分で付けるのはズレたりして気持ち悪いから嫌い」だそうだ。よく分からない。


彼女は、いつの日かの任務で村々を転々としていた時、私の存在を知ったらしく、それなりに裕福だった貴族暮らしを捨て、努力に努力を重ねて、私と同じ隊に入るまでになったらしい。素直で真面目で努力家で、絵に書いたような自慢の部下。…なのだが、私を姉と呼び、恋する乙女の様な仕草で付き従ってくるレズビアン。可愛く言えば百合。

この組織では珍しくないのかもしれないし、私自身としても、そういう性癖の子に対して否定的な感情は持ち合わせていない。けど、その好意が自分に向けられているとなると、反応に困ってしまう程度には私はまともな方だと思う。


「…ユティ。隊長が困ってるでしょ。」

「えー!でもでもー!」


もう一人の声が小さく大人しい子が【サラ・ポット】


青みがかった黒い髪で、前髪をおでこがほぼ見えてしまう程短く切っているのが特徴的で、前髪が無い事ではっきりと見える薄い水色の瞳は、ジトっと、やる気なさげに力が入っておらず、初めて見る人にとっては戸惑うかもしれないが、これが彼女の通常だ。


身長は155くらい。目深に被った三角帽子にブカブカのローブと、いつも同じ格好をしており、かろうじて外に出ている手足を見れば、戦場に出る者特有の筋肉はあまりついておらず、細めの女の子のソレである事が伺える。

彼女はハーフエルフであり、耳がとがっているのだが、後ろ深めに被った帽子によってその存在を隠している。別にエルフだからといって迫害するような人間はこの組織には居ないと思うのだが、どうしても視線が気になるそうだ。


服装から誰でも察しが就くとは思うが、彼女は魔法師団の方から派遣されてきた魔法士だ。幼い頃から魔法が使えたとか、その才能を買われて、今はもう引退なされたけど当時のあの有名な師団長から直々に魔法を習っていたとかなんとか。サラはあんまりお喋りじゃないから、詳しくは知らないけど、噂に聞く程度には有名な天才だ。


まだ続いている二人の可愛い言い争いを眺めているこの時間は、とても心が安らぐ。


心が安らがなかった理由としては、ここ数日、寮での寝泊まりが続き、住民区に住んでいる妹に会えていない事だ。今までは少しでも時間が出来れば会いに帰っていたのだが、ここ数日はその暇すら無いほどにスケジュールが埋まっていた。それでも、妹には寂しい思いをさせているかもしれないと、多少の罪悪感が生まれ、今すぐにでも会いに行きたい衝動が芽生える。こんな事ではダメだな。しっかりしなければ。


「…二人共、いつも早くからありがとね」


つい罪悪感を解消する為に謝ってしまったが、本当にいつも思っている事でもある。規律とはいえ、毎朝この場にこうして立っているという事は、私よりも早くに起きて、私がいつ出てきてもいいように、早くから立っているのだろう。私が部屋から出る時間は正確に決っている訳ではないが、いつも通りの流れに身を任せると大体いつも同じ時間になる。とはいえ、そうではない日の可能性がある以上、この子達はそれも加味した時間から私を待っている事になる。


「どうしたんですか急に! 引き受けたのは私達なんですし!早起きもそんなに苦じゃないですし!それに、ここでお姉様を待っている時も、なんだかデートで恋人の到着を待っている時間みたいな感じがしてドキドキしちゃうんです!憧れのシチュエーションですよ~」

「ユティの言う通りです。引き受けたのは私達の意思ですし、早起きは得意だから問題ありません。後半は同意出来ないけど。」

「…そっか。でもコレだけはきちんと言わせて。いつもありがとう」


妹の前以外では気を張っているためか、いつもキツイ顔をしていると自負している私だから、こういう事は言葉にして出さないと、態度では表せない。


「お姉様…」

「…………」


えらく感動したような表情で二人の目が私の顔に注目している事に気づき、急に恥ずかしくなってきたため、この会話を中止して目的地へ向けて歩きだす。


「さ、さぁ。食事の時間に遅れちゃうわ。行きましょう」


「…あっ!待ってくださいお姉様~!そんなに照れることありませんよ~!」

「はぁ…。」


後輩からの弄りと、友人に対するため息を聞き流しながら、足早に食堂に向かう。

道中、会う人会う人から、尊敬の眼差しと90度近い角度の挨拶が飛んでくるが、いつもの事なので手慣れた動作で返事を返しながらも、黙々と歩き続ける。


食堂に到着し、いくつかあるメニューの中から、いつもの朝食の列に並ぶ。すると、前に並んでいる人達が私の存在に気づき、前を譲ろうと動き出すのを手で止める。これもいつもの事だ。こんな所で権力を使う為にこの地位に着いた訳ではないのだ。

いつもの配膳の方に軽い挨拶をし、周りを見渡し空いている席に座る。私の左側にユティがくっつき気味に座り、それを見て職務上のフォーメーションを考え、右側にサラが座る。これもいつもの席順だ。


