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聖騎士と聖女  作者:
1/10

01 「目覚め」(聖女)

深い眠りから覚めかけ、まだ瞼を開ける力が入らない微睡みの中、緑色の香りが鼻先を擽る…


(この匂い…、庭の畑で嗅ぐあまり好きじゃない匂いだ…。そういえば母さんに、また雑草刈りを頼まれてたっけか…。いっそ、除草剤とか撒いた方が良いよなぁ…。)


心地よい気だるさの中、どうすれば雑草が楽に撤去出来るかについてぼんやりと夢見気分に考えていると、段々と、現実感が増していき、いつもの平常時の思考力が戻ってくる。


(…今、何時だ…)


明日が何もない日だと、いつも夜更かしを堪能して朝方に寝て、昼過ぎ、もしくは夕方近くに起きて、眠気眼で夕飯を頂く。これが至上の喜びであり休日の正しい過ごし方だと思っている。


たぶん昼過ぎくらいだろうなぁ、と感覚的に思いながらも、目を開けずとも分かる定位置に置いてあるスマホに手を伸ばす。


(…あれ)


スマホがない。いや、それは時々ある事だ。定位置に置く前に寝落ちする事は良くある。そういう時は大抵、身体の下敷きになっているか、ベッドから落ちているかだ。


落ちる事はそうそうないから下敷きだろう、と当たりを付けて、スマホを探そうと、硬いベッドの上でギシギシと音を立てながら身体をクネらせようとした、正に、その時。



――全細胞が泡立ち、警告が発せられた。


頭の中に馬鹿でかいアラームが鳴り響き、瞼すら持ち上げれなかった程の運動機能を制御していた脳は、一気に覚醒状態へと移行し、普段ではあり得ない速さで身体を持ち上げ、緊急回避を試みる。


「どぅっっわぁ!!!!!」


これまた普段ではあり得ない程の声量と、あり得ない程の高音の声を出しながら起き上がり、警告を発せさせた原因を捉えようと、完全覚醒し血走る瞳を必死に動かす。だが、思い描いていた仮想敵は見つけられず、代わりに原因となった存在を確認する。


(っ…! …はぁぁ…なんだ…葉っぱか…)


睡眠後の心地よい微睡みから緊急覚醒して叩き起こされた頭が、徐々に落ち着いていく。


そうです。身体を捻った時に腕に当たった草の感触を、家には必ずいると言っても過言では無いあいつらと勘違いして飛び起きたのです。手のひら大の軍曹なら兎も角、黒くて速い彼奴だった場合、シーツから何から取り替えても収まりきらないトラウマを植え付けられる所でした。危ない危ない。いやぁそれにしても、23にもなって草を虫と間違えて、女の子の様に叫びながらの起床とか。いやはや、お恥ずかしい限りで……。


ん?草?



「…は?」


その疑問を確かめる為、顔を上げて周りを見渡す。


「………」


呆然とした。理解できない。覚醒したはずの頭が、まだ夢を見ているんじゃないかと疑ってしまう。

広がる光景は見慣れた自室ではなく、広大な森だった。実家の裏山に生えている木が小枝に思えてしまう程の太く立派な樹木がこれでもかと乱立している。ぐるりと頭を1周回してみるが、森、森、森。遙か先まで木の乱立が続いていて、人の影や家の一部など見当たらない。


顎を持ち上げ頭上を見上げてみれば、雲まで届くのではと思える程、天高くまで聳える木々に、遥か高みから見下ろされ、天を覆う程の枝葉の隙間からは、細く眩しい木漏れ日が降り注いでいる。


まだ状況が把握できない頭を奮い立たせ、周囲からくる見えざる圧迫感に追いやられる様に、必死に考える。


(なんだこれは…。どこだここは…。何故こんな場所に居る?何故こんな場所で寝ていた?考えろ。考えろ。…俺は自室で寝ていたはずだ。いつもの様にテレビを見ながら、恐竜狩りゲームを操作しながら、動画サイトで実況動画を再生しながら、スマホゲームをポチポチ押す。いつも通りの休日の過ごし方だった。…こんなファンタジー世界に出てくる様な森の中に来た覚えはない……)



