第1話:最後のカーニバルの夜
読者の皆様、こんにちは。
これはレジェンド一族の物語。ファンタジーと謎が交錯し、祭りのあとの静寂の中に何が待ち受けているのか――。
どうぞ、最後までごゆっくりお楽しみください。
市南部の田舎にある小学校の教師、マーゴット・D・レジェンド夫人は、誰よりもカーニバルに情熱を注ぐ女性だった。彼女にとってそれは単なる祭りではない。年に一度のパレードで、自らの創造性を世に知らしめる絶好の機会なのだ。
同僚たちの間では、マーゴットは厳格な教育者として知られていた。彼女の教え子は他のどのクラスよりも上達が早く、それゆえに彼女は「知恵の妖精」という二つ名で呼ばれていた。その名は教師としての才能だけでなく、まるでおとぎ話から飛び出してきたかのような、彼女の生まれ持った深い緑色の髪にも由来している。
平日の学校は、厳格な規律と秩序に支配されている。生徒たちは非の打ち所のない礼儀を求められるが、誰もが心待ちにしている例外があった。そう、盛大なるカーニバルの到来だ。
この喧騒の時期、学校同士はパレードでいかに素晴らしい山車を出せるかを競い合う。ライバル意識は激しいが、真の目的は誰もがこの祝祭を楽しむことにある。
その日の朝から、マーゴットは熱心に準備を進めていた。今年は例年以上に、華やかな山車と奇抜な衣装にこだわっている。それもそのはず、長女のソフィアが中央の学校で教師として働き始め、あろうことかその学校のパレード責任者に抜擢されたのだ。
舞台は整った。母と娘、二世代の教師が、一年で最も期待されるパレードで正面からぶつかり合う。緊張と興奮が入り混じる中、マーゴットはこの夜が忘れられないものになると確信し、不敵に微笑んだ。
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マーゴット先生の指揮能力は圧巻だった。彼女の指示は正確無比で、まるで的を射抜く矢のように飛び交う。同僚たちは、このカリスマ的リーダーの手によって形作られていく光景に、ただただ感嘆するしかなかった。
一方、ソフィアも負けてはいなかった。母に自分の才能を見せつける時が来たのだと思うと、血が騒いだ。幼い頃からこの瞬間を夢見てきた。母が情熱を込めて山車を作る姿を二十年間見守り続け、ついに同じ舞台で輝くチャンスを掴んだのだ。
教師一年目にして、運命は彼女にこの大役を授けた。母の評判が影響したのは間違いないが、ソフィアはそれを重荷ではなく挑戦として捉えていた。「マーゴットの娘」としてだけでなく、一人のクリエイターとして己の足跡を刻む時なのだ。
ソフィアの同僚たちも活気づいていた。今年こそは上位に食い込める。そう確信させるほど、彼女が形にする想像力の世界は色鮮やかで、母の作品にも引けを取らないものだった。
準備された山車の中でも、一際目を引く奇妙なキャラクターがあった。幼馴染で同僚のリセットが、黄金の雲の上で楽しげに踊るその像を見て、思わず声を上げた。
「ちょっと、これ一体何なの?」
「それは『孫悟空』よ」ソフィアは事もなげに答えた。「おばあちゃんから聞いたの。この国の真の王で、カーニバルを愛する精霊なんだって。パレードの太鼓の音は、彼が飛び跳ねて、みんなを笑わせるためにいたずらをしていた時の足音を象徴しているらしいわ」
「へぇ! これがあなたの想像した姿なの?」
「正確には……」ソフィアは少し照れくさそうに視線を落とした。「実は、弟をモデルにしたの。おばあちゃんが、あの子は孫悟空の生まれ変わりだって言うから、驚かせてあげようと思って」
それを聞いたリセットは、「孫悟空の弟なんて可愛いじゃない」と冷やかしながらも、新しいパレードの女王としての門出を応援してくれた。
