こんな断罪、ありか?
手慰み、第数弾であります。
が、三日前から取り掛かっておりました。
今回、読みにくく、文字にしにくい文を、科白に採用したせいであります。
分かり難いかも知れませんが、お楽しみいただければ、幸いであります。
うちの会長は、生粋のトラベルメーカーだ。
副会長がそう吐き捨てたくなるのは、仕方がなかった。
そうだと思わないと、説明がつかない現状なのだ。
この国の王太子となった第二王子と、隣国の第一王女の婚約式後の、お披露目を兼ねたその夜会に招待された副会長は、珍しく一人ではなかった。
夫人の妊娠を機に、実務を副会長に丸投げし始めた会長が、第二子誕生後は育休を取ると宣言したため、無理矢理たてた会長代理をお得意様に紹介するため、連れ出していたのだ。
一応、方々の世界の国々のお得意様や、王室皇室にも、書面で理由と共に代理の存在も伝えているのだが、この世界のこの国では特に、妙な誤解が芽生え掛けていた時期があった事を考慮し、王族にも挨拶しておこうと思っていた。
それなのに……。
「晴れて成人の仲間入りした私から、この場の者たちに訴えたいことがあるっ」
そんな言葉を、声高に発したのは、今回の主役の一人で、この国の王太子だった。
王族への挨拶の順番を待ちながら、お得意の貴族方との挨拶をしつつ、その声を聞き流していた副会長は、次の言葉で天井を仰いだ。
「ある人気の商会で、会長を務める男の、度し難い所業についてだっ」
ざわつく会場に負けない声音で、王太子は言い切った。
「その男は、一人の少女を娘と偽って囲い込み、淫らな行為を強要し、とうとう身篭らせてしまった、極悪人だっ」
「……おい?」
副会長の隣に立つ長身の男が、低く呟く。
暗に、説明を求める短い呟きだが、副会長は頑なにそちらを見ない。
そうする事で、うちの会長の事ではないと、一縷の願いとともに主張していたのだが、王太子は容赦がなかった。
「あの銀髪の男は、甘いマスクでこの国の商業を網羅しているが、騙されてはいけないっ。きっと、叩けば埃がむせるほどに舞うはずだっ。私はここで、宣言するっ。必ずあの少女を、あの見た目だけの色男の手から、救い出して見せるとっ」
これ、王女を含む隣国代表一同は、承知なのか?
つい、周囲を伺ったのは、現実逃避も兼ねていたのだが、大袈裟にキョロキョロする副会長を、王太子が見つけてしまった。
「商会副会長っ。申し開きがあるなら、堂々と前へ出ろっ」
最悪だ。
再び天井を仰いだが、これは自分が出るべき場だと、静かに足を其方に向けた。
その肩に、完全に動きを止める重みが乗る。
足止めの意思が明確な、大きな手の重みだ。
「副会長? 話が、全く見えねえんだが?」
低く、ドスの効いた声音は、懐かしいものだったが、度合いが違った。
子供の頃に聞いていたら、完全に怯えて泣き出していた。
今は、悪寒が走っただけですんだが。
「ただの意見の食い違いですので、お気になさらなくて、大丈夫です」
「ほう……会長と、その娘にかかった嫌疑を、気にするなと?」
「根回しは、すんでいます。今から王太子殿下とも、話をつけて参りますから、ここでお待ち下さい」
副会長の、優しく笑いながらの宥め言葉に、見下ろした会長代理は笑いを返した。
どんな難問も物ともしないかのような、不敵な笑いだ。
「会長のやらかしを治めるのは、代理の仕事だろうが?」
ああ、察してしまったか。
こうなっては、譲るしかない。
副会長は、第二の師匠でもある男の後に従って、王太子の前に出た。
正義感を振り翳して、件の商会の副会長を名指しした王太子は、前に立った男を見て一瞬、たじろいだ。
