第78話:材料集めへ向かうティアナ
ヴィオンとライゴウを見送ってから、三日が経った。
その間、楓はいつもと変わらず既製品作りに精を出していたのだが、頭の中では少しだけ違うことを考えていた。
(……ティアナさんと、会えてないなぁ)
ヴィオンとライゴウを見送った日、ティアナはレクシアの従魔具をオーダーメイドしたいということを口にしていた。
楓としてはもちろん受けたいし、むしろこちらからお願いして作りたいと思っている。
しかし、その日以降ティアナとレクシアとは顔を合わせておらず、いつになったら依頼をしてくれるのか、それが気になって仕方がなかった。
――コンコンコン。
するとここで、セリシャの部屋の扉がノックされた。
『――ギルマス。ティアナ様がお見えになっています』
――ガタン!
扉の向こうからはエリンの声がしたのだが、その内容を聞いた楓は思わず腰を浮かせてしまう。
「……通してちょうだい」
『――かしこまりました』
エリンの足音が遠ざかっていくのを聞き、楓は申し訳なさそうにセリシャを見る。
「す、すみませんでした」
「うふふ。どうやら、待ち人が来てくれたみたいね」
「……気づいていたんですか?」
「いつもと様子が違うとは思っていたけれど、その相手がティアナさんだったとはね」
恥ずかしそうに苦笑いをした楓を見て、セリシャは優しく微笑む。
「気になっていることが解決したらいいわね」
「……はい」
そう声を掛けたところで、再び扉がノックされる。
『――ティアナ様をお連れしました』
「開けていいわよ」
扉が開かれると、エリンが扉を押さえ、そこからティアナとレクシアが中に入ってきた。
エリンはそのまま会釈をして離れていく。
「お久しぶりね、ティアナさん。カエデさんはあなたを待っていたようだけれど」
「ちょっと、セリシャ様!?」
自分が待ち遠しくしていたと知られてしまい、楓は大慌てで声を上げた。
「もしかして、私がオーダーメイドをしてほしいって言ったから?」
「……はい」
楓がそう返事をすると、何故かティアナは申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「……何かあったんですか?」
「あったというか、何もないからって感じかな」
「……どういうことです?」
楓が首を傾げながら問い掛けると、ティアナが理由を口にする。
「カエデに従魔具をオーダーメイドしてもらいたいのはそうなんだけど、まだ材料が集まっていないのよね」
「そうだったんですね」
「だから、材料集めのために、少しだけバルフェムを離れようと思っているの」
ティアナの発言を聞いて、楓はドキッとしたのを感じた。
「……不安になっちゃった?」
楓の気持ちが顔に出ていたのか、ティアナは苦笑しながらそう声を掛けてきた。
「あ……す、すみません。その、なんていうか……不安、なのかも」
自分でもどうして不安になってしまったのか分からず、楓は胸の前でぎゅっと両手を握りしめる。
その姿を見たティアナは、柔和な笑みを浮かべながら楓へ近づき、優しく肩を抱く。
「戻ってこないわけじゃないわよ? レクシアの従魔具の材料を集め終わったら、すぐに帰ってくるんだから」
「……はい」
「全く、この子は。私よりもお姉さんなのにね」
姉妹が逆転しているかのような関係に、ティアナは笑いながら楓の頭を撫でる。
「セリシャ様。カエデのこと、よろしくお願いしますね」
「言われなくてもそうするわ。なんせカエデさんは、立派な従魔具職人として、商業ギルドのパートナーみたいなものですからね」
「立派かは分かりませんけど、精いっぱいやらせていただきます」
涙が零れ落ちる前に袖で拭い、楓は力強い表情でそう口にした。
「頼もしいわ」
「レクシアも挨拶しなさい」
セリシャがそう口にすると同時に、ティアナはレクシアにそう声を掛けた。
するとレクシアは楓の足元へ移動し、体を添わせた。
「コンココン。コンコココンコクン(安心しなさい。ティアナのことは私が守るわ)」
「ありがとう、レクシアさん。だけど、レクシアさんも無事に帰ってきてくださいね」
「コココン(当然よ)」
それからティアナは、楓とセリシャに軽く手を振り、レクシアと共に部屋をあとにした。
その姿を目に焼き付けた楓は、寂しい気持ちはあれど、これがレクシアのためなのだと考えれば、我慢ができる。
(……ティアナさんが材料を集めている間に、私はもっと従魔具職人としての腕を磨かなきゃ! そして、レクシアさんに最高のオーダーメイド従魔具を作るんだ!)
そう心に強く誓った楓は、視線をセリシャへ向ける。
「セリシャ様! 私、もっともっと頑張りますね!」
「既にものすごく頑張ってくれているのだけれどね。でも、カエデさんがそう言ってくれるのは、私としては嬉しい限りだわ」
こうして楓は、より一層従魔具作りに精を出すのだった。