「さて、頂きましょう。いただきます」

「いただきまぁす!」

「…いただきます。」


私が朝いつも食べているメニューは、シンプルなシチューセットだ。具だくさんのシチューに、厚切りに焼かれたベーコン、柔らかいのと硬いのと選べる内の硬い方のパン。


まず最初に熱々のシチューを木のスプーンで掬い口にふくみ喉の奥に流し込む。朝一でまだ完全に起きていないであろう胃袋に熱々のシチューを流し込むこの瞬間は、私の中での幸せランキングで結構上位に食い込んでいる。カリカリに焼かれた厚切りベーコンをかじり、口の中にもう一味が欲しくなった頃合いを見て、硬めのパンをシチューに浸して柔らかくした状態で、口の中のベーコンと合流させる。

やっぱりこのベーコンと染みパンの組み合わせは最高だなぁ、と変わらぬ味に舌鼓をうちながら、ユティの世間話に耳を傾けていると、空席だった対面の席に二人の女性が配膳プレートを持って着席する。


「よぉ。やっぱりここにいたか」


そこに座ったのは、見慣れた人物であり、この場にはめったに来ない人物だった。


真正面に座る一人は、私の上司であり、この組織の実質的トップでもある、聖教会騎士団団長、兼、1番隊隊長【カーミル・オールリトル・ルーゼルバッハ】


強い意思が宿るブルーサファイアの様な大きな瞳に、黄金の髪を後頭部に全て纏め、広がっているおでこを隠すように柄付きの布を巻いている。後ろで縛られた髪の毛は3本の三つ編みにして垂らしており、この三つ編みはローリエさんにやられているらしい。ちなみに、この三つ編みの本数は日によって――ローリエさんの気分によって――変わる。

身長は私より少し低いくらいで、胸は私より大きい。細めの身体だが、強靭な筋肉を持っており、その腹筋は男顔負けなくらいにバッキバキに割れている。


姉御肌の頼れるお姉さんみたいな人で、歴代の団長達の様に、威厳があり近づきにくい雰囲気は無く、気さくで誰にでも喋りかけてくれる優しい人。と言えば聞こえはいいが、要は自由人だ。「誰だこんな規律作ったのは!」というのが口癖で、団長としての仕事をちゃんとこなしながらも、隙を見てはサボろうする人。


そして、私と妹の命の恩人であり、騎士団に入る切っ掛けを作ってくれた人であり、私の師となり親となってくれた人。小さい頃は、ルルさんって呼んでた。名前にルが多いなぁと子供ながらに思ったから。


そんな団長のお目付け役であり、相棒であり、友であるのが、隣に座る、1番隊副隊長【ローリエ・ローゼン】


細く垂れた妖艶な薄い黒目に、同性でもドキっとするような微笑みをいつも湛えている。漆黒の様な黒い髪は、前髪を真ん中より少し左側で分けて両耳にかけており、後ろ髪は一つに束ねて左肩から垂らしている。胸は控えめだけど、足がすごく綺麗で、浴場で会う時はいつもチラチラ見てしまう。


団長とは単なる幼馴染というだけではなく生まれた時から一緒にいる仲らしい。二人は元々貴族家の出身らしく、団長のルーゼルバッハ家は公爵家で、そこに代々仕えてきたのがローゼンの家らしく、団長の隣にはいつもローリエさんが居たので、団長に世話してもらっていた時から一緒にお世話になっている。

団長の事をルルさんと呼んでいた事から、ローリエさんの事はロロさんと呼んでいた。ロが2つ入ってるから。


「ル…団長! 団長が食堂に来るなんて珍しいですね」

「あぁ、久しぶりにこっちで食うのも気分転換になっていいかと思ってな。ついでにお前に伝える話しもあったし」


団長の登場に、食堂全体がザワついている事に今更気づく。横の二人もリラックス状態だった身体を強張らせる。私に最初に会った時でもここまで緊張してなかったのに、団長相手にはガチガチになるらしい。カリスマ性の違いだろうか…。


「…何か出ましたか?」

「あぁ…。予測では、災害級らしい」

「…ハァ。またですか…」


その言葉を聞き、左右の緊張した二人の表情が更に強張る。


「嫌になるよなぁ。それより下なら部下に任せっきりにできるのによぉ」

「ン"ン"!」


そんなセリフを呟いた団長に、少々問題になりかねない、と咎める様な鋭い咳が団長の隣から飛んでくる。


「っ!いやいや!災害級以下もあぶねぇのは分かってるぞ!?だが部下に経験積ませなきゃ育たんだろう!?」

「だ~んちょう? いつも言ってますよねぇ?言葉のチョイスの問題です。もう少し謹んでお話くださぁい?」

「ぉ…おぅ」


今まで、机に肘をついて意気揚々と喋っていたこの組織の現トップが、一人の女性の言葉によって、子猫の様に背を丸める様は、昔の団長しか知らない人物が見たら目を見開き絶句するかもしれない。


(ずいぶんと丸くなられたなぁ…)


昔の団長は業火の様な人だった。今よりも魔物の数が多く、熾烈な戦いを余儀なくされていた時期に副団長をやっていた団長は、鬼の様に強く、獅子の様に獲物を狩りまくり、当時の団長よりも強かったらしい。それが近年、めっきり魔物の数が減り、やっと平和が訪れたと思われた矢先、また強い魔物が現れ始めたのだ。


