はじめての配信②
『じゃあ改めて~!』
机の上のぬいぐるみが短い両手を広げた。
『自己紹介いってみよっか~!』
『みんな、新人さんのお名前知りたいよね~?』
《知りた~い!》
《名前!》
《清楚ネーム頼む!!》
視線が一斉に集まるのを感じる。
「ま……真琴だ」
一拍。
そしてコメントが弾けた。
《え?》
《真琴!》
《なんか普通じゃね》
「……あ?」
一瞬の沈黙、困惑した空気が伝わってくる。
『……え、えっと~!』
次の瞬間、マスコットは全力で動き出した。
『ま、真琴ちゃんです~!』
『まことって読むんだよ~!』
『誠実で、ステキな名前だよね~♡』
《確かに》
《漢字はキレイ》
《清楚感ある》
(おい)
頭の中に低い声。
(本名言うやつがあるか)
(V、なめてんのか)
「知らねぇよ、急に言われたら本名しか出てこねぇだろ」
小声で返すが、コメントがさらにざわつく。
《本名なん!?》
《ガチ勢》
《覚悟決まってる》
ぬいぐるみは汗をかいているような仕草をしながら、必死に笑顔を作る。
『えへへ~!』
『真琴ちゃん、嘘つくの苦手でね~!』
『正直者なんです~♡』
なんか段々とこいつすげぇなと思い始めてきた。
(おい)
(黙ってうなずけ)
俺は言われた通りにうなずく。
それだけでコメントがまた流れ始める。
《素直》
《嫌いじゃない》
《応援したくなる~》
胸の奥が、まだ少しだけじんわりと温かくなる。
「……よろしく」
たったそれだけ。
でも不思議と空気は悪くなかった。
ぬいぐるみがホッとしたように肩を落とす。
『じゃあじゃあ~!』
『真琴ちゃんの初配信!ゆっくりいこ~!』
(次は)
(もう少し愛想を覚えろ)
ドスの利いた神の声が頭に響いていた。
ーーその後は正直、記憶があまりない。
《年齢は?》
「高校一年生……」
《なんでVやろうと思ったの~?》
「気付いたら、ここいいた」
《誕生日いつ~?》
「あー4月21日」
コメントがざわつくたびに、机の上のぬいぐるみが跳ねた。
『はいはい~!』
『細かい事はこれからゆっくりね~!』
『真琴ちゃん、今日が初日なんです~!』
俺は質問に答えるだけ。
飾らず、盛らず、嘘もつかず。
たまに空気を読み損ねると
(おい、今のは濁せ)
と、頭に声が響く。
「あ、そういうのは、後で」
ぎこちなく修正。
《不器用で草》
《でも正直》
気付けばコメントの流れは穏やかになっていた。
ぬいぐるみが時々こちらを見てうなずく。
(まぁ初日にしちゃ上出来だ)
知らないうちに胸の奥が少しずつ軽くなっていく。
そしてーー
『はーいっ!皆さーん!』
『気付けばお時間でーす!』
《もう終わり?》
《初配信だもんな》
《わちゃわちゃで草》
コメントの流れが速くなって、頭が追い付かない。
ふと視界の端で淡く光るゲージがわずかに伸びているのに気付いた。
「んだこれ?増えてる?」
『そりゃそうだよ~!』
『いいねも応援も、ちゃんと届いてるからね~♡』
『今日は初配信なのに、最後まで見てくれてありがとうございま~す!』
『コメントもいいねもすっごく助かりました~!』
《マスコット有能》
《本人より仕切ってる》
『はいっ!というわけで!』
『真琴ちゃん、最後に一言で~す!』
「一言!?」
間。
画面の向こうから、無数の視線を感じる。
「えっと……」
『「また来てください」でいい』
「……また、来て……ください」
《素直》
《言わされた感あって草》
ぬいぐるみが満足そうにうなずいた。
『よくできました~!』
『それでは皆さん!』
『いいね、フォロー!』
『よろしくお願いしまーすっ!』
「……よろしく、お願い、します」
自分でも何を言っているのか分からない。
そのまま画面がゆっくり暗くなっていく。
《おつ》
《おつまこ》
《次もくるわ》
文字が消え、音が途切れ
【配信を終了しました】
文字が消えた瞬間、世界が音もなく暗転した。




