第83話:ティアナの帰還
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リディがオルダナの従魔具店で働き始めてから、三日が経った。
その間、楓は既製品の従魔具を作りながら、時折休憩がてらリディの様子を見に従魔具店へ足を運んだ。
リディは完成した従魔具の品出しやカウンター業務を行っているのだが、カウンター業務が大変らしい。
というのも、この世界の子供たちは楓がいた元の世界とは違い、しっかりとした教育制度が確立されていない。
そのため、簡単な足し算や引き算も満足にできなかったのだ。
「こいつはこうで、こっちがこうだな」
「えっと……ってことは……おつりが…………200G?」
「そういうことだ!」
そんなリディに対して、オルダナは熱心に計算を教えており、正解を導き出すたびに満面の笑顔を浮かべながら頭を撫でていた。
オルダナの従魔具店を訪れる客もリディの計算が遅いことに文句を言わず、笑顔で待っていてくれているのだから、バルフェムの人たちは本当に温かい人ばかりだと、楓は嬉しくなっていた。
「それじゃあ、私は戻りますね」
「またね! 姉ちゃん!」
「また来いよ」
軽く雑談をした楓が商業ギルドに戻るため声を掛けると、リディとオルダナから元気な返事があった。
そうして通りを歩いていると、楓としては早く再開したいと思っていた人物を見つけ、自然と駆け足になる。
「ティ、ティアナさーん!」
「あ! カエデー!」
名前を呼ばれたティアナは振り返ると同時に楓の名前を口にし、そのまま飛び込んできた楓を抱きとめた。
「おかえりなさい!」
「ただいまー。……って、なんでここにいるの? 商業ギルドは?」
優しく楓の頭を撫でていたティアナだったが、ふとした疑問を口にしながら体を離す。
「実は、従魔具職人として色々ありまして……でも、そのあたりの話もしたいので、とりあえず商業ギルドに行きましょう!」
「言っておくけど、商業ギルドは私たちの溜まり場じゃないのよ~?」
軽くジト目を向けながらそう口にしたティアナを見て、楓は苦笑いしながら頬を掻く。
とはいえ、ティアナも本気でそう口にしたわけではなく、表情はすぐに苦笑へと変わる。
「……なんてね。セリシャ様にも挨拶をしたかったし、ちょうどいいわ」
「よかった! それじゃあ行きましょう! レクシアさんも!」
「コンコーン」
リディの成長に嬉しさが溢れていた楓は、ティアナとレクシアと再会できたことで、より嬉しさが倍増していた。
だからだろう、商業ギルドに戻ってくると、セリシャから呆れたような顔をされてしまう。
「……カエデさん? もしかして、スキップしながら帰ってきたのかしら?」
「え? ……さあ? そういえば、嬉し過ぎてどうやって帰ってきたか覚えていませんね?」
「ものすごく高く跳ねたスキップをしていたわよ?」
「えぇっ!? 嘘ですよね、ティアナさん!!」
ものすごく上機嫌だったのが傍から見ても分かったのだろう、セリシャは苦笑しながらそう問い掛けたのだが、楓は思い出せずにコテンと首を横に倒す。
そこへティアナがニヤニヤしながらそう答えたため、楓は顔を真っ赤にして声を上げた。
「あはははは! 冗談だよ、じょーだん!」
「へ? じょ、冗談? …………ティ、ティアナさーん!!」
「あはは! ごめん、ごめんって、カエデー!」
大笑いし始めたティアナを見て、楓はその背中をポカポカと両手で叩く。
二人がじゃれ合い始めたのを見たセリシャは、苦笑しながらお茶を入れ始める。
「それで? ティアナさんが帰ってきたということは、レクシアの従魔具を作るための材料が集まったということでいいのかしら?」
お茶をテーブルに並べながらセリシャがそう口にすると、楓もハッとした表情で動きを止め、その視線をティアナに向ける。
「……それ、本当ですか?」
「なんのために数日間、バルフェムを離れていたと思っているの?」
「ココンコン」
ニヤリと笑ったティアナに続いて、レクシアも嬉しそうに鳴いた。
その姿を見た楓は従魔具職人の表情となり、姿勢を正して口を開く。
「……オーダーメイド、作らせてくれますか?」
「逆よ、カエデ。レクシアのオーダーメイド、お願いしてもいいかしら?」
「はい!」
従魔具店の内装を考えるとなれば、自然と楓は忙しくなる。
その前にレクシアのオーダーメイド従魔具を作れると分かった楓は、今できる全力を持って作り上げようと、心の中で強く誓った。
「それじゃあ、材料を出していくわね」
「お願いします!」
そしてティアナは、テーブルの空いているところに魔法鞄から、レクシアのために集めた従魔具の材料を出していった。