― 災害級


その名の通り、地震や竜巻なんかと同じ災害の様な強さを持つ魔物。通り過ぎるのを待つしか方法がない本当の災害よりも、居座る可能性がある魔物の方が質が悪い事この上ない。


「つーわけで、そっちの隊に任せていいかい?」

「まだうちの隊の子達は、災害級との経験が少ないですからねぇ。…不安ではありますが…、はぁ。仕方ありません。引き受けましょう」

「いやー、助かるよ!他の隊も出払ってるし、あたしも最近、王都を離れられなくってねぇ。今回の奴はおまえ一人居れば安心だろうし。あぁ、あたしの部屋には来なくていいからね。準備が整ったら前門に行ってくれ。行き先とかは御者に伝えてある」

「…まるで了承する事が分かってたみたいですね」

「いやー!あっはっは!お前の事、信頼してるからね!」

「はぁ…。そうだろうとは思っていました。了解しました。それで今回も詳細な情報は無い訳ですね」

「ああ。…村が一つ壊滅したらしくてな。情報を持ってる奴は生きちゃいねぇ」

「……そうですか」


思わず暗く酷い顔をしてしまったのだろう。隣のユティが、机の下で私の裾をキュっと握る。また後輩に慰められてしまったな…。空いている方の手で金色のさらさら髪を撫でる。


「まぁ、被害状況からそこまで強ぇ奴ではないだろうって事だがな」

「わかりました。すぐに準備に入ります」

「あぁ、頼む。…心配はしてねぇが、気をつけろよ?」

「最近、また強い子達が出始めてますからねぇ~」

「…心得てます」


それから団長達と他愛のない会話をしながら食事を続け、先に団長達が席を立つ。後からきたのにもう食べ終わった様だ。執務が山積みな場合が多い関係上、早食いのクセがついたそうだ。私とユティももうほぼ食べ終わっているのだが、少食で喉の細いサラが食べ終わるのを待ちながら、災害級討伐時に必要な装備について話し合う。


食堂を出ると、さっそく各自自室に戻り準備を開始する。

私も一度部屋に戻り、騎士団が支給している防具の中では最上位に入る程の硬度を持つ鎧が、全身の各箇所に付いている防具に着替え、愛用の盾を背中に装着する。予めいつも準備している任務用のポーチを腰に付け、手提げ袋を背負い準備完了だ。


郊外に行くとなると、ポーションや道中のご飯、装備品のメンテナンス道具など、さまざまな物を揃える必要がある。それを準備するのは部下達の仕事だ。私が自室に戻って前門に向かう中、ユティは隊の他の騎士に連絡に走り、道中のご飯や必要な備品の準備を整える。サラは、隊にもう二人いる魔法士に連絡をとり、ポーションや薬草などの準備を整える。今回は、いつもの郊外用の準備に加えて、災害級に備える為に準備に少し時間が掛かるかもしれない。


基本的にその隊のトップはほとんど準備をしない。装備や備品について最初に相談、指示をして部下に準備を任せ、出発前に最後の確認をする。それが隊長の仕事らしい。私としては一緒に準備に加わってもいいのだが、これも下を育てる為の規律らしい。


私が前門に着いて、待機していた騎士団専属の御者に、行き先などについて詳しく聞いていると、続々と隊のみんなが集まってくる。


ユティ他、みんなの格好も普段の制服とは違い、騎士然とした様相だ。警備兵や儀仗兵の様に全身隙間もないような甲冑姿という人は、私の隊には居ない。魔物討伐を主目的に置いているため、私と同じように各々が動きやすい程度に鎧が付いた防具を着ており、私と同じく、頭には防具を付けていない。頭に甲冑などを装備していると視界が悪くなるし、首の動きも制限されるので、魔物討伐においては付けている方が危険なのだ。その中でもユティはスピード重視の戦闘スタイルなので、他の子よりも身軽な格好だ。


基本、遠距離の魔法士は、そこまでガチガチには鎧を付けない。軽めのプレートで胸や手足を守る程度のものだ。サラもトンガリ帽子はそのままだが、いつものブカブカのローブではなく、他の子と同じようなプレートの付いたズボンスタイルに、前の開いたタイプのローブを着ている。


いつもの準備時間とあまり変わらない集合に関心しながらも気を引き締めて、いつもの最終確認を開始する。何の情報もない状態で先に魔物を予想しておくのは、不足の事態になりかねないので忌避すべき事ではあるのだが、ある程度当たりを付けておかねば対処も何も出来ない。私や、団長の隊ならば前情報も作戦会議も無しで対応できるかもしれないが、この子達にはまだ難しいと思われる。


私の隊は、ユティ含む騎士5人に、サラ含む魔法士3人の計9人。平均年齢18才程とまだみな若い。この世界の、魔物と戦える者全体に言える事だが、女性が多く、強い男性はあまり居ないのが常識である。私の隊も男の子が二人居るだけで、他は全員女という構成だ。騎士団に入隊する男性の殆どがハーレム目的で志願すると聞いたことがあるが、女の方が強いこのご時世ではあまりハーレムというのは楽しめないのではないかと思う。現に、私の隊の男の子二人も、肩身の狭い思いをしているようだし。


