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夕食

夜、自室のベッドに転がり、恒一の見ていた配信をもう一度再生していた。

「ふーふー」だけでなく「なでなで」や「よしよし」までも要求してくる。

それでもコメント欄は勢いを増すばかりで、画面は埋め尽くされていた。

どうやら、この子はめちゃくちゃに人気があるらしい。

そんな事を考えているとーー


「兄ちゃん、お腹空いたー」


ノックもなく、妹が部屋に入ってきた。


「っ!ノックしろっつってんだろ!」


反射的に声を荒げ、慌ててスマホを伏せる。


「おや?おやおやあ?思春期かなぁ?」

「アホかっ」


軽く妹の頭をはたく。


「母さんは?まだ帰ってないんか?」

「今日も遅いって」

「しゃーねえな、ラーメンでいいか?」

「野菜マシマシ、アブラ、カラメ!」

「死ぬほどニンニクマシマシにしとくわ」

「君の可愛い妹のあだ名が明日からニンニクマンになるが?」

「知らんわ」


鍋に張った水が沸騰し、麺を放り込む。

粉末スープの袋を破ると、独特の良い匂いが広がった。


「……母さん、最近一緒に飯食ってねぇな」

「んー、そだね」


箸をくるくると回しながら妹が答える。


「まー仕事だからしゃーないしゃーない、兄ちゃんで我慢してやるか」

「ずいぶんと偉そうだなオイ」


笑いながら返すと、妹もケラケラと笑った。

俺はその言葉を、少しだけ真面目に受け取っていた。




食後、「満足じゃ」と自室へ戻った妹を見送り、俺はベランダに出て夜空を見ていた。


(君はまだ完全に生き返っていない。今の状態は応急処置みたいなものだ)

(皆に見放されれば、命はいずれ枯れる)


神の言葉が頭の中で反芻される。

(俺が死んだら……)


妹はどうなる。

母さんは。

昼の光景と、夜の食卓が頭の中で重なり、初配信の時の画面がフラッシュバックした。


「……何をどうすればいいんだよ、クソ……」


思わず漏れたひとりごとにーー


『教えてやろう』

「うわぁ!?」


背後からいきなり声が降ってきて心臓が跳ね上がる。

振り向くと、白いヒゲの老人、神がリビングのソファでくつろいでいた。

足を組み、湯飲みまで持っている。


「……いつからいた」

『最初から』


平然と言って、神は指を鳴らした。

その音を境に世界が切り替わる。

視界がはがされるような感覚、リビングの輪郭が溶け、光の粒子になって弾ける。

次の瞬間、俺は無数の窓の中に立っていた。

見覚えのある感覚、配信の世界だ。


ーーとそこで気づく。

視界の端に見えた自分の腕、少し青み掛かったサラサラの髪がチラチラの目に入る。

そこに立ってたのは俺じゃない、いや俺ではあるが清楚でやたら出来の良い配信用の俺。

ガラスみたいな壁に映る姿を見て、思わず顔をしかめた。


「ここくると、この姿になるんかよ」

『ここは配信者の世界だからな』


そう言うと、神は無数にある窓を指さす。

窓の向こうではVたちが笑っている。

視聴者と雑談し、コメントを拾い、楽しそうに言葉を返す。

また別の窓では歌をうたうVがいた。

透き通った声で画面越しに感情を乗せていた。

さらに別の窓ではゲーム配信。

絶妙なタイミングでリアクションを取り、視聴者を笑わせている。


「……すげぇな」


どれも楽しそうだった。

自然で軽やかで。


「俺、向いてねぇだろ」


ぼそりと呟いた瞬間、神が鼻でわらった。


『そう見えるか?』


神が指先で窓をなぞる。

すると、雑談配信の裏側が透けて見えた。

画面の外。

壁一面に貼られたメモ。メモ。メモ。

視聴者の名前、よく来る時間帯、好きな話題、苦手な話題。


『楽しそうに話すために、覚えているだけだ』


次に歌配信の裏側。

床には大量の楽譜、机や本棚には発声練習、音域トレーニングや呼吸法の本。


『才能ではない、積み上げだ』


ゲーム配信も同じだった。

攻略ノート、盛り上がるタイミングの研究、失敗した回の反省メモ


『どうすれば"見ている側”が楽しいか。そればかりを考えている』


神はゆっくりと言葉を続ける。


『誰も、最初から楽しそうにできたわけじゃない』


そしてさらに指を鳴らした。


今度は見ている側の景色が流れてくる。

夜の部屋、一人で画面をみつめる誰か。

疲れ切った顔が、コメントを打つたびに少しずつ緩んでいく。


『救われているものもいる』

『居場所を求めているものもいる』


その言葉に、昼間の屋上で見た恒一の顔が思い出された。

スマホを眺め、幸せそうにわらっていた。

ときおりふーふーやなでなでをしてたのはやっぱ不気味だったが……


「画面の向こうにも、ああいうやつがいるのか」

『あぁ』


神は満足そうに微笑んだ。

そして神の視線が、俺をまっすぐ捉えた。


『やっちゃお、今から』

「……は?」


理解が追い付く前に、神は指を鳴らした。


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