第81話:少年の名は?
「……ねえ、君。従魔具職人でもないのに、いったいどうやって勝負をするつもりなのかしら?」
困惑気味の楓に変わり、セリシャが冷静にそう声を掛けた。
「どうやって……えっと…………知らねえ!」
「バカかお前は!」
「いでっ!?」
胸を張りながらはっきりと「知らねえ!」と答えた少年の脳天に、オルダナのゲンコツが炸裂した。
「~~!? な、何すんだよ、オルダナさん!!」
「何もクソもあるか! 嬢ちゃんは立派な従魔具職人だ! お前が勝負を挑めるわけがないだろうが!」
「で、でもさ~!」
「……あ、あの~?」
オルダナと少年が言い合いを始めたところで、勝負を挑まれた楓が小さく手を上げながら口を挟んだ。
「んだよ!」
「口に気をつけろ!」
「あ、あはは……えっと、私は楓。君の名前を聞いてもいいかな? なんて呼んでいいのか分からないんだ」
ここまでのやり取りの中で、楓は少年の名前を聞いていないことに気がついた。
何かを提案しようにも、名前が分からず声を掛けられなかったのも、自己紹介をした理由になっていた。
「なんで言わなきゃならねえ――いだっ!?」
「だからお前は!」
「ぐぬぬ! …………リディだよ!」
少年――リディは頭を押さえ、涙目で楓を睨みつけながら名乗った。
「ありがとう。ねえ、リディ君。君は従魔具職人になりたいの? それとも、オルダナさんが言ったみたいに、仕事に就きたいだけ?」
「そんなんじゃねえよ! 仕事には就きたいけど、ちゃんと従魔具について学びたいって本気で思ってんだ!」
楓の質問にリディは怒声を響かせながらも、自らの想いをはっきりと口にした。
「そっか。……オルダナさん。私はやっぱり、リディ君を傍に置いてあげてもいいと思います」
すると楓は、改めてオルダナにリディを傍に置くよう提案した。
「だがなぁ……」
「それじゃあ、どうしてダメなんですか?」
「そ、そうだよ! どうしてダメなんだよ、オルダナさん!」
楓に続いてリディも声を上げた。
するとオルダナは渋面になりながら、傍に置かない理由を口にする。
「スキルってのは、本当に大事な要素だ。だから、ここでの働きが無駄になってほしくねぇ」
「でも、リディ君が〈従魔具職人〉を授かれたら、ここでの経験はとても有意義なものになるんじゃないですか?」
「それは、そうだが……うーん……」
腕組みをしながら首をひねるオルダナ。
どうして彼がここまで悩むのか、楓は一つの答えに行きつく。
「……もしかして、〈従魔具職人〉が外れスキルだからですか?」
楓の質問に、オルダナは渋面のまま頷く。
「他の都市で〈従魔具職人〉は完全な外れスキルと言われている。バルフェムでも、そう思っている奴らがいるくらいだ」
「だから、リディ君には別の可能性を示してあげたいと?」
「そりゃそうだろう。それに、〈従魔具職人〉を授かったあとの大変さは、俺が一番よく分かっている。あんな大変な思いを、ガキにさせたくはないって話さ」
「でもそれって、オルダナさんの思い込みじゃないですか?」
どうして〈従魔具職人〉を授かると大変になるのか、それが楓には分からなかった。
それは楓が現在進行形で、従魔具職人として楽しく仕事をしているからだ。
「私は楽しいですよ、従魔具職人」
「そりゃあお前、スキルレベルが――」
「レベルだって、私はここにきて初めて知りました。たぶんですけど、レベルが低くても私は従魔具職人として、楽しく仕事をしていたと思います」
楓の答えを聞き、オルダナは瞬きを繰り返す。
「だって私、モフモフが大好きだから!」
「……モ、モフモフだって?」
「はい! 従魔たちって、モフモフが多いじゃないですか! あの毛並みに触れたり、包まれたりするのが最高なんですよ! あ、もちろんモフモフじゃなくても問題ありません! 従魔はどれも可愛いですからね!」
楽しそうに笑いながらそう答えた楓を見て、オルダナはポカンとした表情から苦笑に変わる。
そして、その視線をリディへ向ける。
「……ったく。おい、リディ」
「は、はい!」
「さっきも言ったが、従魔具職人ってのは、あまり喜ばれない職業だ。スキルを授かったとしても、外れスキルとして未来永劫、誰からも下に見られるかもしれねぇ。その覚悟があるなら――」
「ある!」
「……即答かよ」
リディはオルダナが言葉を言い切る前に、自分の覚悟を口にした。
「俺だって従魔が大好きだ! オルダナさんに教えてもらいたいって思えるくらいに好きなんだ! だから、お願いします! 弟子にしてください!」
「弟子にはしねえ! まずはお試し期間だ! んで、本当にスキルで〈従魔具職人〉を授かれたら……まあ、その時に考えてやる」
「やった! ありがとう、オルダナさん!」
「だがなあ!」
お礼を口にしたリディだったが、そこへオルダナが大きな声で苦言を呈す。
「嬢ちゃんへの態度はいただけないな! ちゃんと謝れ! そうじゃなきゃ、今の話は全部なしだ!」
オルダナは楓のことを認めている。人としても、従魔具職人としても。
だからこそ、楓を侮ったような態度を取ったリディに怒っていた。
まずは謝罪をしてから。それが、オルダナの答えだった。
「……あの、カエデ、さん」
「はい」
「…………さっきは……ごめん、なさい」
「うん、いいよ」
「……………………ありがとう」
こうしてリディからの誤解も解けた楓は、笑顔で彼を許し、親交を深めることができたのだった。