出て来るであろう魔物の予想に、目的地や損害状況などの知識共有。フォーメーションの確認。それが終わると、忘れ物が無いか、装備に不備がないかの確認にしっかりと時間を使い、出発の時刻になる。


御者の引く馬車内に荷物を持った女の子達が乗っていき、男の子二人は、自分の荷物を馬車内の女の子に預けて、馬車に繋がっていない馬2頭にそれぞれ跨る。馬車での移動時は大抵、騎乗した索敵班が必要なのだが、男の子二人は率先してそれを引き受ける。女子トークで盛り上がる馬車内に入りたくないから、とかだろうか。


聖教会の敷地を出て、賑やかな町並みを横手に進みながら、華やかで可愛らしいトークに盛り上がる女の子達を微笑ましく眺める。時々、そういう話題を振られるが、ワタワタとしながら無難に答えることしかできない自分に悲しくなる。3才くらいしか違わないのに、どうしてこうも違うのだろう、と女として情けなくなりながらも、出る時には特に何もする必要のない城壁の検問所を通り抜け、街道沿いを走る。


左右に草原が広がり、その奥には鬱蒼とした森と高い山々がそびえ立っている景色を後ろに眺めながら、ガタゴトと揺れる車内で部下の恋事情に耳を傾ける事、数時間。目的地の被害のあった村までもう少しという距離で、外にいる男の子の声が響き、馬車がゆっくりと停車する。


「隊長ー!」

「っ!どうしたの!」

「向こうの大森林の木影で何か大きいモノが動いたのが見えました!」

「! …大きさはどのくらいだった?」

「……あの大森林の樹木の太さを考えても…、隊長より同程度かそれ以上…かと…」

「…そう」


私の身長は170とちょっと。170を越えてからは、正確な身長は測っていない。戦闘においては有利かもしれないが、女としてはこれ以上伸びて欲しくはない。この男の子が数字ではなく、私を比較対象にしたのは、私がデカ女だからではなく、敵の大きさを報告する時は身近なモノで例えるようにと教えているためだ。数字を聞いても1mがどのくらい、という感覚は人それぞれバラバラだ。何もない場所で正確に1mを図れる人はあまりいない。だから、いつも見ているモノを比較対象にする事で、皆正確に同じ感覚を共有できるように指示したのだ。


「私と同程度という事は、今回の討伐目的である災害級魔物である可能性が高いわね。たぶん…【ワイルドボア】かしら?」

「はい…自分も、影の形を見て、そう感じました…」


馬車内で先程まで、私と団長どちら派か、という討論を、当事者である私の前で堂々と繰り広げていた女の子達は、途端に静まり返り、誰かが飲んだ生唾の音が聞こえる。


「お、お姉様…」

「大丈夫よユティ。…ふむ。よし。ここから二手に別れ【ワイルドボア】と思しき魔物の追跡を開始する。出発前に話し合った通り、あなた達3人は馬車の護衛、私達は大森林に侵入する。けど【ワイルドボア】では無い可能性も十分考えられるわ。皆、気を抜かず、柔軟に対応できるように心がけておくように!」

「「「 ハイ! 」」」


全員で魔物の追跡をしてしまうと、御者や馬が襲われた場合、街道にはあまり魔物は出ないとはいえ、相当な距離を徒歩で帰らなくてはいけなくなる。その為、索敵をしていた男の子1人、魔法士の女の子1人、魔法士の子と仲の良い騎士の女の子1人、に馬車の護衛を任せ、残り私含め騎士4人、魔法士2人で、推定【ワイルドボア】を追跡する。


装備を確認し、必要と思われる備品や回復薬などを自分のポーチや背負袋に入れていく。草原と大森林内という事で、一応その想定をしておき準備していた迷彩柄の全身マントを一番上から被り、銀色に光る鎧などを隠す。


馬車護衛班に見送られながら、先を進む子達を見守る様に最後尾から周囲へと目を光らせる。馬車のある街道から横に外れ、大森林に向けて草原を進みながら、当たりを見渡し警戒を高める。


大森林に近づくにつれ隊の中で一番鼻が聞く騎士の男の子が、濃い獣の匂いを嗅ぎつけ、全体の緊張感が高まっていく。


魔物は二種類に分かれており、動物型かそれ以外の不定形かだ。


動物型は、既存の動物に似通った姿で現れ、強くなればなるほど攻撃性のスキルやバフを覚え、体格が大きくなっていく。大きくなるにつれ姿も禍々しくなっていくが、基本となる動物の姿からは然程かけ離れないのも特徴なので、小さいままだとただの動物と見間違える程。というか、動物と動物型の魔物を見分ける明確な方法は無いのが現状だ。ただ通常の動物より攻撃性が高くなり、強く進化する可能性を秘めているというだけで、普通の動物が徐々に魔物になったりといった現象は、今のところ確認されていない。