――ここが本当に森の中だとしたら。


見えざる圧迫感の正体が、無防備な獲物を静かに狙う肉食動物が、草木の影に潜んでいる可能性だと気づき、静かに、慎重に辺りを見渡しながら、必死に考える。


(…だが、考えられる可能性はいくつか浮かんできた。まず一つ目は、これが夢である事だが、それは無いだろう。これは現実だ。こんなリアルな夢は見たことが無いし、万が一、夢であってもこの思考も焦りもただの笑い話で終わる事だから何の問題もない。二つ目、ドッキリや家族の暴挙により、何処にあるかは知らないが、樹海と呼べるようなこの場所に放置された。…これも流石に無いだろう、と言いたいが、可能性として無くはない…か。俺がいつまでも定職に就かず、バイトを転々としている事に業を煮やし、このような暴挙に出た。あるいはテレビ番組の企画に応募し、番組スタッフの手を借りてここまで運び…、いや…、そんな事を考える様な思考回路を母さん達は持っていないはず。やるとすれば無口な父さんを焚き付けて、家から出そうと急かす程度だろうし…。三つ目、これも可能性として低いが、昨日来ていた台風によって家諸共吹き飛ばされて、俺が知らないだけで割りと近所にあったこの場所に奇跡的に着地した…。とか……、どんな奇跡だよ…)


理解出来ず混乱中だった状況を、必死に頭をフル回転させ考える。数十秒の間に色々な考えが浮かぶが全てを却下していたその時、ふと、何の気なしに三つ目の仮説を立証する為に身体に痛みや怪我はないかと、まず手のひらを見ようと手を持ち上げ目線を少し下げると、見慣れない物が目に映る。手に少しだけピンク色の毛の様なものが絡まっていたのだ。


また虫かなにかかと思って一瞬ビクッっとするが、ただのピンク色の髪だと分かり落ち着く。だが何故そんなモノが? 何やらその髪は頭の上に続いている。カツラか何かかと思い前髪を手ぐしをするように掴み目の前に来るように引っ張る。が、取れない。そして、目の前に来た自分の手を見てまた困惑する。


まるで幼い少女の様な手をしていたのだ。


「…はぇ?」


自分の髪がピンク色になっている、自分の手が小さくなっている、という事実に対して、言葉にならない声が出た瞬間、一陣の風が吹き抜けた。心地よい木漏れ日の中、暖かで身体を優しく包み込むような風が、後ろから背中やお尻、全身の肌を撫でていく。


ぶわっっと、先程のピンク色の髪の毛と思われるモノが、後ろから前へと孔雀の様に広がり、ふわふわで柔らかそうなロングヘアが風に導かれ前へと集まる。それに引っ張られるように体制が崩れそうになりながら、俺の頭は、またもや発覚した新事実を確かめる為に恐る恐る、初めて自らの身体を見下ろす。



――見下ろした先にあるものは、見慣れた寝間着を来た自らの身体、では無かった。


男としては濃い方だった体毛は産毛すら一切見当たらず、男として特別何もケアしていなかったはずの肌にはシミひとつ無く、腕からなにから全てが瑞々しく、白く輝いているようだった。


首を隔てて、両肩から流れ落ちるピンク色のゆるふわカールのロングヘアが、そこにあるであろう、この肌の質感であればさぞかし綺麗であろう双玉を外の世界から隠している。しかし、ピンク色の縁取りがされ、白く輝く道の様に伸びるその先、柔らかそうだがしっかりと引き締まった子供の様なお腹、思わず人差し指を刺し入れたくなるような可愛らしいおヘソの先に、それはあった。いや、無かった。


「…………はぇ?」


先程とまったく同じ声が、しかし、まったく違う感情を持ってして口から溢れだし、今までの困惑や恐怖など吹き飛び、なぜ裸なのか? などという疑問すらもどうでもよくなってしまった。


(……ない…え?…無い……は?)


23年間連れ添った身体の一部の喪失。息子とは言わないまでも、愛着はそれなりにあった。自慰行為の時は当たり前だが、それ以外にも朝昼晩、尿意がする度に触れる場所。だからこそ、女性のソレよりも息子感というのが強いのかもしれない。


息子との離別。


完全な女性になるために性転換手術を受けたオカマタレントの顔が一瞬だけ浮かんで消える。


「…意味が……分からん…」


絞り出す様な、しかし幼い女の子特有の可愛くも震える声で、今の素直な感情を発してみたものの、何の解決にもならず、声に対する疑問すら考える余力は残っていなかった。


この角度ではしっかりとは見えないが、恥骨の部分がツルツルの肌のみになっており、少しばかりふっくらプニプニとしていそうな様相が伺える事から、十中八九、女性のソレであろう。白く輝く瑞々しい肌も、細く小さい手のひらも、幼い女の子特有のモノであろう。また、髪で隠れている双玉は、男のソレであろうと先程まで思っていたが、そこにも女性特有の膨らみがあるのであろう。いや、つるつるのソレらを見た後では、膨らみは無いのかもしれないが。


