第98話:達成報告
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二日酔いの翌日。
楓はピースのお世話のかいあって、すっかり元気になっていた。
「おはよう、ピース!」
「キュキュキュウ! キャキュゲ!(おはよう! カエデ!)」
「昨日はありがとう、助かったよ!」
「キュッキュン!(えっへん!)」
胸を張りながら嬉しそうにしているピースを見て、楓は満面の笑みを浮かべる。
それから楓は身支度を整えると、ピースと一緒に一階へ向かう。
「おはようございます、女将さん!」
「おはよう、カエデさん。昨日は大丈夫だったかい?」
「はい。ピースのおかげで、なんとか」
楓がそう口にすると、彼女の肩の上で再び胸を張ったピースを見て、女将も微笑みを浮かべる。
「そうだったのかい。ピースがあたいのところに来た時は驚いたけど、頑張ったんだね!」
「キュン!(うん!)」
女将からも褒められたピースは、少し気恥ずかしそうにしながらも元気よく返事をしていた。
「今日はお仕事、頑張んなよ!」
「ありがとうございます! いってきます!」
「はいよ! いってらっしゃい!」
こうして楓は宿を出ると、商業ギルドへと向かった。
歩き出してからしばらくして、楓は商業ギルドの手前にある冒険者ギルドが騒がしいことに気づいた。
「……どうしたんだろう?」
思わず足を止めた楓が呟くと、肩の上にいたピースがぴょこんと地面に下り、人垣の間をすり抜けていく。
「あ! ピース!」
ピースが行ってしまい、楓はその場で彼の帰りを待つしかなくなってしまう。
しばらくして、人垣の隙間から戻ってきたピースが、何があったのかを教えてくれる。
「もう! いきなり行かないでよ! 心配したよ?」
「キャイギョウキキャキャイキュ!(ライゴウが帰ってきてた!)」
「え? ……それって、ヴィオンさんもってことよね?」
ヴィオンが戻ってきたということは、王家からの指名依頼が終わったことを意味している。
気にはなってしまうが、冒険者ギルドにいるということは依頼の報告をしているのだろう。
そう思うと、邪魔をしてはいけないと思い、その場を離れようとした。
「カエデ!」
するとここで、楓を呼ぶ声がして振り返る。
「ティアナさん! どうしたんですか?」
声の主はティアナだった。
「ヴィオンが戻ってきたの。それで、話を聞こうと思ってね」
「そうだったんですね。私も気にはなっているんですけど、お邪魔かなと思って」
「あいつに限って、そんな風には思わないわよ。どう、一緒にくる?」
「いいんですか?」
「構わないわよ。ほら、いきましょう」
まさかの提案に驚いた楓だったか、そんな彼女の手を取りティアナは歩き出す。
迷惑ではないかと心配にもなった楓ではあるが、王家の依頼がどうなったのか、そちらの興味の方が勝り、何も言わずについていく。
「ヴィオン!」
すると手を引いていたティアナが声を上げたため、楓もそちらへ視線を向ける。
「ティアナ! それに、カエデさんも来てくれたのか!」
冒険者ギルドの受付で話をしていたヴィオンが振り返ると、笑顔で手を振ってくれた。
「お疲れ様です、ヴィオンさん」
「依頼はどうだったのよ!」
ヴィオンへ労いの言葉を掛けた楓とは違い、ティアナは依頼がどうなったのかが気になっていたのだろう、口を開くとすぐにそう問い掛けた。
「いきなりだな。……だがまあ、色々とあったがなんとかなったよ」
「え? それってつまり?」
「あぁ。依頼は達成されたよ」
ヴィオンの言葉に楓はホッと胸を撫で下ろした。
「そうなんですね。……よかったです」
「それにしても、色々って何があったの?」
楓が安堵の息を吐くと、続けてティアナが質問を口にした。
「うむ……ティアナは、Sランクのザッシュを覚えているか?」
「ザッシュ? ……あぁ、あいつね」
「覚えているならいい。ザッシュが依頼中に問題を起こしてな。やり合うことになったんだ」
「はあっ!? ちょっと、大丈夫だったの? あいつ、問題児だけど実力は本物だったはずよね?」
驚きの言葉にティアナは心配の声を上げた。
「なんとかな。ライゴウと、カエデさんが作ってくれた従魔具のおかげだよ」
「え? 私の従魔具ですか?」
突然名前が出てきた楓は、慌てて口を開いた。
「あぁ。ザッシュが背後からいきなり斬りかかってきたんだが、ライゴウの従魔具が俺を守ってくれてな。それから一戦やり合ったってわけだ」
「えぇっ!?」
「それで? ザッシュはどうなったの?」
ヴィオンの言葉に大慌てで声を上げた楓だったが、ティアナはいたって冷静な態度で話を続ける。
「依頼中の仲間割れ。しかも今回の依頼は王家の指名依頼だ。当然、捕らえようとしたんだがな……逃げられてしまった」
「あいつ、実力があるくせに、逃げるのも毎回上手かったもんね」
「だが、仲間の冒険者や王家に随行していた騎士を斬っての逃亡だ。証人もいるわけで、今は指名手配という形で行方を追っている」
「はぁ。あいつ、マジで問題児じゃないのよ」
頭を抱えるティアナに、楓が声を掛ける。
「あの、大丈夫なんですか?」
「ん? ……うん、大丈夫だよ。カエデは気にしないで」
「……分かりました」
「まあ、依頼は達成された! そこだけを見てくれればいいんじゃないか?」
空気が重くなったのを察したのか、ヴィオンが明るい声でそう口にした。
「……確かに、その通りね」
「本当によかったです」
そんなヴィオンの言葉にティアナが頷くと、楓も同じように呟いた。
そして、話がひと段落したと感じたティアナから、まさかの提案が口にされる。
「そういうことならさ、ヴィオン?」
「なんだ?」
「一つ、手合わせしてみない?」
「「……え? なんで?」」
ティアナの提案に対して、ヴィオンだけでなく楓からも困惑の声が上がった。




