第82話:従業員の確保
「なあ! 俺はいつから働けるんだ?」
お試し期間とはいえ、仕事が決まったリディは嬉しそうにそう声を掛けてきた。
「どうしましょうか、オルダナさん?」
「おいおい。そのあたりは考えていなかったのか?」
楓がオルダナに問い掛けると、彼は呆れたように問い返してきた。
「酷いですね、ちゃんと考えてますよ? でも、オルダナさんにお任せすることになりますけど、いいですか?」
「なんで俺にお任せなんだよ!?」
「だって、私は店舗を持っているわけじゃないですし、オルダナさんの従魔具店に置いてもらって、仕事を覚えてもらうんです」
「マジか! やったー!」
オルダナの問いに楓が答えると、リディは嬉しそうに諸手を上げた。
そこへオルダナが待ったをかける。
「ちょっと待て! それなら何か? 俺がリディの面倒を見ながら、店も見るってことかよ!?」
「お試し期間を与えると言ったのだから、その責任は取りなさいよね、オルダナ」
「セリシャ様まで……はぁ。分かったよ」
頭をガシガシと掻きながら、オルダナは覚悟を決めた。
とはいえ、楓もお任せにするとは言ったが、半分は冗談だ。
自分がリディを傍に置くよう提案したのだから、自分でも責任を果たすつもりでいる。
「既製品作りばかりしてたら、セリシャ様に怒られちゃいますし、私もこちらに顔を出してもいいですか?」
「姉ちゃんも来るのか!」
「オルダナさんが許してくれたらだけどね」
「来い! いつでも来い! それでリディの面倒を見ろ! いいな!」
楓の提案にリディは喜び、オルダナも即答してくれた。
その姿を見た楓とリディは顔を見合わせると、同時に笑い合う。
「うふふ。どうやら、やる気のある従業員を確保できたみたいね」
その横でセリシャはそんなことを小声で呟いており、誰の耳にも届いていなかった。
「それじゃあ、俺は孤児院に戻ってシスターに伝えてくるね! ありがとう!」
それからしばらくして、リディは元気にそう告げると従魔具店をあとにした。
親がいないとはいえ、今の保護者代わりは孤児院のシスターということなのだろう。
楓は時間を見つけて、孤児院にも挨拶に伺わなければと思っていた。
「リディ君、とてもいい子でしたね」
「そうか? 俺には我がままなガキにしか見えなかったがなぁ」
楓の言葉にオルダナは首を傾げながらそう口にした。
とはいえ、放っても置けないと思っていたのは事実なのだろう。
その表情はどこか、安堵のものに変わっていたからだ。
「心配だったんじゃないですか?」
「あぁん? ……まあ、そうだな」
「あれ? 今は素直なんですね」
「おい、嬢ちゃん? 俺のことをからかってんのか?」
ニコニコしながら楓が答えたため、オルダナはジト目を向けながら口を開いた。
「……まあ、そうだな。親がいないってのは、大変だ。俺には正直、想像がつかねぇ。だから、従魔具職人になってほしくないって思ったんだ」
「そうだったんですね」
「だが……結局のところ、何を仕事にするにしても、そいつのやる気次第なんだよな」
ガシガシと頭を掻きながら、オルダナはリディがいなくなったあとの、閉まった扉に目を向ける。
「……確かに、その通りですね」
「そのお手本みたいな人が、カエデさんですものね」
「わ、私ですか?」
そこへセリシャが声を掛けてきたので、楓は驚きのまま返事をした。
「私が見てきた中で、従魔具職人として誰よりも楽しそうに仕事をしているのが、カエデさんなんだもの」
「だって、楽しいですよ? 従魔具職人」
「そう思えること自体が、すげえってことさ」
「そうですか? 従魔たち、可愛いじゃないですか! カッコいい従魔もいますけど!」
楓が笑顔でそう口にすると、オルダナとセリシャは苦笑しながら頷く。
「今回ばかりは、嬢ちゃんの言う通りだな!」
「うふふ。その通りね」
「えぇ~? 今回だけですか? 私、結構まともなこと言ってません?」
そう口にした楓は、リディがやってきたことで話が途中だったことを思い出した。
「あ! そうだ、忘れてました!」
「なんだ? 何かあったのか?」
「オルダナさん! 私、内装に関しても従魔を第一に考えて、従魔のための内装を考えますね! 奥様の意思を引き継げるように!」
楓の言葉を聞いたオルダナは一瞬だけ驚いたような表情をしたあと、すぐに柔和な表情に変わる。
「……あぁ。ありがとよ、嬢ちゃん」
こうして店舗の話し合いも終わり、楓とセリシャは商業ギルドへと戻っていった。




