第90話:不安と恐怖
「ほんっっとうにありがとう、カエデ! このお礼は絶対にするからね!」
「お礼だなんて! 私は依頼をこなしただけですから!」
お互いに両手を重ね合わせながら、嬉しさのあまり飛び跳ねている楓とティアナ。
足元にはピースとレクシアがおり、二匹はやれやれと言った感じで肩を竦めている。
「さて、ティアナさん。支払いの方だけれど、いいかしら?」
ここでセリシャから現実的な話が口にされた。
「当然! 10万G? 30万G? 50万Gでもいいわよ?」
「た、高すぎますよ!」
「妥当ね」
「だ、妥当なんですか!?」
楓からすると高すぎると思っていた金額が、ティアナはセリシャからすると適正価格だった。
「正直、50万Gでも安いわよ?」
「そうね。でも、ティアナさんはカエデさんの友人ですし、友人割を適用して50万Gかしら」
「私たちは友人というよりも、姉妹かもしれないわよ?」
「あら、言うじゃないの」
そんな他愛のない会話を繰り広げながら、ティアナは大金を魔法鞄から取り出し、そのまま支払いを済ませてしまう。
(そ、そんな簡単に支払える金額じゃないと思うんだけどな~)
セリシャもササッと受け取ってしまうあたり、さすがはSランク冒険者と商業ギルドのギルドマスターなのだと、変なところで感心してしまう楓。
「そうだ、カエデ!」
するとティアナは満面の笑顔で楓に声を掛けてきた。
「なんですか、ティアナさん?」
「レクシアのために集めてきた材料がまだ余っているんだけど、貰う?」
「い、頂けませんよ! もしも頂くなら、適正価格で買い取ります!」
「私、別にお金に困ってないけど?」
「困っている、困っていないじゃないんですよ! ……あ、でも、ドラゴンの鱗とか、爪とか、ですよね? ……絶対に高いじゃないですか!?」
自分で疑問を完結させてしまい、思わずツッコミを入れる楓。
その姿にティアナは声を出して笑い、セリシャは苦笑する。
「安心なさい、カエデさん。ティアナさんが持っている材料は、商業ギルドで買い取るわ」
「いいの、セリシャ様?」
「あら、こっちには買い取らせてくれるのね」
「個人と組織は違うでしょう?」
「うふふ。まあ、その通りね。と言うわけで、カエデ。少しだけここで待っていてくれるかしら?」
話がポンポンと進んでしまい、楓は困惑顔で頷くことしかできない。
そうこうしているとセリシャとティアナが部屋を出てしまい、残された楓は立ち尽くしていた。
「……ギギュギャ?(……座ったら?)」
「……そ、それもそうだね」
ピースに言われてソファに腰掛けた楓は、閉まった扉に視線を向ける。
(……セリシャ様もティアナさんも、すごいな。お金の話になったら、私なんて何も分からないんだもの)
そんなことを考えていると、段々と共同経営の店舗で仕事をするのが怖くなってしまう。
従魔具職人として仕事をする分には問題ないが、事務作業が怖い。
セリシャやオルダナもサポートはしてくれるだろうが、それでも不安が頭をよぎってしまう。
「ギュギュ? キキキュイキ?(どうしたの? 大丈夫?)」
「……うん、大丈夫だよ。ありがとう、ピース」
心配そうに肩の上から顔を覗き込んできたピースに、楓は苦笑しながら答えた。
しばらくして、セリシャとティアナが戻ってきた。
だが、二人も楓が落ち込んでいるとすぐに気がつき、顔を見合わせる。
「どうしたの、カエデ?」
「何かあったのかしら?」
二人がすぐに楓へ声を掛けると、楓はゆっくりと口を開く。
「……私、共同経営でお店を持てるのかなって、不安になってしまって」
「えっ!? なんでよ、カエデ! あんな最高の従魔具が作れるのに!」
「ティアナさんの言う通りよ。何が不安なの?」
「……従魔具作りに関しては、少しずつですが自信を持てるようになってきました。ただ、事務作業が……私、常識知らずなところが多いですから」
楓の言葉にセリシャは合点がいった。
だが、ティアナは首を傾げるばかり。
二人の違いはもちろん、楓が異世界の人間かを知っているか、知っていないかだ。
「カエデは料理も上手だし、人当たりもいいし、全然いけると思うけどなー。常識知らずだなんて思わないし」
「……カエデさん、どうする?」
ティアナの言葉を聞いたセリシャは、唐突に楓へそう問い掛けた。
問い掛けられた楓は、質問の意図を十分に理解していた。
(……ティアナさんなら、大丈夫だよね?)
心臓が早鐘を打ちながらも、楓は一度大きく息を吐くと、意を決してティアナを見る。
「……ティ、ティアナさん!」
「ど、どうしたの、カエデ?」
「実は私、ほんっっとうに、常識知らずなんです! その理由があるんです!」
「常識知らずな理由? ……ものすごーい田舎から出てきた、とか?」
「実は私、この国の王族に異世界から召喚された、異世界の人間なんです!」
真実を伝える瞬間、楓は思わずぎゅっと目を閉じてしまった。
ティアナがどのような反応をするのか、それを間近で見るのが怖かったのだ。
(………………あ、あれ? 何も、反応が、ない?)
しかし、ティアナからは何かを言うでもなく、全く反応がない。
気になった楓が目を開けようとした――その時だった。
――ガバッ。
「ふえ?」
楓を包み込むようにして、ティアナが彼女を抱きしめていた。
「バーカ。それくらい、予想していたわよー」
「……え? そ、そうなん、ですか?」
「ってか、王族と知り合いの平民なんて、普通いないからね? 何かあるって考えるのが普通でしょうが」
「それは、そうですけど……」
楓が黙り込んでしまうと、ティアナは体を離した。
そして、楓の目を真っ直ぐに見つめる。
「異世界の人間だろうとなかろうと、カエデはカエデでしょう? 違うの?」
「……その通りです」
「あ! ということは、私のことを信用していなかったか~! いや~、残念だな~!」
「そ、そんなことありません! ティアナさんなら受け入れてくれるって、信じてました!」
ティアナが冗談で言った言葉に、楓は真剣な表情で答えた。
「うふふ。私もカエデのことを信じてるわよ。だから、そんな不安がらないでね?」
「……はい」
それから落ち着いた楓は、自分が思い悩んでいたことをセリシャとティアナに伝えることにした。
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