動物以外の不定形の魔物というのは、現存する生き物とはかけ離れたものであったり、生き物ですら無いもの。どろどろの水分の塊であったり、毒キノコに人面が浮き出た様なものであったり、切株に目が浮き出て根っこを手足の様に動かすものであったり、などなど。不定形の魔物の性質として、強くなるにつれ、攻撃性のスキルやバフを覚えるのは動物型と同じだが、大きさによって強さを判別出来ないというものがある。弱く、体当たりしか出来ないものでも大きく禍々しくなるのが不定形の魔物の特徴だ。それ故に、大きくても大したことがないと油断して挑んでしまい、命を落とす確立は動物型より多い。


魔物と相対する者は最大の警戒を行っているはずなのに何故不定形というだけで油断してしまうのかという疑問があるかもしれないが、その理由としてあるのが、不定形の魔物は頭が良いというのがある。

動物型の魔物も多少思考能力が高まるのだが、その戦闘スタイルはやはり野生動物に近く、直接的であったり自信家であったり、出し惜しみせず最初から全力で闘う。だが、不定形の魔物の特徴としてあるのがそのずる賢さ。最初は自分が勝てるかどうか確かめるように相手を見ながら戦い、勝てそうだったり油断したりした瞬間に、持ち得る一番強い技、スキルを使用するのだ。その為、多くの人が「こいつデカイだけで強くないんじゃね?」と油断するといった事態が多発し、動物型よりも多くの死亡事故が起きている。

ちなみに、何処からともなく現れる魔物達だが、その出処は今現在も不明となっている。


「…これより大森林に侵入するわよ。みんな、準備して」


「「「 《アイアンボディ》! 」」」

「「 《マジックガード》 」」


大森林内部は、見通しが悪く、急な遭遇戦になることが多い為、発見する前から防御スキルを発動するように呼びかける。

《アイアンボディ》は剣士系防御スキル。一定時間、自分の身体を鉄の様に硬質化させる。使う剣士のレベルによって効果時間や硬さが異なる。

《マジックガード》は受ける物理ダメージを魔力で肩代わりする魔法士系防御スキル。実際に受ける物理ダメージよりも多少多めに魔力を消費してしまうが、後衛組はそもそもダメージを受けることが少ない為、保険として十分に使えるスキルだ。

この2つの防御スキルは騎士団、あるいは魔法師団に入団するにあたって、最低ラインとしての判断材料となっており、このスキルが使えるだけで、死亡確立が格段に下がる。


ちなみに私は、数分しか続かない部下達と違い、長時間の発動が可能な為、馬車から降りた時に既に《アイアンボディ》を掛けていた。草原での緊急時に、盾になるためだ。


「よし。行くよ」


私の少し低くなった声に、緊張気味に頷く部下達を引き連れ、大森林に踏み入る。


普段の討伐任務では、部下達に経験を積ませるために極力私個人は前には出ず、最終尾を付いていく形になるが、此度の討伐対象は災害級だ。私が先頭に立ち、鼻を摘みたくなるような獣臭い匂いと、土を抉ったような足跡を辿りながら、後ろの部下にも注意し進む。私の後ろにユティが立ち、サラと魔法士の女の子が真ん中、その後ろに騎士の女の子、最後尾に騎士の男の子、といった配列だ。


ゆっくりと慎重に進んでいく途中、隊列に突っ込んでくるウサギやスライムの魔物を危なげなく処理しながら足跡を追っていると、樹木に群生するキノコを貪るように食べている黒い塊を投目に発見し、静かに背負っていた盾を左手に装着する。


「やっぱり。【ワイルドボア】だったわね」

「ひっ!…お、お姉様…?あいつ、大きすぎないですか…?」

「…いや、動物型の災害級にしては小さい方だと思う。普通はもっと大きいはず。」

「そうね。サラの言う通り、あの個体はまだ成長段階なのでしょうね。早めに発見出来てよかったわ」

「あれで小さい方なんだ…。そう言われると小さいかも…?」

「ユティ、いい加減すぎ。」

「だ、だって!動物型の災害級は経験少ないんだもん!しょうがないじゃん!」


【ワイルドボア】の全身が見える少し離れた位置で、草木に紛れる様に様子を伺いながら、小声で情報交換をする。


「動物型であの大きさなら、あなたに任せても行けそうね?副隊長」


そう言いながら期待した眼差しをユティに向ける。少し困惑し、他の隊員を見渡し、少し時間を置いて、緊張しながらも闘志に燃えるような良い眼で了解の合図を返してくる。


「大丈夫。何かあっても対応出来るようにしておくから。あなた達なら行けるわ!」


「「「 はい! 」」」


気持ちの篭った小さな囁き声の後、手早く作戦を相談し始める。互いに頷きあい、念には念を、と防御魔法を掛け直し終わると、最初にサラが静かに立ち上がり、魔法スキルを唱える。


「《フレイムショット》」


いつも小さく、力の無いサラの声は、魔力を帯びて心地よい音色となって私の耳に届く。サラの少し前方、炎の矢の様な物が空中に生み出され、次の瞬間、一直線に対象に飛んでいく。狩人が使う弓矢よりも少しゆっくり目な速度で飛んでいく炎の矢だが、キノコに夢中の【ワイルドボア】はまだ気づいていない。


サラの《フレイムショット》が、【ワイルドボア】の右尻に突き刺さった瞬間、込められていた炎の魔法が炸裂し、下半身とその周囲を高威力の炎が舐め回し、幻のように炎は一瞬で消えていく。


