第77話:王城での会話⑤
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王都の門前には、少数精鋭で集められた騎士、そして王家からの指名依頼を受けた上級冒険者たちが集まっていた。
その先頭に立つのは平民に化けた、王子であるアッシュとレイス、そして二人の護衛騎士であるケイルとミリアだ。
彼らはアッシュとレイスの母親である王妃の病気を治すため、その薬草を採りに向かうために集まっている。
それはつまり、薬草の生えている場所がとてつもなく危険な場所であり、強力な魔獣の生息地でもあるということだ。
「どうだ? 全員集まったか?」
アッシュの問い掛けに、ケイルが首を横に振る。
「Sランク冒険者が一名、まだ到着しておりません」
「ヴィオン、という冒険者です」
ケイルに続いてミリアが口を開いた。
「Sランク冒険者か……ならば、待つべきだろうな」
「ですね」
アッシュのため息交じりの言葉に、レイスも同意する。
冒険者の中でもSランク冒険者は特別な存在だ。
集まっている上級冒険者の内、Sランク冒険者は二名しかおらず、残りはAランク冒険者だ。
Sランク冒険者は、Aランク冒険者が一〇人集まっても勝てないと言われており、一騎当千の実力者だとも言われている。
集合時間まではもう少しだけ猶予があり、ギリギリまで待つ構えを見せていた。
――ゴウッ!
そこへ、突如として突風が吹きすさぶ。
広い範囲で砂煙が舞い上がり、一瞬だが視界が遮られてしまう。
「な、何事だ!?」
声を上げたのはアッシュだ。
ケイルは万が一に備えて腰の剣に手を伸ばし、アッシュを守る構えを見せる。
「遅くなりました!」
そこへ男性の声が響き、徐々に晴れていく砂煙の中から声の主が姿を見せる。
その背後には大きな鳥の従魔がおり、アッシュやケイル、レイスとミリアも目を見張る。
「Sランク冒険者、ヴィオン。従魔のライゴウと共に参上いたしました」
「……お、おぉ。そなたが最後の一人だな。冒険者たちのところへ移動してくれるだろうか?」
なんとか我に返ったケイルがヴィオンに声を掛けると、彼は素直に頷き、顔見知りが多くいる冒険者が集まっている場所へ向かった。
「……Sランク冒険者、ヴィオンか。どうやら、待ったかいがありそうだな」
続けてアッシュが口を開くと、ケイルは無言で頷いた。
「よし! これで全員揃ったな!」
気を取り直したアッシュが声を上げると、王子の表情となり騎士や冒険者たちの前に立った。
「今回は依頼を受けてくれて感謝している。詳しい説明をここを離れたのちに説明させてもらうが、我らにとっては非常に切羽詰まっている状況だということは分かってもらいたい」
アッシュがそう声を掛けると、事情を知っている騎士たちとは違い、冒険者たちは顔を見合わせている。
「ちょいといいかい?」
するとここで、金髪の男性冒険者が前に出てきて声を掛けてきた。
「なんだ?」
「俺たちは危険を承知でここまで来たんだ。依頼を断るつもりはねえが、だからこそすぐに事情を説明するべきじゃねえのか?」
「貴様、口の利き方に気をつけろ!」
やや乱暴な言い回しに、ケイルが苛立ったように声を上げた。
「あぁん? なんだ、てめえは? 俺はそっちのあんちゃんに話をしてるんだが?」
「貴様!」
「ザッシュ! お前、何をしているんだ!」
腰の剣を抜きかけたケイル。
そこへヴィオンの声が響き、間一髪で思いとどまった。
「……んだよ、ヴィオン?」
「彼らには彼らの事情があるんだろう? それを承知で依頼を受けたんじゃないのか?」
「だからなんだってんだ? てめぇ、同じSランクだからって、俺と同等だと思ってんのか? あぁん!」
Sランク冒険者のザッシュ。彼の敵意がケイルからヴィオンに向く。
鼻の頭がぶつかるんじゃないかという距離で、お互いがさらに言葉をぶつけ合う。
「同等だなどとは思っていない」
「んなら口を挟むんじゃねえぞ?」
「彼らは何も依頼内容に反していないと言っているんだ。あとから説明すると言っているだろう?」
その後は無言のまま睨み合っていた両者だが、話にならないと思ったのか、ザッシュの方が舌打ちをしてから踵を返す。
「納得の説明じゃなかったら、俺は途中でも抜けるからな」
最後にそう口にしたザッシュは、冒険者たちを肩で吹き飛ばし、睨みつけながら奥の方へ姿を消してしまった。
「……はぁ。同じSランクが、申し訳ありませんでした」
ザッシュの姿が見えなくなったタイミングで、ヴィオンはアッシュとケイルに頭を下げた。
「いや、あなたが謝る必要はない。むしろ、こちらも怒りを買う覚悟であのような指名依頼を出していたのだからな」
「ですが、殿下……」
「この場ではアッシュだ」
「……はい」
納得がいかないケイルだったが、呼び方を指摘され、すぐに口をつぐむ。
「話は変わるが、ヴィオンと言ったか? そなたの従魔は素晴らしいな。それに、従魔具も」
ザッシュにこれ以上の時間を費やすのが面倒だと思ったアッシュは、話題をヴィオンの従魔、ライゴウに変えた。
「実は、この従魔具を受け取るために、遅くなってしまいました。申し訳ございません」
「そうだったのか? であれば、何も問題はない。それが、依頼を成すために必要だと思ったのだろう?」
「はい」
即答したヴィオンに、アッシュは頼もしさを感じていた。
「それでは、私も失礼いたします」
そこでヴィオンが頭を下げると、そのまま冒険者たちのところへ戻っていった。
「……ザッシュという冒険者、いかがなさいますか?」
「Sランクであることに違いはない。不安要素ではあるが、今の俺たちには必要な戦力だからな」
「……分かりました。警戒しておきます」
そんなアッシュとケイルのやり取りを遠目に見ていたレイスとミリア。
「……ねえ、ミリア。ヴィオンさんって、バルフェムの方からこっちに来たよね?」
「え? いえ、その……申し訳ございません。確認していませんでした」
「そうか。いや、ならいいんだ」
そのレイスは、アッシュよりもヴィオンとその従魔、ライゴウに視線を向けていた。
(先日のアマニール子爵の老ドラゴンに両翼を与えたという従魔具職人。……あれはおそらく、カエデ様だろう。もしかすると、ヴィオンさんの従魔が付けている従魔具も……)
そんなことを考えながら、レイスは自然と笑みを浮かべていたのだった。




