第86話:レクシアの従魔具作成②
(……よし、できた。それじゃあ今度は、布状にした材料と、三つを融合させた材料、これらを――さらに融合させる!)
融合させた材料同士を、さらに融合させる。
二度手間のように見える行動だが、これが〈従魔具職人EX〉が導き出した、最高の形を作り出す方法だった。
(一度に全ての材料を融合させると、どうしても柄が均一になってしまう。それだと、私が求めるオシャレとは違ってしまうわ。だから、必要なものを一つずつ作り、それらを融合させることで、思い描いた通りの柄を作り出すのよ!)
額に汗を浮かべ、その汗が頬を伝い流れていくのにも気づかないほど、楓は従魔具作りに集中している。
そんな楓の邪魔をしないよう、無言のまま見守っているセリシャの存在が、楓に安心感を与えてその集中力をさらに増させていく。
(……〈従魔具職人EX〉、本当にすごいな。私が思い描いた以上の従魔具の作り方を教えてくれるんだもの。スキルに負けないよう、感謝しながらも、私も頑張らないとな)
スキルへの感謝と、それに胡坐をかかない楓の強い想いが、従魔具へと反映されていく。
強烈な赤い光を放ちながら、結果として五つの材料が一つになっていった。
「…………ふぅ」
一度息を吐いた楓。
自分が大量の汗をかいていたことに今になって気づき、腕で拭う。
それでもまだ完成ではない。
むしろ、ここからが山場と言えるだろう。
最も魔力を注ぎ込まなければならない、火竜の魔石。
そもそも、魔石というのは魔獣の心臓のようなものだ。
材料の中でも取り扱いが最も難しい部分であり、だからこそ大量の魔力を注ぎ込んで御しきる。
それが魔獣の中で最も凶暴と言われている竜種の魔石なのだから、より魔力が必要となってしまう。
何度も深呼吸を繰り返し、息を整えてから、火竜の魔石を手に取った。
「いきます!」
そう声に出しながら、楓は火竜の魔石に火属性の魔力を注ぎ込んでいく。
楓の体から、一気に魔力が放出されていく。
今までの従魔具作成の中でも、魔力が放出されていく速度が桁違いに速い。
一瞬でも気を抜けば、意識すらも持っていかれてしまいそうだと楓は感じた。
「くっ!」
思わず声が漏れる。
汗を拭う余裕はなく、まつ毛の先に付いた汗が煩わしく思えてならない。
衣服もびっしょりと濡れており、体に張り付いている。
「……セ、セリシャ様?」
「集中なさい」
「は、はい!」
従魔具職人が従魔具を作っているところを、セリシャは何度もその目で見てきた。
職人たちが今、何を煩わしいと思っているのか、不快に感じているのか、そのことにセリシャは気づき、楓のまつ毛や顔を伝う汗を優しく拭ってくれる。
その気遣いが嬉しく、そして気合いを入れるには十分なものだった。
(セリシャ様の優しさが、本当にありがたい。従魔具職人としてまだまだな私を、いつも支えてくれている。そんなセリシャ様の期待に応えるため、私は私にできる全力を注ぐんだ!)
ティアナのため、レクシアのため、そしてセリシャのために、楓は従魔具作成に全力を注いでいく。
今までで一番の赤い光が部屋いっぱいを埋め尽くし、それでもなお楓は魔力を注いでいく。
呼吸が乱れてきた。視界が霞む。それでも手に握る火竜の魔石の感触を確かめながら、魔力だけは切らせない。
どれだけの時間でそうしていたのか、定かではない。
それでも、楓は確かに感じていた。
握りしめた火竜の魔石が、楓の思い描いた形にその姿を変え、従魔具として生まれ変わった感覚を。
「カエデさん!」
直後、セリシャが自らの名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、すぐに応えることはできなかった。
その時にはもう、楓の意識はプツリと切れており、全身から力が抜け、セリシャに支えられているところだったから。
◇◆◇◆
(……あれ? 私、どうしたんだっけ?)
楓は夢を見ていた。
だが、そこは異世界ではなく、異世界に召喚された時でもなく、楓が小さかった頃の昔の夢だ。
『――ひっく、ひっく』
日陰になっている、平屋の裏手で膝を抱え、座り込みながら泣いている幼い頃の楓。
場所は母親と過ごしていたアパートではなく、田舎の風景を思わせる、そんなのどかなところだ。
『――おやおや。こんなところでどうしたんだい、楓?』
優しく声を掛けてくれた、一人の人物が近づいてくる。
(……あぁ。嬉しいな。また会えたんだ、おばあちゃん)
楓の祖母は、膝を抱えて泣いている楓の頭を、優しく撫でてくれた。
『――……わたしは、うまれてこないほうが、よかったのかな?』
『――そんなことはないよ』
『――でも、おかあさんは、わたしがいなかったらって、いったよ?』
そう口にした楓は、その母親に祖父母の家に連れてこられ、置いて行かれてしまっていた。
子供にとって、親に置いて行かれることがどれだけ心に強い傷を作るのか、考えたくもない。
『――楓は、わしらのことをどう思っているかな?』
『――……おばあちゃんとおじいちゃんのこと?』
『――あぁ、そうさ』
『――えっと……だいすきだよ?』
『――そうか。わしらも楓のことが大好きさ。きっと、お母さんもそのうち、気づくはずさ。それまでは、わしらが楓のことをしっかりと見ていくよ』
もしかすると祖母は、この時には楓のことを母親に変わって育てていこうと決めていたのかもしれない。
そう口にした祖母は楓の隣に腰掛け、肩を抱き、優しく抱きしめてくれた。
『――……へへ。おばあちゃん、あったかいね』
『――そうかい? うふふ、嬉しいね』
懐かしい記憶を夢に見て、楓は心が温かくなる。
(……ありがとう、おばあちゃん。私、別の世界に来ちゃったけど、楽しく、元気に頑張れてるよ)
そう思えたところで、視界が大きく歪んでいく。
ただ、楓の中に恐怖はない。
祖母が出てきた夢の中で、悪いことが起きるとは微塵も思っていないからだ。
(……また、会えるかな?)
『――今度は、おじいちゃんも一緒に遊ぼうね、楓』
楓の心の声が聞こえたわけではない。幼い楓との会話の一幕だ。
それでも今の楓には、祖母が楓の想いに応えてくれたのだと思えてならなかった。
(……ありがとう、おばあちゃん。今度は、おじいちゃんも一緒に――)
そこで、楓は夢から覚めたのだった。