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激しい準備作業を終え、ついに翌日の開幕を待つばかりとなった。一同は満足感に包まれ、家路につく。
その晩の食卓。マーゴットとソフィアはどちらが勝利を手にするか火花を散らしていたが、ソフィアはあることに気づいた。席が一つ空いている。
「ねえ、弟はどこ?」
「おばあちゃんが早くに連れて行ったよ」父がトーストをマーゴットに渡しながら答えた。「知っての通り、あの子は一族最後の『緑髪』世代だからね。期待も大きいんだろう。治癒魔法を教えているらしい」
「また『賢者の聖域』へ行ったのね……」マーゴットは溜息をついた。「あまり無理をさせなければいいけれど。あんな小さな子を野蛮人のように鍛えるなんて」
「それじゃ本当に、物語の孫悟空になっちゃうかもね」ソフィアが悪戯っぽく笑う。
その冗談に、家族三人は声を上げて笑った。ありえない話だ。笑い終えた後、ソフィアが尋ねた。
「お母さんの時もそうだったの?」
「ええ、試みはしたわ。でも残念ながら、私にはおばあちゃんの期待に応えるほどの適性がなかったの。緑髪は一世代に一人しか現れず、その中からまた次が生まれる。理由は分からないけれど、一族の伝統なのよ。どうやら、ガブリエルには相当なポテンシャルがあるみたいね」
その時、玄関のドアが金属音を立てて開いた。続いて、小さくて素早い影が食堂に飛び込んでくる。
「ええっ!? 僕を待たないでお飯食べてるの? ママ、晩ごはんなあに!」
それはマーゴットの末息子、五歳のガブリエルだった。彼は母親譲りの特徴的な緑色の髪をなびかせ、屈託のない笑顔を浮かべている。その後ろから、豊かな緑の髪を蓄えた、威厳のある大柄な女性が入ってきた。鋭い眼光は、そこにいる全員を射抜くかのようだ。
「お母様、お帰りなさい!」
マーゴットはすぐさま立ち上がり、息子を抱き上げながらその猛獣のようなオーラを放つ女性を迎えた。
「女神の加護があらんことを、娘よ」
重厚な声で答えたのは、エメラルダ・D・ガルシア。マーゴットの母だ。温和な雰囲気のマーゴットとは対照的に、エメラルダは何者をも打ち倒さんとする、威圧的で強大なオーラを纏っていた。
「こんな時間に連れ回して悪かったね。聖域でいろいろあったもので」
「いいえ、構いませんわ。まだ寝る時間じゃありませんし。それで、ガブリエルは私のように自然との契約に失敗したのですか?」
「それをどう答えたものか……」エメラルダは、満足げな笑みを浮かべて口を濁した。
母のその表情を見て、マーゴットはそれ以上追求するのをやめた。失望の気配がないことに安堵したが、同時に家族全員が抑えきれない好奇心に駆られた。
エメラルダは詳細を語らぬまま立ち去った。ガブリエルに何があったのか尋ねても、あの子はただ一言。
「おばあちゃんがね、『秘密のサプライズ』だって。誰にも言っちゃダメだよって言ってた!」
家族の約束は絶対だ。彼らは期待と不安を抱えたまま、その「サプライズ」の時を待つしかなかった。
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翌日、街は人で溢れかえっていた。ついにカーニバル当日だ。色彩と音の爆発とともに祝祭が始まった。建物は色とりどりの装飾で彩られ、角々に響く太鼓の音が祭りのリズムを刻む。
予定時刻、市役所と学校による大規模な山車のパレードが開始された。どの山車も独創的だったが、観衆の目を釘付けにしたのはやはりマーゴットとソフィアの学校だった。
マーゴットの山車は、太陽の光を受けて輝く黄金の花を咲かせた巨大な巨木だ。枝からは色とりどりの果実が垂れ下がり、まるで魔法の庭園が移動しているかのようだった。
対するソフィアの山車は、伝説の孫悟空。太鼓と踊りの中で命を吹き込まれたかのような威風堂々たる姿。不敵な笑みを浮かべたダイナミックなポーズに、子供たちは今にも彼が飛び出してくるのではないかと目を輝かせた。