男にしては小柄な副会長より、頭ひとつ半ほど大きい、黒髪の整った顔立ちの男は、不敵に見える笑いを浮かべて、一礼する。
「国照らす太陽とその御子様方に、ご挨拶申し上げます」
まずは、上座で青ざめて立ち尽くす国王夫妻と、そんな二人の両隣りに立つ、第3王子とその婚約者、第一王女とその婚約者、そして、その家族たちより一歩前に出て演説していた、主役である王太子と、彼の横に一歩下がって立つ婚約者に、形通りの挨拶をした代理に、その丁寧な仕草にすら押されつつ、王太子が問う。
「っ、そ、そなたは?」
「この度、育休を予定している会長の代わりに、商会を取り仕切る事となった者でございます」
「そ、そうか」
明らかに狼狽えている所を見ると、副会長である自分相手なら、言いくるめられると思われていたようだ。
甘く見られ過ぎたか。
背後で目を細める副会長に構わず、会長代理は丁寧に本題を切り出す。
「ところで、殿下のお話の、度し難い所業を行う商会の会長とは、もしや、我が商会の会長の事でしょうか?」
「そ、そうだっ。あの者は、私とさほど歳の変わらぬ少女を娘と偽り、淫らな行為を強要して、身篭らせたのだっ」
「成程、それは初耳です」
わざとらしく目を見張った代理に、王太子は我が意を得たりと顔を輝かせ、捲し立てた。
「あの男、自ら私たちに話したのだっ。少女とは愛人関係で、ようやく身籠ったから、私との縁談を断れるとっ」
「……」
「きっと、私に少女を取られたくないばかりに、無体に走ったのだっ。許せる所業ではないっ」
代理は一度、勢いよく言い切った王太子から、副会長に目線を落とした。
男の何人目かの弟子は、上目遣いに見返す。
東洋系の色合いの瞳と、それより暗く青い色合いの瞳が合い、無言の遣り取りが交わされたが、これは限度を超えたと判断が下った合図だった。
「成程、どうやらこの国では、全く思いもよらぬ話が、出回っているようですね」
「っ、待ちたまえ。それはっ」
低い声に剣が籠ったのに気づいた貴族は、この国の宰相だ。
慌てて弁明しようと口を挟むが、それより先に代理は周囲に向けて問う。
「私が代理として、商会の責任者を引き受けるに至った経緯については、担当より書簡にて、伝えられているはずなのですが。文面に、婉曲されかねない言い回しが、見受けられましたか?」
「っ、そんな事はないっ。丁寧で分かりやすい文面だった」
答えたのも宰相で、それには書簡を受け取った他の貴族たちも、一斉に頷いた。
王太子の兄弟二人も頷いたのだが、両親の顔を見て、目を見張った。
王妃は、白い目で夫である国王を見ている。
その目を避けるように、国王は目を泳がせ、咳払いした。
その様子をつぶさに見ていた副会長は、大袈裟に溜息を吐き、口を開いた。
「会長代理。これより私が、皆様にお送りした書簡の文面を、一句違わず誦じます。もし、可笑しな婉曲をされる描写がありましたら、ご指摘願えますか?」
後の流れが見え、諦観混じりなのに気付いたのか、代理は僅かに眉を上げた。
が、深くは問わずに頷く。
「分かった。聞かせてくれ」
一礼した副会長は、静かに息を吸う。
「まずは、全てのお客様にお送りした、定例の挨拶文です」
そう前置きし、小柄な男は滔々と言葉を並べ始める。
「平素は、ご贔屓いただき有難う御座います。この度、我が商会の会長夫妻が、待望の第二子を授かりました。第一子誕生から長い間を開けての祝い事となり、会長はこの機に、自身が手掛ける事業を若い人材に分散し、ゆくゆくは誕生した第二子の育児を三年間行うための、休暇を取る事を明言致しました。そこで、我々は熟考を重ね、休暇をとる会長の代理として、会長のご息女の伴侶を、指名する運びとなりました」
「は?」
