空っぽの「僕」と、光を織る道
そこは、何もない場所でした。
上も下も、右も左もありません。音もなければ、匂いもありません。ただ、どこまでも透き通った、静かな白い霧のようなものに包まれているだけでした。
その真ん中に、一人の男の子が立っていました。
名前はありません。自分のことを、ただ「僕」と呼んでいました。
「僕」は自分の手のひらを見つめましたが、そこには何の模様もありませんでした。
「僕は空っぽだ」
「僕」は小さな声でつぶやきました。その声も、何もない空間に吸い込まれて消えていきました。
「この世界も、僕と同じ。何もない。空っぽだ」
「僕」は内気で、臆病でした。このまま座り込んで、透明な空気の一部になってしまおうかとも思いました。けれど、そのとき。彼の中に小さな、小さな火が灯りました。
「……でも、空っぽじゃない何かを見つけたい」
それは、弱くて震えるような、けれど切実な願いでした。
「僕」は、勇気を振り絞って最初の一歩を踏み出しました。
カチリ、と音がしました。
何もないはずの空間に、彼の足が触れた場所。そこから、小さな光の粒がこぼれ落ちたのです。それは、砂粒ほどの小さな輝きでしたが、深い静寂の中では、まるで夜空の星のように際立って見えました。
「僕」は驚いて、もう一歩、踏み出しました。
今度は、サアッと小さな銀色の粉が舞い上がりました。
「何かがあるのかもしれない。もしもあるのなら、「僕」はそれを見てみたいんだ!」
「僕」は歩き続けました。
何もない真っ白な世界を、たった一人で。時々、寂しくて足が止まりそうになりましたが、そのたびに「空っぽじゃない何か」を求めて、また足を動かしました。
「僕」が歩けば歩くほど、不思議なことが起こりました。
彼が踏みしめた跡から、キラキラとした光の糸が伸び、それが波紋のように広がっていくのです。
彼が流した一滴の汗は、空間に触れて黄金の結晶になりました。
彼が「ああ」と漏らしたため息は、空に溶けて真珠色の霧になりました。
どれくらい歩いたでしょうか。ついに、「僕」は世界の行き止まりにたどり着きました。
そこはやはり、白くて、何もない壁があるだけでした。
「結局、どこにも『特別な何か』なんてなかったんだ……」
「僕」は力尽きて、その場に座り込みました。また自分を空っぽだと感じて、うつむこうとしたその時です。
「……あ」
「僕」は、後ろを振り返って息を呑みました。
そこには、見たこともないような圧倒的なキラキラが広がっていました。
彼が歩いてきた何万歩という足跡が、すべてつながり、巨大なダイヤモンドの道になっていたのです。
その光は、周囲の空間すべてに乱反射していました。
何もないはずの真っ白な空間は、いまや無数の宝石を散りばめたような、あるいは光り輝くステンドグラスの中に閉じ込められたような、極彩色の輝きに満たされていました。
「僕」が動くたびに、空間がカランカランと氷のような音を立てて輝きを変えます。
光の粉が雪のように降り注ぎ、彼の透き通っていた体さえも、今は七色のプリズムを反射して美しく輝いていました。
「そうか。僕が探していたものは、最初からあったんだ」
「僕」は、自分の胸に手を当てました。
世界をこれほどまでにキラキラに変えたのは、どこかに落ちていた宝物ではありません。
「何もない」と泣きそうになりながらも、勇気を出して踏み出した、「僕」自身の最初の一歩。それこそが、この世界で一番綺麗な光の正体だったのでした。
もう、そこは「何もない場所」ではありません。
光の海の中で、世界で一番贅沢な輝きに包まれて、『僕』は初めて、自分の名前を呼んだような気がしました。