「ブゥオォォォォオオオォオッッッ!!!」


【ワイルドボア】の絶叫が木霊し、こちらまで熱気がきそうな炎で焼かれた下半身から、鎧の様に纏っていた硬い泥がボロボロと剥がれ落ちる。


攻撃したであろう対象を探そうとするが、自慢の鼻は、周囲の焼き焦げた草木の匂いでまだ効かないらしく、その場でクルクルと回っている。


サラが《フレイムショット》を放った瞬間からこの場を離れ、大きく迂回するように近づく騎士組の3人に、【ワイルドボア】がやっと気づき、右から一人で接近していたユティに狙いを定めて、自慢の筋肉を持ってしての、当たれば骨が砕け、一瞬で戦闘不能になりかねない威力の体当たりを行おうとした瞬間、サラが次の魔法を放つ。


「《チェインボルト》」


サラの持つ杖の先端に発生した、麻痺効果を持つ雷の本流が、龍の如く波打ち、ユティをロックオンしている【ワイルドボア】の右尻に、一直線に突き刺さる。


「ヴィギャオオッッ!!!」


本来であれば泥の鎧に守られた【ワイルドボア】に《チェインボルト》は効果が低いのだが、先に撃っていた《フレイムショット》により下半身の泥の装甲を剥がす事に成功していたため、素肌が見えているお尻に打ち込んだのだ。


(うん。【ワイルドボア】についてちゃんと知識を入れてるわね)


災害級だけあって《チェインボルト》による麻痺効果は薄く、すぐにでも動き出しそうではあるが、それだけの時間があれば接近するのは容易い。右側のサラと左側の騎士2人は容易に接近に成功し、両側面に陣取る。


【ワイルドボア】の攻撃方法はその強靭な肉体を使っての即死級体当たりだ。逃げようとしても《スロー》の魔法を使ってきて、動きが遅くなった獲物に向かって突進する。つまり、突進される前方にいることが危険なのであって、接近して側面や後ろを取ってしまえば比較的安全なのだ。まぁ、接近するまでが至難の業なのだが。


左側から接近した騎士の女の子は【ワイルドボア】の泥の鎧が剥がれた右尻に、渾身の力でスキルを発動し放つ。


「《スラッシュ》!!」


人が本来持っている魔力と、体力、精神力などを同時に削り、一般人には不可能な威力の剣撃として放つ、剣士系基本攻撃スキル。燃費が悪いので乱発は出来ないが高威力で、凡庸性も高い。使い手によって威力が変わるのは全てのスキルに言える事だが、2番隊に所属する彼女が放つ《スラッシュ》は、特に高く、多少残っている泥の塊など何の障害にもならないとばかりに【ワイルドボア】の泥なしでも硬い皮膚を切り裂かんと走る。


「フッッ!!」


同じく左側から接近した騎士の男の子は、小盾を構えながらも【ワイルドボア】の右上半身から勇気を振り絞って素早く身を乗り出し、短剣による素早い撫で斬りで、その小さくつぶらな瞳を斬りつける事に成功する。



反対側の右側から接近に成功したユティは、左側面をキープしながら自慢の騎士スキルを発動する。


「《ブレイブ》…《神光剣》!」


身体強化のスキル《ブレイブ》を使いながら、続いて発動したスキルにより眩い光がユティの持つ剣から発せられ、形のないはずの光が剣に纏わりつくように動き出す。光量は多少落ち着いたが、まだ光り輝く剣を自信有りげな顔で振りかぶり【ワイルドボア】の左側面全体に向けて攻撃を開始する。その剣筋は早すぎて、私以外にはハッキリとは見えないだろう。

光の本流が、暴れまわる様に【ワイルドボア】に殺到する。泥の鎧の僅かな隙間に滑り込ませるように差し込み抉るように斬りつけ、次の瞬間には左後ろ足を撫で斬りにしている。



― 《神光剣》


それは、世界でも数えるほどしか使い手が確認されていない剣士系スキルの到達点。


スキルを発動すると、自身の剣から眩しいくらいの光が発生し、光量が落ち着いてくると意思を持っているかのごとく波打ち、剣全体を包み込む。

このスキルの効果はいくつかあるが、一番有名であり、このスキルの代名詞となっているのが、"剣速の上昇"だ。

使い手によって剣速は変わりはするものの、神速の斬撃により本来ならば剣自身の残像が残っているはずが、光の本流に押し流され、対面した者の視界は一面を黄金色に塗りつぶされているだろう。

そして、剣速の上昇という効果に付随する効果として、"視覚強化"があり、速すぎる自身の剣速も捉える事ができ、敵の動きも把握しやすくなる。

その他の効果としては、本来の剣より纏っている光の大きさだけ剣先が長く、分厚くなったり。纏っている光の強さだけ剣の耐久性が上がったり、だ。


ちなみに《神光剣》以外に、《神聖剣》というスキルがあり、この2つが剣を扱う者がたどり着く分岐点だと言われており、生まれ持った魔力が一定以上高いと《神聖剣》が使えるようになり、それ以外の剣士が《神光剣》を使えるようになる。

