第96話:美味しい料理と食事会
楓はまずフライパンを強火で温めると、新鮮なお肉の塊を手に取り、豪快に焼き始める。
ジュワアアアアっとお肉の焼ける音が広がり、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
片面だけではなく、全面をしっかりと強火で焼いていく。
「……これ、中は生のままではなくて?」
「切った時に中の方はピンクがかった赤色になっていますけど、生ではありません。中心温度が55度前後だったかな? でしっかりと火は通っている状態を作ります」
「詳しいのね」
「えっと……私がいた世界では、色々と調べることができる道具があったので、それを見て何度か作ったことがあるんです」
自分だけの知識ではないと伝えたかった楓は、調べただけなのだと口にする。
「だけれど、カエデさんが調べなければ分からなかったことでしょう?」
「それはまあ、そうですけど……」
「それならやはり、カエデさんが詳しいということじゃないかしら」
「……そうですね!」
自分の手柄にしていいものかと困ってしまう楓だったが、この世界にない調理法を持ち込んでいるのであれば、セリシャの言う通りかもしれないと思うことにした。
「……よし、焼けた! 続いてこの熱々のお肉を、こっちの保温性の高い布で包んで、しばらく放置です」
「え? 放置するの?」
放置と聞いたセリシャは驚きの声を漏らした。
「お肉自体がとても熱々なので、余熱で中まで火を通すんです。きちんとできているかどうかは、最後に切ってみないと分からないんですけどね」
楓は料理の説明をしながら、最後は苦笑を浮かべた。
「残りの料理はすぐにできますので、セリシャ様もお休みになっていてください」
「あら、そう? それじゃあ、私も隣の部屋で休んでおくわね」
「はい」
セリシャがそう答えると、彼女を見送った楓は改めて気合いを入れる。
「よし! それじゃあ、やりますか!」
それからの楓は生姜焼きはもちろん、こちらの世界の主食であるパンを使ったおつまみや、イモをスライスして揚げたチップスなど、様々なおつまみを作っていく。
香ばしい匂いが隣の部屋にも漂っていたのだろう、時折入り口の方からリディとミリー、さらにはラッシュまでもが覗き込んでいた。
楓が調理を開始してから一時間ほどが経ち、ようやく――
「お待たせしましたー!」
「「「待ってました!」」」
「ギャウギャウン!」
「全く、あなたたちは……」
「ありがとうございます、カエデさん!」
楓の言葉にティアナ、オルダナ、リディが居ても立っても居られないと言った感じで声を上げ、ラッシュに至っては涎をダラダラと流している。
そんな三人にセリシャは呆れた声を漏らし、ミリーは礼儀正しくお礼を伝えていた。
「まずはティアナさんがご所望の、生姜焼きです! パンも用意しているので、サンドイッチにしてどうぞ!」
「やったー! たくさん挟んじゃうんだからねー!」
「ギャウギャギャウ!」
「はいはい。ラッシュ君もだね」
ウキウキ気分でそう口にしたティアナ。
ラッシュもお目当てが生姜焼きだったのか、涎だけではなく、舌まで出しながら鳴いた。
それぞれの前に生姜焼きを置くと、続いて楓はたくさんのおつまみをテーブルに並べていく。
「パンを細長く切って揚げた揚げパンに、お芋チップス、ピリッと辛い香辛料も手に入ったので、それで野菜炒めも作ってみました」
「おぉっ! おりぇは辛いものがだいしゅきなんだ! 恩に着るじょ、嬢ちゃん!」
「……もしかして、オルダナさんって、もう酔ってます?」
ところどころ呂律が回っていないオルダナを見て、楓は心配そうにセリシャへ聞いてみた。
「どうやら、我慢ができなかったみたいね」
「がはははは! おりぇにとって、しゃけはみじゅみたいなもんだからな!」
楽しそうに笑いながら、オルダナはおつまみに手を伸ばしていく。
「コンコン」
