後編
彼氏イナイ暦2年のOL・高橋ミズホが、高校時代の同級生だった井口タカシの微妙な関係を見つめ直す物語。
『・・・ while listening to a nocturne』という自身の小説投稿ブログからの転載です。
心に安定をもたらす石と同じ名前のBarの前に私はいた。
【Bar ブルーレース】
一年前にタカシと再開したお店で、
以来、ここで待ち合わせることが約束事のようになっていた。
扉には『CLOSED』のプレートがかけられたままだった。
そっか・・・。
まっすぐ来ちゃったから、ちょっと早かったんだ。
どうしようかと考えているときだった。
「あ、ミズホちゃん?」
声のするほうを見ると、このお店のマスターがそこに立っていた。
「よかったら中に入って?まだ準備の途中だけど、コーヒーでよかったらすぐ出せるよ」
と、扉を開けて私を店内へ導いてくれた。
マスターの優しい声に導かれるまま、カウンターの席に座る。
「井口くんと待ち合わせ?」
準備をしながら、私に気を遣って話しかけてくれる。
「いつもすみません。待ち合わせ場所にしちゃって」
「ミズホちゃん来ると喜ぶ店員もいるから気にしないで」
どうぞ、と出されたのは、
去年の誕生日に作ってくれたオリジナルカクテル。
「お酒の時間にはちょっと早いかなと思ったんだけど。井口くんとの待ち合わせにぴったりなんじゃないかなと思って」
ほんのりピンクの、甘いカクテル。
アルコールが苦手な私の為に、マスターが考えてくれたものらしい。
そういえば、去年の誕生日も一緒だったんだっけ。
「マスター、創作カクテル得意ですよね。私、このカクテル一番好きですよ」
他のお客様にもリクエストされて作っているのを見たことがある。
オリジナルカクテルを飲んだ後のお客様の顔を見ていると、
どのヒトも満足そうな顔してるもの。
おいしい、と感想を漏らすと突然マスターがこう切り出す。
「ここから先は、僕の独り言なんだけど」
え・・・?
「そのカクテル、井口くんからミズホちゃんに作ってあげてって頼まれたものなんだ」
思わず、グラスを見つめる。
「いろいろ本とかネットとか調べたみたいだよ」
去年の誕生日。
『仕方ないから、祝ってやるよ』とか『突然過ぎるんだよ』とか。
色々言ってたくせに・・・。
「本当は言わないのが鉄則なんだろうけど。待ち合わせしてるとき、いつも楽しそうなのに今日は暗いから、つい言っちゃったよ」
そう微笑むマスターは、そのままキッチンのほうへ去っていった。
カウンターに残された私と、優しい色をした飲みかけのカクテル。
そっか。タカシが考えてくれたのかぁ。
自分が作ったって、素直に言えばいいのに。
肝心なときに素直じゃないんだから・・・。
そう思いながら、私は。
一年前を思い出していた。
一年前といえば。
付き合っていた元彼のことをまだ忘れられずにいて。
ミキと一緒に飲みに歩いていたころ。
お酒が苦手なクセに自棄酒を飲んでしまい、
フラフラと、たどり着いたいつものお店。
それがココ、【ブルーレース】。
「今日は荒れてるね~」
とマスターが気を利かせて出してくれたお水を一気飲みして、
「聞いてくださいよぉ」
自棄酒した理由を愚痴っているときだった。
1人の男性が店内に入ってきた。
「高橋・・・?」
そして驚くことに、私に話しかけてくる。
酔っ払いつつも、その男性を見て私は立ち上がろうとした。
が。
「危ない!!」
飲みなれないお酒と、カウンターの高い椅子を計算に入れていなかった私は、当然のようにバランスを崩す。
「大丈夫!?」
慌てて駆け寄ろうとするマスターを制してタカシがVサイン。
「間一髪。大丈夫です」
ひっくり返りそうになった私を軽々と支えてくれたのは、
かつての同級生、井口タカシだった。
「自棄酒するなよ。女の酔っ払いはみっともないぞ」
そういうとタカシは、私の隣に座り飲み物を頼む。
私にはソフトドリンク、自分はウィスキーのロックを。
「久しぶりだな」
そういって笑いながら乾杯する姿は、
高校の頃から格段に男っぽくなって、ちょっとドキッとしたんだ。
タカシとの再開以来、いつの間にか元彼のことを思い出さなくなり。
ミキとの飲み会も回数が減り。
彼に渡すために買ったジッポーを捨てられなかった私から、
『捨てられないんなら、俺でよければ貰ってやるよ』と、
半ば強引に取りあげたときは驚いたけど。
ちょっとキモチが軽くなったのも事実だったな。
映画だとか、ドライブだとか、食事だとか、事あるごとに呼び出され・・・。
そして気がつけば1年たっていた。
ふふふ・・・。
思わず思い出し笑いをしてしまう。
・・・・・・コレ一杯で酔っ払っちゃった?
そんなワケない・・・。
私、気がついちゃった。
いつの間にか、タカシを心の拠り所にしてたってことに。
心の中のタカシの存在の大きさに。
いつの間にか、入り込んで。
そして、居座っちゃってた。
『彼氏の必要性を感じていない』のは、
タカシがいつも側にいてくれたからだ・・・。
不安定になりがちな私の心を支えてくれていたのは、タカシだった。
優しくて甘い、タカシがプレゼントしてくれたカクテル。
あんなに会うことを、話することをためらっていたキモチが嘘のようになくなってる・・・。
「安定剤・・・入ってたりして」
1人つぶやき、また一口。
そして、思わずふふっと笑ってしまう。
「ミズホちゃん。お待ちの方がいらしたようですよ」
カランカランと扉が開く音がしてタカシが入ってくる。
息を切らして入ってきたタカシに私はこう告げた。
「待ってるって言ってなかった?」
「お前こそ。今日は来ないんじゃなかったのか?」
お互い言い合ってクスリと笑いあう。
「ねぇ、タカシ」
「ん~?」
ちょっとネクタイを緩めながら隣に座るタカシに私は耳打ちした。
「カクテル、ありがとう」
顔が真っ赤になるのを私は見逃さなかった。
そして、追い討ちをかけるように言葉を続ける。
どうしても、私が『今』伝えたい言葉を。
「タカシ、大好き」
~fin~
初お披露目の作品になります、【精神安定剤】。
さすがに仕事中に思いついて、思うままに書き続けただけあって・・・。
なんともまとまりがありませんね。
無理やり『前・中・後編に押し込めました』っていう感があります。
申し訳ないです。
手直ししてお届けすればよかったかな~とも思ったのですが、
そのときの気持ちと『初投稿』という記念すべき作品ということで、
あえてそのまま掲載しました。
これは私のリアルな体験が元になってまして。
それを美化し続けたら、こんな感じに・・・。
彼氏という相手ではなかったけど、
特別何かがあったわけではなかったけど、他の男友達とは違う『大事な人』です。
その人も妻帯者となり、なんとな~く連絡を取っていませんが、幸せになってほしいなって思っています。