こういう言い方をすると《神聖剣》の方が特別で強そうに感じるが、そういう訳でもない。分かりやすくいえば純粋な剣士か、魔法剣士か、という事だ。

《神聖剣》とは、剣に炎・雷・氷、のいずれかの属性を付与し、纏わせる事が出来るスキルだ。確かに火力という面ではこちらの方が高い場合があるのだが、サラが使った魔法の様に遠距離に飛ばせるわけでも、《神光剣》の様に剣速が早くなるわけでもない。己の技量の剣技に、属性が付与されるだけ。なので、対面勝負という事でいえば断然《神光剣》の方が使いやすいと思う。


ちなみに私が使うのは《神聖剣》





「ブゥモオオォォォッ!!」


接近状態を振り解こうとグルグルと周り自慢の牙を振り回すが、3人の巧みな足さばきによりどうする事もできないまま、両側面からメッタ斬りにされる。

このままでは嬲り殺される、と命の危機を感じた時、やっと自分が使えるスキルを思い出したのか、【ワイルドボア】は一番顔側にいる、右目を潰した男騎士に向かって自慢のスキルを放つ。


《スロー》


騎士の男の子は、【ワイルドボア】が何かスキルを発動しようとしている事に気づき、その範囲から避けようとするが、ギリギリの所で捕まってしまう。

巧みに動いていた身体は止まったも同然のように鈍り、一瞬で【ワイルドボア】の真正面に立たされ、男の子の顔が一瞬で絶望に塗りつぶされる。

いくら《アイアンボディ》を発動しているといっても、このまま突進を許せば、アバラは折れ、内蔵は全て破裂するだろう。運良く避けられても《スロー》状態では半身程度避けるのが関の山で、鋭く尖った牙に突き刺されば、そのまま串刺し状態で死ぬまで振り回される結果しか待っていない。



(( 不味い! ))


【ワイルドボア】の両側面に張り付いていた二人の女の子が、焦りの顔を浮かべたその時。勝ち誇り、一匹仕留めたとでも言わんばかりの【ワイルドボア】が地面を強く蹴り上げて突進する瞬間。私は【ワイルドボア】を睨みつけながらも口角を上げる。


(私の隊を、舐めるなよ)


私の横で油断なく観察していたもう一人の魔法士の女の子が予測していたかの様に素早く立ち上がり、立つ前からすでに発動していた魔法を唱える。


「《ディスペル》っ!」


かけられた状態異常系のスキルの効果を打ち消す魔法により、男の子にかかっていた《スロー》の効果はなくなり、一瞬で身体に通常通りの感覚が戻ってくる。

それをすぐに理解した男の子は、懐に飛び込んでくる"死"に対して、素早く判断する。

右目を負傷した【ワイルドボア】から死角になる様に、正面から左へ飛び、同時に、持っている剣を牙に叩きつける事で、飛び退く身体をより加速させつつ、【ワイルドボア】の重心を多少なりとも反対側へ流す、という、素晴らしい対応を取ってみせたのだ。


「ブフォオッ!」


全体重を乗せたタックルと、下から上に突き上げた牙が空をけり、巻き上がった、突風の様な風切り音だけが虚しく響く。

絶対に殺れる、と思い突っ込んだのに、目の前にいた《スロー》がかかっていたはずの獲物は、一瞬で視界から消えた。目標を失った【ワイルドボア】はそのまま取り敢えず少し先まで突進し、振り返る。

女騎士二人が仲間の窮地に焦ったお陰で、密着接近からは脱出する事に成功した様だ。目の前には仲間の無事に安堵する女騎士二人に、窮地を脱し生きた心地のしていない男騎士。"今なら突っ込める"と、切り刻まれ血だらけになった身体に、どこに残ってるんだというような力を加えて、突進しようと構える。


だがこの時、【ワイルドボア】は気づかなかった。潰された右目によって見えないであろう右側の方角からゆっくりと己に飛んでくる、最初と同じ炎の矢に。



***



「ブゥオォォォォオオオォオッッ!!!!」


油断したつもりはないけど、一瞬だけ、安堵し仲間の騎士の男の子に視線を送っていた瞬間、最初と同じような鳴き声が聞こえ、急いで視線を前に向ける。そこには、広がった炎が一瞬で消え去り、下半身が赤く爛れ、お尻全体から血を吹き出している【ワイルドボア】が満身創痍に立っていた。


「サラ…!」


すぐに、自分が油断している所を助けられたと気づき、友人の顔を見るために振り向きたいが、そんな事をしてまた標的から目線を外すという行為は、この助けられた一回を無駄にする行動だ。今度は油断なく、【ワイルドボア】を注視する。すると、分が悪いと判断したのだろうか。【ワイルドボア】は少し角度を変えて私達の横をすり抜けるように走っていく。


「っ! 逃げられると思ってるの!?」


そこまで全力の速度が出ていないであろう【ワイルドボア】の血まみれのお尻に追いつこうと全力で走っていると、隣にお姉様が並び、私の肩を掴む。


「焦っちゃダメ。死に際が一番危険だから注意しなさいって教えたでしょ?」

「あっ…ごめんなさいぃ、お姉様…」

「よく見て、考えなさい。あのダメージ状況で逃げ出して、速度もそんなに出ていない。なら、魔法士の速度に合わせてゆっくりと慎重に接近すればいいの。焦る必要はないのよ」

