3.王子と任命式とスイーツ。
「……は?」
何を言われてるか分からない。ただ、このアホ面乗務員が精一杯の真剣な顔をしているということは、相当大事なことなのだろう。
「……えーっと、つまり?」
「菓子を!! 作って!! いただきたいのです!!」
「うん、それは分かった。大丈夫、聞こえてた。同じこと何度も言わなくていいから」
今度は私が乗務員を、どうどうとなだめる。
「……うん。まず順を追って説明してもらえる?」
「はい……すみません取り乱しました……」
乗務員がため息まじりに言う。まぁ、謝ってもらいたいことはこれ以外にもたんまりあるんだが、それにいちいちつっこんでられないので先を促す。
「この国の任命式では、必ず美味な菓子が出ます。その菓子を作る職人は、国に1人しかおりません」
それで? と私は言う。
「その1人が、つい先日急に亡くなられました。いつもなら亡くなる前に弟子を1人だけ決めてその方に全てのレシピを教えるのが伝承なのですが、弟子をとらずにその方は亡くなったのです」
「つまり、任命式の菓子を作る人がいなくなっちゃったわけね」
こくこくとうなづく乗務員。
「しかも今回任命される新王子は、これまでの誰よりも菓子にうるさい方です。そのために、誰も菓子を作れないのです」
ほぉ、と私は言った。
「つまり、私が、菓子にうるさい王子のために菓子を作ると?」
「はい。どうせ1年間飛行機は飛びません。1年間、ここで修行されてもよいのではないかと」
どうせって……。その言い方に少し苛立ちを感じるものの、私はそれでもいいかな、と思い始めていた。誰かに教えてもらうことは出来ないが、菓子にうるさい王子がいる。彼に味をみてもらえば、腕もあがるのではないか。そう、『どうせ』飛行機は飛ばないのだから。
「……分かった、そうする」
私がうなづくと、乗務員は顔を輝かせた。
「ほ……本当ですか!! ありがとうございます!!」
「まぁいいってことよ。いろいろ不安はあるんだけど、仕方ないしね。じゃあ早速なんだけど、とりあえず、住む家と材料を用意したいな。どこで買える? 家はどうすればいい?」
乗務員は、こちらです、と手を差し伸べた。どうやら空港らしきその場所に、私と乗務員は入っていく。その中に、小さなスーパーマーケットのような場所があった。
「あー、なるほど。ここで材料をちょっとは買えるかもね。それにしても売ってる材料少ないのね」
「売ってるものは少ないですね。森にいって採ったり、家で栽培したりするのがこの世界の基本ですから。基本の材料しか売っておりません」
へーと私は感心する。自給自足。いいじゃない。
「……で? 砂糖はどこ?」
私は店内を見回しながら乗務員に聞く。それにしてもカラフルなものばかりだ。なんだこの青い粉は。隣のオレンジ色の塊に関しては、食べ物なのかどうかさえ分からない。食べ物の色じゃないだろこれ。まぁ異世界らしいから、それは当たり前なのだが。
「……聞いてる?」
いつまでたっても返事が返ってこないので、私は振り向いて乗務員に怒鳴る。きょとん顔の乗務員。
「だから! 砂糖よ、砂糖! とりあえず砂糖が欲しいんだけど?」
こてん、と首を傾げる乗務員。
「……サトウ……とは一体なんでしょうか……?」
……あぁ、やっぱ帰りてぇ。