するとここでレクシアが鳴いた。彼女の目線にあったのは、ピリ辛の野菜炒めだ。
「レクシアさん、辛いのは大丈夫ですか?」
「コンコンココン!(あれが食べたいわ!)」
わざわざ楓の足に体を寄せてから、レクシアが答えた。
「分かりました。よそいますからちょっとだけ待っていてくださいね」
ピリ辛野菜炒めをお皿によそい、レクシアの前に置いた。
「リディ君にミリーちゃんも食べていいよ。でも、オルダナさんが食べている野菜炒めはピリ辛だから、二人のはこっちね。もちろん、お肉もたくさん食べてね」
楓は子供たちのために、辛くない野菜炒めも作っていた。
こちらは香草で香り付けを行い、野菜の緑臭さを消したものになっている。
「あんがとな、姉ちゃん!」
「とっても美味しそうです!」
リディとミリーも嬉しそうに声を上げ、料理を食べ始めた。
「あら? カエデさん、最初に作っていたお料理がないみたいだけれど?」
楓が運んできた料理を見ながら、セリシャがそんなことを口にした。
「あれはメインディッシュなので、最後にお見せしようかと――」
「まだ何かあるのね!」
「なんだと! は、早くもってこにゃいか!」
楓の言葉を遮りながら、食い意地の張っているティアナとオルダナが前のめりになってそう口にした。
「……あなたたちねぇ!」
「あはは。まあ、いいですよ。すぐに持ってきますね」
さすがに注意しようかと思ったセリシャだったが、楓が苦笑しながら持ってくると口にしたため、口をつぐんだ。
それからすぐに運ばれてきたお肉の塊は、いまだ布に包まれたままだ。
「……これ、何?」
「お肉の塊を焼いて、保温性の高い布で包んだものです」
「……こにょまま食うのか?」
「さ、さすがにこのままでは……ちょっと待ってくださいね」
オルダナの言葉には苦笑いの楓だったが、すぐに布を解いてお肉を取り出すと、そこへ包丁を入れる。
薄く切ったお肉は、外はこんがり、中はセリシャへ伝えていたようにピンクがかった赤色の美しい色をしていた。
「こちら、ローストビーフという料理になります」
「え? ……これ、食べられるの?」
「赤いじゃねえか?」
「大丈夫ですよ。ほら」
疑惑の目を向けるティアナとオルダナ。
最初はそうなるだろうと思っていた楓は、みんなの目の前で一切れ、ローストビーフを口に入れた。
「…………んん~! 美味しい~! お肉がしっとりとしていた、お肉の旨味がしっかりと残ってます~!」
「そうなの? それじゃあ、私はいただくわね」
「俺もー!」
「私も!」
「ギャギャギャギャウウウウ!」
「コンコン!」
楓が美味しそうにローストビーフを頬張ると、セリシャ、リディ、ミリーと手を上げ、それぞれが口に運んでいく。
ラッシュとレクシアも元気よく鳴いたため、楓が切り分ける。
すると、三人と一匹は目を見開き、次の瞬間にはとろけるような表情で咀嚼を楽しんでいる。
「…………わ、私も食べるわよ!」
「俺もだ!」
みんなが美味しそうにしているのを見て、我慢できずティアナが声を上げると、続けてオルダナもローストビーフに手を伸ばす。
酔いが覚めたのか、口調がはっきりとしていた。
「……んん! …………な、何よこれ!?」
「こんな旨い肉、食べたことがないぞ!? 酒だ! 酒を持ってこい!」
ティアナとオルダナからも大好評をいただいたローストビーフに、楓は満足気に頷く。
「……キュキュ、キュキケッケ(……みんな、まだまだだね)」
最後にピースが楓の頭の上で、軽く肩を竦めた。
そのお腹はポッコリ膨らんでおり、楓が調理をしている間に味見というていで色々と食べていたのだ。
「はい、ピース。ローストビーフだよ」
「キキキュキー!(ありがとー!)」
とはいえローストビーフは食べていなかった。
お腹いっぱいのピースだったが、ローストビーフが相当美味しかったのか、一口頬張ると表情をきらめかせて、一気に口の中に詰め込んでいた。
そして、この日は遅い時間まで盛り上がり、従魔具店の改装を祝ったのだった。




