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プロローグ

 その朝、花壇のチューリップが一斉に花を開いていた。


「岩室先生、郵便が来てますよ」


 開け放した保健室の扉を軽くノックして、事務の女性が入って来る。


「どうもありがとうございます」

「あら…… 窓も全開で…… まだ寒くないですか?」


 底冷えしますよ、と事務の女性は言う。


「全然。気持ちいいくらいですよ」


 岩室は落ちてくる前髪をうるさそうに耳に掛けながら、幾つかの郵便物を受け取る。

 医療品のダイレクトメール、学会の通知、時々買っている通販のカタログ… 今日は少し多いな。

 下を向くと落ちてきそうな眼鏡を直しながら、彼女は思う。

 と、その中から薄い一枚がひらり、と落ちた。

 何だろう、と彼女は床に落ちたそれを拾い上げる。味も素っ気も無い茶封筒。差出人の名前は無い。


 誰だろう? 


 開けると、そこからは手紙が三枚、入っていた。

 一枚目には太めの罫線をはみ出す程の、大きくて、濃くて、角張って…下手な字。

 彼女は、その字に見覚えがあった。


 お久しぶりです。

 あの時は、ありがとうございました。

 俺達は、何とか生きてます。

 できれば、花壇の世話を時々お願いします。

 それでは、お体をお大事に。


 あああいつだ、と彼女は顔をほころばせる。それだけかい、お前。

 どうやら何度も何度も書き直したらしい。消した跡があちこちにある。あいつらしいな、と彼女は思う。

 繰り返し繰り返し書き直した結果――― これ以上のことは書く必要は無い、と思ったのだろう。

 次に彼女は二枚目を見て、大笑いした。

 一枚目の素っ気なさとは反対に、二枚目にはぎっしりと細かく、花壇の手入れ法が書かれていた。

 どうしても大きくなりがちな字を、どんどん細かくし、所によっては仕切りをしたり、図まで丁寧に書き込んであるその手紙を見て、岩室は苦笑する。

 保健室の前には、コンクリートブロックで仕切られた三面の花壇がある。

 そこには、去年の秋に植えた球根が、今の時期、一斉に花を咲かせている。

 色とりどりのチューリップをメインにしているせいか、その一角は誰の目から見ても、明るく、鮮やかだ。

 だがそれを手入れしていた者は、もうこの学校にはいない。


 政府の「教育大改革」からちょうど二十年目の春。

 2052年4月。彼等はもう戻って来ない。


 そして三枚目は、それまでの二枚とは違った、子供っぽい字で書かれていた。


 あんたが、わらっていると、オレは、うれしい。


 それを見た彼女は、鼻の奥がつん、と痛むのを感じた。

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