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#もしも5年前の自分に30秒だけ会えたら

作者: 音畑

タイトル通りです。

確か体育の時間バスケットボールを取り損なって、頭にぶつかったのを覚えている。

世界が真っ暗になった。だけどほんの一瞬ですぐに、見慣れた体育館の景色が広がった。

だけど、数秒前と同じ景色だとは思えなかった。


「だれも、いない。」


目の前にあるのは体育館だけ。友達の声も先生の指示も聞こえない。頭の中が真っ白になっていくのが分かった。


「あの…すみません、この学校のひとですよね。」

「うわあぁっ!!」


突然後ろから声をかけられて叫び声をあげてしまった。

後ろを振り返ると、赤いリボンのセーラー服を着ている私より少し小さな女の子がいた。ここらへんの高校の制服はどこもブレザーだから、多分中学生だろう。私の母校の制服と同じつくりのような気がする。


「すみませっ…驚かせてしまって…。」

「いえいえ、大丈夫です…。」

「ほんと、すみません…。」


目の前の女の子を一目みて、違和感を覚えた。


口調が私と似ている。おどおどしていて、謝ってばかり。人と話すとき、視線をはずすのも、よく、似ている。

顔も、似ている。似ているどころか写真でみる自分の顔だ。

そういえば私、リボンにしみをつけてたっけ…給食のとき、よく食べ物をこぼすから。この子のリボンのように。

確か私が中学生だったころは、おかっぱだったよなぁ。この子のような、黒い細い髪の毛で。小学生のとき、スポーツ少女だったその名残かな。


「あの…玄関どこか、しりませんか。ま、迷子になっちゃって。」

「どうやってここにきたの…?あなた、もしかして、名前は…。」


私の疑問を遮るように、チャイムがなった。同時にその子の肩越しに見えるバスケットゴールの真っ白い板に、【28】の文字が移った。そしてその数字はどんどん減っていく。


間違いない、カウントダウンだ。そしてここにいるのは昔の私。名札の色から中学一年生の私だ。

これが、本当に「五年前の私」だったとしたら、残り25秒で何ができるだろう。


何か、言わなきゃ。


「あの…玄関まで、案内してもらえますか。」

「ね、ちょっとまって。大丈夫、ちゃんと案内します。あのね…。」




言いかけて、口が止まった。




これから起こること、失敗したことを全部教えたいけど、考えてみればちっぽけなものばっかりだった。「テストで平均点以下をとってしまった」とか「そのうち、あの男子との変なうわさがたってしまうよ」だとか。それを取ってしまったら「今の私の思い出」が無くなっていく気がした。


それよりも、もっと大切なことを伝えなきゃいけない。早く、早く!



「えっと…」


私の話がつづかないことに対して、戸惑っているらしい。相手の目を見ることができない、チキンな私の変わってないわるいところだ。


残り20秒。

減っていく時間の中でますます何も考えられなくなる。焦ると顔を手で隠してしまう。昔からの悪いくせだ。







次の瞬間、私の頭の中にある疑問が生まれた。





《私、「この子」と何か変わった?》





小学校のころやっていたバレーボールもやめて、好きなことも、打ち込めることも無くなった。


この5年間毎日毎日同じように生きてきた。何かに一生懸命になったことがあっただろうか。

もりあがっている文化祭も、恋愛も退屈だ、面倒だと愚痴をこぼしながら。高校受験で涙を流したことなんてない。



問題に巻き込まれることが怖くていつも一人、外から見ていただけだった。それだけで十分だった。

いつも、人に認められる夢ばかり見ていてた。いつか、才能が開花すると。

そして、時々他人の努力を見て、歓声をうける妄想を描いて、ため息を漏らすばかりだった。



《この子に何も伝えられることなんてない、なかったんだ。》


自分は変わってると思いこんでいるだけでこのころから何も変わってないんだ。自分にはそれなりの才能があると思い込んで、何かをするのに一歩踏み出せずにいて。努力するのが、面倒で。

今日、今ここで、初めて「後悔」というものを経験した気がする。





そして気がついた。


この5年間、泣いていない。


このころからどんな映画をみても、どんな本をみても泣けなくなっていた。

悔しくて、情けなくて涙を流すことも無かった。


これが、今の私か。





***


【7 6 5 】


目の前にいる、小さな私をみた。彼女は不安そうにうつむいている。

私は彼女の肩に手を置いて、「ありがとう」と呟いた。彼女は慌てた顔でキョロキョロし始め、パニックに陥りそうになっている。


【4 3 2 】


目の前の少女はが1に近づく秒数とともに透明になっていく。もう体の線も見えない状態になってから、私はあることに気がついた。

「次、よろしくな。」


そういって私はちょうどあっかんべのようにして、左目の下目蓋を開いて見せた。彼女は細い目を大きく見開いて、私のほうに手を伸ばし何かを言いかけたがそのまま消えてしまった。


私は左目の下目蓋の内側にほくろができている。こんなところにほくろができるのは私だけだろうからいい身分証明になった。私にとって昔の私に会えたことはいろいろ有意義なことになったけど、彼女にとっては何が起こったかわからないような状態だろう。彼女は、最後に私の言ったことを理解できたかな。



次の瞬間、頭に衝撃が走った。

トン、トーンとバスケットボールの弾む音。さっきの衝撃はどうやらこれが頭に当たったものらしい。頭がぐらぐらして視界がゆがむ。立っていられなくなり、倒れこむ。

そのまま、視界が真っ暗になった。




一瞬の暗闇から覚めて目蓋を開ければ、覗き込んでくる私の友達(チームメイト)がいた。


「よかった!このまま目ざめないかとおもってたよ!」

「あ、えーと…ここは?」

どうやら、無事戻ってこれたみたいだ。

「大変だったんだよ!試合中頭にボールが当たっちゃってそのまま倒れちゃうんだもん!でも、そんなに傷がなくて安心した!すぐ気がついてくれたし!」

「…何秒くらい、寝てた?」

「えーっとね、倒れたのが試合終わるちょうど5分前だったから…今4分20秒残ってる…30秒くらいたったかな?」

「…そっか。」


よっこいせ、と掛け声をして立ち上がったら、おばさんみたい、って笑われた。こんなやつだけど30秒の間、ずっと私の顔の覗き込んでいたのだろうか。


「ねぇ、これからも…よろしくね。」

「えーっ、どうしたの急に!」

「いや、何でもないよ。」



もしかしたら、あの出来事は夢だったのかもしれない。でも、ボールの痛みと彼女の肩の感触ははっきりと覚えている。

あの30秒は神様がくれたチャンスなのかもしれない。私は人生の分かれ道を間違えてないと確信できる。



「はーやーく!のこりもう3分だよ!」

私は、財布の中に五線譜を買うためのお金があるかどうか考えながら、手招きする友人のところへともどっていった。



Fin.


初めてで至らないところもあったと思いますが、読んでくださってありがとうございました!



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 倒れた時間をタイマーで計っていたのが、少し不思議でした [一言] おもしろいです! こういう話、大好きなので 新作を楽しみにしてます!
[一言] なんだかぼくにしっくりきました。
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