夜が訪れ、人々は今年の優勝者を決めるべく中央広場に集まった。伝統に従い、結果は花火の後に発表される。マーゴットとソフィアは、クラン・レジェンドの一族とともに、屋台の食べ物を楽しみながらその時を待っていた。
誰もが笑い、祝っていた。……ただ一人、ガブリエルを除いて。
「どうしたの、ガブリエル? 気分が悪いの?」
「なんだか変なんだ……」ガブリエルは真剣な表情で母の手を握りしめた。「さっきから、すごく嫌な匂いがする……。体が重いんだ」
「緑髪特有の嗅覚かしらね」ソフィアは気に留めずに言った。「いろんな匂いが混じって酔っちゃったのかも。お母さんも匂う?」
マーゴットは静かに目を閉じ、集中するように空気を嗅いだ。数秒後、目を開けた彼女の顔から表情が消えた。
「……本当だわ。説明できないほど奇妙な匂いが立ち込めている。何かがおかしい。ソフィア、弟を連れて先に帰りなさい。私とお父さんはおばあちゃんを探すわ。親戚たちにも集まるよう伝えて」
「えっ、投票の結果は!?」戸惑うソフィアに、マーゴットは強い口調で命じた。
「そんなことは重要じゃない! いいから弟を守りなさい!」
その剣幕に、ソフィアは言葉を飲み込んだ。なぜ母がこれほどまでに怯えているのか分からない。だが、逆らうことは許されない雰囲気だった。彼女は群衆の中に消えていく両親の背中を見送るしかなかった。
「ソフィア姉ちゃん、ごめんね……。僕が匂いのこと言ったからママが怒っちゃった」
「いいのよ、気にしないで」ソフィアは弟の頭を撫でて微笑んだ。「どっちにしろ眠かったし。結果なんて明日になっても変わらないわ」
ソフィアは自分に言い聞かせた。母があれほど愛したイベントを投げ出したのには、相応の理由があるはずだ。事態は想像以上に深刻なのかもしれない。
帰り道、彼女は弟に匂いについて尋ねたが、五歳の子供の答えは要領を得なかった。分かったのは、朝から匂い始め、時間が経つにつれて不快感が増していったということだけだ。
家に着くと、ソフィアは弟を寝かしつけ、花の芳香剤を部屋に置いた。しかし、彼女自身は眠れなかった。窓辺に寄りかかり、星空を見上げる。
「緑髪の遺伝子、か……。おばあちゃん、ガブリエルには純粋な血が流れてるって言ってたわね。ライトノベルなら、こういう子が生まれる時は世界を揺るがす何かが起きる前触れなんだけど……」
その瞬間、遠くで花火が上がり始めた。夜空を染める極彩色の光がソフィアの顔を照らす。家族で見たかったという郷愁に浸り、少しだけ心が落ち着いた、その時。
突如として、強烈な「白い光」が空を覆い尽くした。
最後を飾る特別な演出かと思い窓へ駆け寄ったが、ソフィアは絶句した。目を見開き、心臓が止まるような衝撃を受ける。空を覆っているのは、火薬と鉱物の輝きなどではなかった。もっと異質で、恐ろしい「何か」だ。
我に返ったソフィアは、挑戦的な笑みを浮かべて呟いた。
「なるほどね……そういうこと。これが……すべての始まりなのね!」
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翌日。
カーニバルは終わっていた。通りは紙吹雪や装飾の残骸、放置された山車で散らかっている。だが、何よりも異常だったのは、街を支配する死のような静寂だ。
歓喜も、笑いも、音楽も、歌声も、一夜にして消え去っていた。掃除をする者も、店を開ける者も、家の中から漏れ聞こえる話し声すら存在しない。街は、もぬけの殻だった。
この街に息吹を与えていた人々は、跡形もなく消え失せていた。もはやここには、一人の人間も残っていない。
……ただ一人を除いて。
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