2.帰りたい。
異世界?
私は漢字の変換間違いかと色んなことを考える。
胃世界。違世界。医世界かもしれない。
でも一番しっくりくるのが異世界だなんて思いたくない。そんなもの、ゲームや小説の中の世界。現実には存在しないはず。
「……どういうこと」
「とにかく間違えたあなた様の責任、ということで」
さらっと言う、アホ乗務員。
「待ちなさいよ! どーやって帰るの! 帰る! てか帰らなきゃいけないのー!」
「落ち着いてください、お客様」
「落ち着ける訳ないでしょ! アホなのアンタ⁉︎ ……そーだ、飛行機! 行きの飛行機があるなら帰りの飛行機があるはずでしょ! 帰りの飛行機は何時⁉︎ それに乗って帰るから! お金とかもういくらでも払うから!」
落ち着いてください、と言われ、はぁはぁと肩を上下させながら口を閉じる。どうどう、と言う乗務員を本気で睨みつける。こいつ……蹴り飛ばしてやろうか。
「確かに帰りの飛行機はあります。いつもなら、間違いで来られた方はそちらに乗って帰っていただきます。ですが……」
ここで言葉を濁す乗務員。
「『ですが』……何よ!!」
「ですが……その……あいにく1年後まで、飛行機は飛びません」
はぁ⁉︎ と言おうとした私の前で、申し訳なさそうな乗務員の後ろで、飛行機がごぉぉぉ、と音を立てて動き出す。
「ち……ちょっと! あの飛行機どこ行くの
!!」
「倉庫でございます」
「はぁ⁉︎」
「実は、1年後に新王子の任命式がございまして……それが終わるまで、人がこの世界から出てはいけない風習になっております。人が出ると、その王子の支配期が不幸なものになると言い伝えられておりますので。というわけで、1年後まで飛行機は倉庫入りということで」
……というわけでって、おい待て。1年後まで飛行機が飛ばない?
「……てことはさ」
「はい」
「1年後まで私フランス行けないってこと?」
「フランスがどこかは存じ上げませんが、まぁ、そういうことになりますね」
「……ふっざけんな!」
私の回し蹴りが乗務員の腰に炸裂。横向きに吹っ飛ぶ乗務員。
「私には王子の任命式なんざ関係ねーよ!! どうにかして飛行機飛ばせや!」
「そ……んなこと私に言われましても! ていうか蹴り痛い!」
「うっさいわ! とにかく帰らせろ! パティシエの勉強はどうなんだよ! 責任とれ!!」
私はひとしきり喚いて膝をがくんと地につけた。あぁ、最悪だ。全て私のせいだけど、もうこいつのせいにしてしまおうか。
元はといえば簡単にここへのチケットが取れることに問題があるのだ。アホなのか。この世界の人間はみんながみんなアホなのか。
「……パティシエ、ですか?」
目をアスファルトに落とし、さてこれからどうしようと考えていた私の耳に、そんな言葉が飛び込んできた。
「そーよ、パティシエよ。パティシエになりたくてフランスに行こうとしてたの!」
「あなた様がですか?」
「そーよ失礼ね! どうせそうは見えない女子力0の女ですよーだ」
舌を突き出して見せるも、乗務員は何か考え込んでいるようでこちらを見ていない。とことん失礼なやつめ。
「ねー、聞いてんの? どうすりゃ帰れるの……」
そこまで言った途端、私の肩ががっ! と掴まれた。
「な、何……」
「お願いがございます!」
え、と私は乗務員を見つめる。ヘラヘラしていた乗務員が、これまでにないほど、私の帰る手段を考えている時よりはるかに真剣な目をしていた。
そして、大声で言った。
「お願いがございます。どうか1年後の王子の任命式で、美味な菓子を作ってはいただけませんか!」