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長編プロローグ

コピー・アンド・ペースト

作者: 神埼あやか

 この世界は、なんだか気持ち悪くて仕方がなかった。

 だから、医者に”死”を言われた時、オレは嬉しくってしかたがなかった。



「残念ですが、今の医学では手のつくしようがありません」



 長引く風邪の治療のために訪れた病院でそう言われた時、オレは心のなかでガッツポーズをした。

 そんなオレを尻目に、付き添いの母親は医者にくってかかっていた。


「ですが。うちの子はまだ若いんです。風邪くらいでそんな……」

「若いと言われますが、免疫機能が相当低下しているようです。それに、風邪ではなく肺炎のようですよ」


 肺炎と聞いた母は顔を青くすると、椅子を鳴らしてオレから距離をとった。母の背中がガラスにあたり、ガチャリと派手な音をたてた。


 母の態度を責めることはできない。肺炎は死病なのだから。

 なんでも、目に見えない”肺炎菌”というモノに体を冒されてなる病気だという。死亡率は百パーセント。かかったら死ぬしかない恐ろしい病気だ。


「それに……この方は独身でしょう。どうせ三十歳で安楽死処分になるんです。現在も恋人はいないようですし、その日が少し早まるだけですよ」


 医者が見ているカルテには、全ての情報が開示されているのだろう。生年月日も、精通日も、恋人の有無まで表示されている恐ろしいシロモノだ。

 この世界の人間は、五歳の誕生日に脳内にチップを埋め込まれ、以降の電気信号を全て保存される。その信号を分析することで、記憶と感情を見ることができるのだ。



 オレ達は、この世界に生きるオレ達は皆、チップに全てをさらけ出し、秘めた感情までも暴かれながら生きているのだ。


 なんと気持ちの悪い世界だろう!


 人の尊厳などどこにもない。自分が生きているということ。己が己であるという”記憶”も”思想”も”尊厳”も、全てがチップにより流出させられている。


 ならばオレとは何なのだろう。どこかに自分と同じ記憶と感情を持ったナニカが保存されているならば、このオレは何だというのだ。

 その”保存”されたモノから”複製”されたモノがいたとするなら、それは──オレなのか。オレではないのか。


 いや、そんなものはオレではない。手軽に複製できるような、そんな化け物がオレでなどあってほしくない。


 その可能性を考えるだけで気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い──オレはたった一人のオレでありたいのだ。



 ああ。オレはこんな狂った世界から逃げたいのだ。



 けれども自殺するほどの度胸はなかった。

 だから、わざと風邪をひいた。水風呂に入り、体を拭かず、お菓子ばかりを食べるという暴挙を繰り返した。

 健康的に引き締まっていた体は、脂肪と贅肉で覆われた。日に当たらない体は、不健康なまでに白くなった。階段を上がるだけで大量の汗が吹き出し、丸みをおびたアゴを伝い落ちていくほどになった。


 不健康だ。体に悪い、と言われる事を全て行い、今日この日を迎えたのだった。

 この年まで育ててくれた母親には悪い事をしたと思うが、それでも世界に対する嫌悪の方が強かった。


 百キロを越える巨体をゆらし、オレは母に頭を下げた。


「ごめんな、かあさん。こんなことになるなんて、本当にゴメン……」

「え、ええ……本当に……なぜ、こんなことに……」


 ハンカチで口を押さえ、母はオレから顔をそらしていた。

 肺炎が恐ろしいのだろう。肺炎は空気感染をするという。同じ部屋にいるだけで、感染のリスクはあるのだから。


「先生──よろしくお願いします」

「ああ。大丈夫、怖いことはないから。いつか君も、この世界の良さがわかる日がくるよ」


 にっこり笑って医者が言う。

 いつか──というがオレの人生はこれで終了だ。


 安心すると共に、医者の言葉に対する不安を感じざるをえなかった。

 医者は、いったい何をするつもりなのだろうか。


「それでは、付き添いの方はこちらに。ええと……少しの間、一人で待っていてもらえるかな」

「はい。かあさん……本当に、ゴメン」


 医者に促されて、母が無言で部屋を出ていった。医者本人も続いて部屋を後にして──



「それじゃぁ。また(・・)、ね」



 パタン、と扉が閉まる音が最後の記憶。

 まるでスイッチが切れるように、オレの意識は黒に塗りつぶされて──消えた。





 ── 保存中 ──




 >>OsーⅡ型に保存します


<<保存中>>

<<保存中>>


 >>OsーⅡーOS25BC43に保存しました




 ── ファイルを開く ──





「また、ダメでしたね……」


 頭に包帯を巻いた子供を抱えた母親は、困ったように眉を寄せていた。

 白衣を着た医者は、そんな母親を励ますように言葉を紡ぐ。


「前にもお伝えしましたが、息子さんの大脳電気信号型は”OsーⅡ型”です。芸術家に多いタイプで、こだわりが強く、他人に自分の生き方を左右されるのが嫌な性質をもちます。彼自身がのびのびと生きられる環境を整えてあげるのが一番ですよ」

「ええ。それは分かっているんですけど。でも、難しくて。

 一緒に入院した他の母親(ひと)はもう退院しているのに。私ばかり、こんな……苦労して……」


 母親は床を見ながら力なく呟いた。

 ふるふると震える母親を見ながら、医者は大きな液晶画面に目を向けた。


 そこに表示されているのは、脳に埋め込んだチップから送られてくる信号と、それを解析した結果だった。

 何年にもわたる臨床研究の末に、脳内の電気信号はいくつかのパターン分けができることが分かっている。そのパターンはかつての心理学をベースに区分分けされており、その人の未来を高確率で予測することができるのだ。


 全ての子供は五歳でチップを埋められ、電気信号型を解析される。その結果をもとに、どのように育児を行うかというシミュレーションが母親に示されるのだ。


 しかし、ここに問題がおこった。


 目の前の子供、”OsーⅡ型”の子育てが上手くいかないのだ。


 彼女の息子は、最初は中学生で自殺した。

 二回目は高校生で行方不明になった。

 三回目では三十歳になっても結婚せず、消極的な自殺を行った。

 四回目も独身のままかと思ったら、不健康な生活を繰り返し肺炎になって安楽死を望んだ。


 この子供は、どれだけシミュレーションを繰り返しても自殺してしまうのだ。その事実に、母親は困りきっていた。


 そんな親子を見ながらも、医者の顔は笑みを浮かべていた。医者にとって”OsーⅡ型”はレアケースだった。数百人に一人。いや、数千人に一人の珍しい型だ。

 そのデータをとれるのだから、育児の悩みなど些細なことだった。


「次はどうやって育てましょうか。先程も途中まではうまくいっていたのですから、やはり中学からの過ごし方に問題があるのではないでしょうか。

 中学校の入学式からやり直してみませんか」


 中学校の入学式で保存していたシミュレーションデータを前に、医者はそう提案した。



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