「はぃ…」



***



(ユティは腕は確かなんだけど、戦闘に入るとちょっと急ぎすぎる癖がある。《神光剣》を使っての高速斬りが楽しいのだろうけど、もうちょっと落ち着いて相対してほしいわね。さっきの以外の動き、連携は概ね合格点ね。みんな素晴らしい動きだったわ。初手の魔法攻撃からのターゲット誘導、麻痺状態にして接近。…あの【ワイルドボア】の思考とたまたま噛み合ってた感は否めないし、《スロー》にかかっちゃったのは残念だけど、ちゃんと油断なく《ディスペル》を構えてたし。あの子の緊急回避は見事だったわね。後で褒めてあげなくちゃ……ん?


先程の戦闘を振り返りながら、生徒の採点をする教師の心持ちになっていた私は、偶然、追っている【ワイルドボア】のその先、木々の隙間から微かに見えた存在に驚愕した。


(…子供ッ!!???)


何故こんな所に子供が?という疑問すら何処かに消え去り、咄嗟に全力で地面を蹴り上げながら、身体強化スキルの《ブレイブ》に加え、その先の派生である強化版身体強化、別名、諸刃の剣スキル《ラッシュ》を発動する。

前を進む【ワイルドボア】の右側面が眺められる位置取りに移動するために、強化された足で追い越してしまわない様に軽く地面を蹴る。


「ちょ!お姉様!?」

「隊長…?」



ドォォオオオオオオオオオオオオンッ!!


「うきゃああああ!!??」


突然、急加速し始め、《ブレイブ》に続いて《ラッシュ》まで使った私に驚きの声が上がるが、焦った私には聞こえておらず、すぐとなりを走っていたユティに、強化した足によって掘り起こされた土煙を浴びせてしまった悲鳴も、地響きにより全く耳に届かなかった。


軽い一歩で先を走る【ワイルドボア】の右側面を狙える位置に来ると、今度は全力で地面を踏みしめ、先程以上の地響きを鳴らし、更に高くまで舞い上がる土煙を発生させながら、【ワイルドボア】の右側面に突進する。


ようやく【ワイルドボア】に気づいたのか、眼前まで迫っている状態からやっと逃げようと体を捻るが、転びそうになり倒れかけている、何やらピンク色の綿毛に包まれた子供を視界の端に捉えながら、全力で、剣士系基本スキル《スラッシュ》を発動する。


「とおおおどおおおおけええええええええええええええええ!!!!!」






ドザシュッ!! ―――――――― ドザザザザァァァアア!!!!!



いかに剣士系基本スキルといえど、聖教会騎士団副団長が使う基本スキルは、他の追随を許さぬほどの練度であり、その火力は恐ろしく高い。それに加えて能力強化の《ブレイブ》に超・能力強化の《ラッシュ》を使用しての基本スキル《スラッシュ》は、ギリギリ、【ワイルドボア】の首辺りに到着する。が、本当は、盾を使う等して左に押し込むだけで良かったはずなのだが、焦って渾身の力で繰り出した斬撃は、泥の鎧をバターの様に切り裂き、硬い皮膚を容易に突破し、どこからが頭で、どこからが胴体か分からない程に太く分厚い首を一刀両断し、そのまま地面に深く長い一筋の溝を作り上げた所でようやく《スラッシュ》の効果時間が終わった。


そして狙い通り、【ワイルドボア】の突進は、その勢いのままに子供にぶつかるは事無く、子供の左側に逸れる。…どころか、前へ進もうとする運動エネルギーを無視し、直角的に左側へとぶっ飛んでいき、それを追い越さんというスピードで、斬撃を放った張本人も追従していく。


かくして、【ワイルドボア】の頭、【ワイルドボア】の胴体、聖教会騎士団副団長様は、思い描いていた予定とは異なる結果となり、数十メートル先の森の奥へと消えていった…。



***



「おねえええさまああああああああ!!!!」


突然飛び出していき、目に見えない程のスピードで残像を残しながら【ワイルドボア】に突進して、そのままの勢いで左の森の奥に吹っ飛んでいった隊長と、頭部を切断されたらしい【ワイルドボア】、そして、その吹っ飛ぶ隊長を見て絶叫しながら追いかける友人。唖然として見送りながら、隊長が何を考え、何をしようとしたのかを探るべく、周囲を見渡す。


すると、それはあっけなく見つかった。


長い草花に隠された更に奥、そこには一際太い木々や根っこによって囲われた、数メートル四方の不自然な円形に近い空間が広がっており、上からは天使でも降臨するのではないかと思われるような神々しい日差しが降り注いでいる。降り注ぐ光を全身に浴びながら、柔らかそうなふかふかの草むらの絨毯に気持ちよさそうに横たわっているもの。それは…。



「………なにこの綿毛。」

書き貯め分です。長くなりました。


戻っては書き直し、戻っては修正しの繰り返しで、なかなか先に進みません。全ての物書きの方を改めて尊敬致しました。


ブクマ、感想、誤字・脱字報告などしていただけますと、喜びます。

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