つらつらと誦じた言葉に、招待客の中のお得意様方が無言で頷く中、王太子が思わず間抜けな声を出したが、副会長は構わず続けた。
「会長が社会復帰するその日まで、代理率いる従業員一同、さらなる精進をいたす所存で御座います。今後とも、何とぞご愛顧賜りますよう、お願い申し上げます」
「……堅っ」
代理が、思わず吐き捨てた。
「貴族の方が、大部分なので、在らん限りの言葉を並べました」
使い方は、間違っていない、と思うが、自信はない。
こちらのダメ出しもあるかと、身構えた副会長だが、王太子の間抜けな表情が目の端に映り、そちらに顔を向けた。
第二王子は説明を求めて、父である国王を縋るような目で見つめているが、父親の方は哀れな息子にどう説明すればいいか、悩んでいるようだ。
今更悩まれても、手遅れだ。
副会長は、優しく微笑んで言った。
「以上は、定例の挨拶文で御座います。個々の客様ごとに合わせた文面を、添えるようにしておりましたが、これより王室に送りました文面を誦じます」
「っ、ま、待てっ」
一国の王らしからぬ、焦った静止の声は、無視した。
「これにより、前々から打診されていた、会長夫人召し上げの件は、改めて固くお断りいたします事、心置き下さい」
しんと、会場が静まり返ったのは一瞬で、次の瞬間、王太子が悲鳴に似た主張を吐いた。
「はあっ? 私が望んだのは、歳の近い息女だっ。あんな年増じゃないっ」
代理の表情が、たった一瞬だけ、一切抜け落ちた。
それを見てしまった王太子の兄弟二人が、上座の方で悲鳴を上げたが、その間に表情を戻した男は、やんわりと返す。
「殿下。それは、この場にいるご夫人方に対しても、失礼です」
嗜めの言葉は、前置きだ。
早い段階で、王太子の持ち出した断罪材料が、誤解の産物と察していた代理だが、言葉にされるともう、取り返しがつかなかった。
最悪国存続の危機もあり得る状況だったが、王太子は嗜めた代理に、無謀にも噛み付いた。
「そなたっ、本当に、息女の伴侶なのかっ?」
「おや、そちらが気になりますか?」
不敵に笑う代理は、わざとらしく返す。
「はい、事実です。ですが、王室への召し上げは、私もお断りします。会長夫妻と同様に、私たちも、相思相愛で御座いますので」
「う、嘘だっっ」
「嘘では御座いません。この度の就任が決まる前に、この国を二人水入らずで観光させていただきましたので、既成事実もしっかりと確保しております」
つまり、と一度言葉を溜めたのは、わざとだ。
「私と妻は、しっぽりと出来上がっております」
「や、やめろっ、聞きたくないっっ」
王太子は、耳を塞いで膝を折った。
立ち直る気配が無い婚約者に近づき、途方に暮れるながらもよしよしと宥める隣国の王女を見ながら、副会長がようやく代理を嗜める。
「まだ、成人したての方に、そのようなふしだらな告白は、刺激が強すぎます」
だがまあ、王太子が横槍入れる気力を喪失してくれるなら、この後のやり取りは楽そうだ。
そう思いつつの嗜めだったからか、若干軽めの口調になった。
「ああ、すまん」
代理の方も軽く謝罪し、すぐに次の標的に目を向けた。
「っ」
強面でも目つきが悪いわけでもないが、見られた国王は思わず後退りした。
「この国の王族は、家族仲良しと聞き及んでおりましたが、それは、第二王子殿下以外、と言う事だったのですか?」
「ち、違うっ」
「では何故、王太子殿下だけ、我が商会からの書簡の内容が、伝わっていないのですか?」
「そ、それはっ」
国王が言葉を詰まらせ、その横で王妃が溜息を吐く。
静かに王妃が口を開いた。
「あの書簡で、陛下自身も初めて、商会長の勘違いに気づいたのです」