離別した息子が住んでいた、現在空き部屋となった場所を見下ろしながら、俺の頭は真っ白になっていた。


これが夢の中の出来事で、あのフワフワした感覚で身体が支配されていれば、俺は間違いなく、自らの身体の神秘を解き明かそうとしたであろう。イケメンモテモテ男や、女性に勘違いされる女顔男などの夢は極たまに見るが、完全なつるぺた少女になった夢など今までの人生で一度も見たことが無いのだから。


だが、この時の俺は恐怖に支配されていた。一部の紳士を除き、誰だってそうなるだろう。この夢か現実かよくわからない様な場所に、裸一つで睡眠中に投げ出され、スマホも、説明してくれるスタッフも、家族の置き手紙も無く、更には誰が得をするんだという、つるぺた少女への性転換。もはや俺の頭には性への欲求など存在せず、胸の膨らみを確かめようだとか、お尻を揉んでみようだとか、そんな考えは微塵も浮かんでこなかった。ましてや、これからどうすればいいのか、などと考える余裕など、あろう筈がなかった。







― ……!………ッ!!


呆然と何もせず、何も考えず、ただ立っていたのが功を奏したのか、はたまた時間の問題だったのか、ふわふわ髪の隙間から、微かに何かの音を先んじて拾い上げる。


怒声の様であり、大地を抉る様な音であり、死に際の叫び声の様であり…。

何事かと、己の身体を、焦点の合わない目で見下ろしていたのを中止し、ゆっくりと顔を上げて、音の発生源を探そうと首を捻っていたその刹那。激しい地響きを木霊させながら接近してくるソレが、視界の端に映り込む。


一瞬で眼前まで迫りくるであろうソレは、見慣れたものであり、見たことがないものだ。

実家の近くに山々がある関係上、ソレは時々見かけるし罠にかかっているのを見たこともある。だが、身体中の至る所から血を滴らせながら猛然と突っ込んでくるソレは、俺が知るソレとは全く異なる生き物であろう。


禍々しい程の存在感を放つ大きな牙に、その奥に見える小さくつぶらな瞳。冗談かと思うほど風船の様に膨れ上がった胴体に、毛の隙間に纏わせた硬く固まった泥の鎧。それを支える筋肉隆々だが小じんまりとした4本の足。俗に言う『イノシシ』と呼ばれる動物だ。


先に音を拾えた?それがどうした。とでも言わんばかりに、突っ込んでくるソレがただのイノシシであったなら、驚きはすれどそこまでの危機的状況ではないだろう。実家周辺での経験を活かし、見た瞬間にしっかりと対応出来ただろう。だがしかし、焦らざるを得ないだろう。


何故ならそのイノシシは、身長180いくかいかないかという俺が、見上げる程にデカかったのだ。



(死…ッ!)



これだけは、一瞬で理解できた。


今までの人生で何度かあった、死を感じた体験よりも、濃密で確実な死が眼前に迫りくる。


息が詰まり、悲鳴を上げる余裕すらない。もう間に合わないと思いながらもなんとか避けようと、必死に身体を捻り、右斜め後ろに向かって身を投げ出そうと、左足に力を入れ、右足を後ろに踏み出し大地を蹴り上げようとしたその瞬間、踏ん張った左足が何かを踏んでいたらしく、それにより身体がずっこける様に傾いてしまう。

スローモーションの様に感じる圧縮された時の流れの中で、転けてしまった原因について何故か冷静に考えている俺がいた。


(足を引っ掛けたのではなく、何かを踏んで…?この感覚はたしか前にもあったっけ。裾の長いカーディガンの様な上着を着ている時にそれを踏んでしまい、つんのめる様に転んだ時の感覚だ。いや、だが今は裸のはず、じゃあ何を踏んだんだ…?)


死を覚悟した者だけが体験出来る、常人では行えない、周りの一切の音を遮断し一瞬を引き伸ばす様な極限の集中により得られる高速思考の時間を、家族や親しい人を思うのではなく、大したことをしてこなかった人生を振り返るのでもなく、どうでもいい死因究明なんかに当てながら、足元を見下ろした。そこには…。




自らの髪であろうピンク色のゆるふわカールロングヘアを、結構な量踏みしめる左足があった。



(どんだけ長いねん…ッ!!!)


関西人でもないのに関西弁風のツッコミを入れながら、これが人生最後に思った言葉になるであろう裸のつるぺた少女は、急激に活動を停止しようとする意識と、一気に狭まり何も見えなくなっていく視界の中、何も考える事など出来ずに、その軽い身体を、ふかふかの草むらベッドに投げ出した。

初投稿です。初執筆です。


長くは続かないでしょうが、思い描いているプロットが無くなるまでは書いてみたいです。


ブクマ、感想、誤字・脱字報告などしていただけますと、嬉しいです。

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