第87話:楓の真実
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「――……! カエデさん!」
「……セリシャ、様?」
目を覚ました楓が見たものは、心配そうにこちらを見下ろしていたセリシャの表情だった。
自分が従魔具作成中に倒れてしまったのだとすぐに理解した楓は、まず両手が動くかを確認する。
(……うん、動く。体もそこまできつくはなさそう)
そう思った楓は、普段通りに上半身を起こす。
「大丈夫なの、カエデさん?」
「はい。ご心配をお掛けしました」
楓の背中に優しく手を回したセリシャの問い掛けに、楓は苦笑しながら答えた。
(……今回の夢は、優しい夢だったな)
祖母との出会いが忘れられず、楓はどこか夢見心地のまま、そんなことを考えてしまう。
その表情が心配で、セリシャは再び問い掛ける。
「……本当に大丈夫なの? お医者様のところに行きましょうか?」
「え? あ、大丈夫ですよ! ほら、こんなに元気なんですから!」
自分が倒れていたこと、そしてセリシャが心配してくれていたことを思い出した楓は、慌てて力こぶを作りながら笑顔でそう口にした。
「……あ! それよりも、従魔具は? まさか、失敗しちゃいました!?」
そして、従魔具作成中に倒れたことまで思い出すと、従魔具がどうなったのか、そのことが心配になり声を上げた。
「……はぁ。カエデさんは、どこまでいってもカエデさんなのね」
「え? どういうことですか?」
「なんでもないわ。……聞きたいことは色々あるけれど、まずは従魔具を確認なさい」
苦笑しながらそう答えたセリシャは、ソファに寝かされていた楓に手を差し出す。
その手を楓が握るとグイッと引っ張られ、そのまま立ち上がる。
従魔具はセリシャの事務机に置かれており、楓はそちらへゆっくりと歩き出す。
「……すごい。完成していたんですね!」
楓の視界に映った完成したレクシアの従魔具を見て、彼女は歓喜の声を上げた。
「でも、この形でよかった? レクシアの動きの妨げにならないかしら?」
するとセリシャは完成した従魔具を見ながら、そう苦言を呈した。
「大丈夫です! ちょっとした仕掛けがあるので!」
「あら、自信満々なのね。カエデさんがそう言うのなら、大丈夫なんでしょうね」
従魔具職人として楓を信頼しているセリシャは、力強い言葉に納得して頷いた。
ここまでは笑みを浮かべながらの会話だったが、直後にはセリシャの顔が真剣なものに変わる。
「……ねえ、カエデさん?」
「なんですか?」
「あなた、何者なの?」
セリシャの問い掛けに、楓の心臓が早鐘を打ち始める。
質問の意図が何を差しているのか、それが不安でたまらないのだ。
「……えっと、私は私ですよ? 楓です」
「そうね。だけれど、スキルレベルがEXの、規格外の人間でもあるわよね?」
「それは……はい」
不安そうに頷いた楓を見て、セリシャは苦笑を浮かべる。
「カエデさん、不安にならないでほしいわ」
「……」
「別にあなたのことを責めているわけではないの。ただ、スキル以外にも規格外なことが多すぎて、普通の人間ではないのかも、そう思ってしまったから、気になってしまったのよ」
「……はい」
セリシャの言葉を受けて、それはそうだと楓も思う。
むしろ、今日まで何も聞かずにいてくれたことが、奇跡でもあり、不安になるのではなく、感謝するべきだとも思うのだ。
ただ、真実を伝えたところでセリシャがどう思うのか、今までのように接してくれるのか、それが心配でならなかった。
(……私って、自分勝手だなぁ)
そして、自分のことしか考えていないと、自覚してしまう。
不安なのはセリシャも同じだ。なんせ誰とも知れない人物を近くに置いてくれているのだから。
それが規格外の人間であれば、なおさらだろう。
何か秘密があるのではないか、実は犯罪者なのではないか、自分であればそう思ってしまうと、楓は内心で大きく息を吐く。
そこまで考えが至ると、自分のことばかりではなく、セリシャのことも考えて、今ここで真実を伝えるべきではないかと考え始めた。
「……分かりました、お伝えします」
このタイミングを逃せば、次の機会はいつになるのか分からない。
であれば、今ここで伝えるべきだと意を決した。
「まずは、この紙を見ていただけますか?」
最初に楓が取り出したのは、バルフェムに入る時に門番へ見せた、レイスが渡してくれた一枚の紙だった。
それを見たセリシャは目を見開き、紙と楓の顔の間で視線を何度も往復させる。
「……はぁ。なるほどね。カエデさんは、王家に関係のある人物だということね?」
「あー、いや。関係はないんですけど、連れてこられたと言いますか……」
「王家に、連れてこられた?」
そう口にしたセリシャは、頭の中で今までのことを思い返し、整理していく。
そして、ある可能性に行きついたのか、無言のまま目を見開き、その視線を楓に向ける。そして――
「……異世界からの、勇者召喚?」
「私は巻き込まれた身なんですけど、そうみたいです」
セリシャの言葉を肯定した楓は、苦笑いしながら頭を掻いた。