「まさか、夫人への打診と思われているとは、思わなかったのだ」
あくまでも、こちらに非を被せるつもりの二人に、代理は微笑んだ。
「その頭、脳味噌入ってますか?」
再び会場が静まり返った。
先程より、寒い。
「代理、脳味噌入っていなかったら、こんな大人しくしてないです。せめて、脳味噌に皺あるか? にしてください」
突然吐かれた毒に慌て、副会長が嗜めたが、代理はもう止まらなかった。
「あなた方は仮にも、そう、本当に、仮、のようですが、一国の王族の一員のはずなのに、貴族でも周知している身分の差と、常識を理解されていないようだ」
静止が、効かない。
副会長は早々に諦め、話の後を引き取った。
衝撃を受けた相手にはまず、冷静に常識を思い出してもらわなければ。
「通常の釣書は、宛名は家でも、縁談打診の相手は、フルネームで指名されるものだと言うのは、常識だと思うのですが、王室からの釣書には、家名のみでした。これで、会長が勘違いしない方が、可笑しいかと」
「可笑しくはないっ。幼い王子の縁談だぞっ?」
冷たい空気の中、ざわつき始めた会場に負けない、張りのある声での反論だが、国王の隣で王妃は扇子で顔まで隠してしまった。
恥ずかしがるのが、遅すぎる。
小柄な男は優しく、しかしはっきりと言い切った。
「一時期、この国の御貴族の方からの釣書が増えましたが、全てにお嬢様の名は書かれておりました。なので、すぐにお断り出来たのです」
理由は身分差と、既にいた相思相愛の伴侶の存在だ。
「そ、そんな前から……」
再起不能と思われた王太子が、小さな声で呟くのが聞こえたが、もう無視でいいだろう。
「我が商会の、会長率いる従業員の多くは、どの国にも属さぬ、いわば流民です。平民ですらない者を、一国の王が、お嬢様を後継者の正室にと望んでいるとは、会長も思い浮かびもしなかったかと」
副会長は、改めて初めに王室からのそれを受け取った時の、会長の様子を思い返す。
「当時会長は、本当に困惑しておりました。王子様方と同じくらい、かなり若い娘がいるのは周知されたはずなのに、夫人を望まれるとはと」
「っ、っ」
「若いと言うか、幼かったな。名指しされなかった事が、この混乱を生んだが……まだ、ましだったな」
感想を述べた代理の笑顔を一瞥し、副会長は王族一家に向かって一礼した。
「祝いの場を、図らずも乱してしまった事、心よりお詫び申し上げます。我々は、これにて退場させていただきます」
退場の意を示す男を見下ろした代理は、まだやり足りなそうだったが、すぐに同じように一礼した。
会場を出て扉を閉めた途端、我に返った国王の声が背に当たったが、二人は既に、逃走していた。
そんな事があったので、その国どころか、その国の同盟国との取り引きも、掻き消えるかと身構えていたのだが、意外にも、折れたのは国の方だった。
「国王陛下が、譲位を決められたんですか? 王太子殿下はまだ、お若いのに?」
赤い魔女の店で、店番をしている女が、常連になった貴族令嬢の報告に、目を丸くした。
質素なワンピース姿の、黒髪と銀髪の二人の令嬢は、購入予定の駄菓子を手に、揃って頷く。
黒髪の令嬢が声を潜めた。
「殿下の婚約者様が、とてもしっかりとした方で、ご自身のお国のお偉い方や、わたくしたちの親にも働きかけて、国一丸となって支える体制を、作ることになりましたの」
「そう、なのですか」
言葉を返しながら、金髪の店番は思った。
夫と副会長、他の国に避難済みなんだけど。
自分も合流予定だったのだが……。
何が、幸いし、災いになるか。
一概には、判断出来ないものだ。
王太子ではなく、事実を隠した国王夫妻を断罪した、つもりです。
王太子、立ち直るか?




