第67話:王城での会話④
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――王家から、指名依頼が出された。
莫大な報酬の引き換えとして、受けてから依頼内容は提示されるというもの。
どうしてそのような内容で依頼が出されたのか、それは王妃が病に臥せっていることを、他国に知られないようにするためだ。
フォルブラウン王国は平和な国で、一〇年以上も戦争とは無縁の統治をし続けている。
しかし、王妃が病に臥せっていると知られれば、そうはならないだろう。
武力での戦争とは違った、知略での戦争が始まってしまう。
「どうだ? 依頼を受けてくれた冒険者はいたか?」
第一王子であるアッシュ・フォンブラウンの問い掛けに、彼に護衛騎士であるケイル・ヴォイドは渋面を浮かべてしまう。
「いるにはいますが……想定の半分以下しか受けてくれませんでした」
「そうか。報酬を高く設定すれば、なんとか集まってくれると思っていたのだがな」
確かに、一攫千金を目論んで冒険者になる者の中にはいるだろう。
事実、王家からの依頼に飛びついた冒険者の中には、まさしく一攫千金を手にするためだと依頼を受けた者もいる。
しかし、いくらお金があったとしても、命を落としてしまえば意味がない。
手にしたお金を使うこともできず、生きていたとしても五体満足でなければ、その後の人生に大きなハンデを背負うことにもなってしまう。
冒険者に限ったことではないが、お金はもちろん大事だが、それ以上に自らの安全が何よりも大事なのだ。
「ミリア。君の知り合いの冒険者はどうなのだ?」
アッシュの部屋には現在、第二王子であるレイス・フォンブラウンと、彼の護衛騎士であるミリア・カリサレスもいた。
王家からの依頼と言うことで、アッシュとレイスで依頼を受けてくれた冒険者の情報を集めていたのだ。
「申し訳ございません、王太子殿下。ティアナは依頼を断りました」
「そうなのか? ……Sランク冒険者ということで、期待をしていたんだがな」
「ミリア。お前の頼みでどうにか受けてもらえないのか?」
渋面を濃くしたアッシュに変わり、ケイルが厳しい表情でそう口にした。
「申し訳ございません、ケイル様。私からの頼みであっても、ティアナは受けてくれないかと思います」
「何故か?」
「ティアナは冒険者であり、自由を最も大切にする人物です。今回の依頼を断ったことにも、何か理由があるはずなのです」
「そこをなんとかするのが、お前の役割ではないのか?」
ケイルの呼び方が「ミリア」から「お前」に変わった。それだけ苛立っているということだ。
「無理を言うものではないよ、ケイル」
そこへ立場上、ミリアの主であるレイスが口を開いた。
「冒険者たちにも選ぶ権利がある。それに、依頼内容を詳しく示さなかったのには、断わることも良しとする、そういう意図があるのだと言わなかったかい?」
「そ、それはそうですが、この人数では……」
レイスの言葉にはケイルも強くものを言うことができず、口ごもってしまう。
「……まあ、ケイルの言いたいことも分かるよ。だけど、そのことでミリアを責めるものではないってことさ」
「そういうことだ。すまなかったな、ミリア」
「そ、そんな! 勿体ないお言葉でございます、王太子殿下!」
今度はアッシュが口を開き、さらに謝罪まで口にしたことで、ミリアは恐縮しきりにぺこぺこと頭を下げた。
「とはいえ、実際問題どうしたものかな」
「母上を助けるために必要な薬草の採取。そこへ行くまでの道のりには、危険な魔獣がいるんですよね?」
冒険者たちに無理強いはできない。
それをすれば、フォルブラウン王国から冒険者が大量に流出する恐れがある。
だからといって足りない戦力を王家が抱えている戦力で賄おうとすれば、フォルブラウン王国に何かが起きていると他国から探りを入れられることになってしまう。
一度の遠征で薬草を採取できれば問題はない。王妃の病が完治すればいいのだから。
しかし、もしも採取に失敗してしまえば、次の遠征の時に他国から何かしらアクションがあるかもしれない。
「兄上。父上……陛下はどのようにお考えなのですか?」
ここでレイスがアッシュへ問い掛けた。
「……陛下は以前、気を落としたままで、何も判断ができない状況だ。まあ、幸か不幸か、軍を率いて薬草を採りに行く、なんて強硬手段を取らないだけマシなのかもしれないがな」
二人の父親であり、フォルブラウン王国の国王でもある陛下は、王妃が病に臥せってからというもの、気を落として自室に引きこもってしまっていた。
王妃の傍から離れたくなかったのだ。
そのせいもあり、現状ではアッシュとレイスが大臣たちと共に国政を担っているが、それもいつまで続けられるか分からない。
故に二人は、一刻も早く王妃の病を治すための薬草を採取する必要があった。
(ミチナガたちも間違いなく成長しているが、ケイルやSランク冒険者たちと比べればまだまだ劣る。足りない戦力を、どうやって掻き集めるべきか……)
アッシュがそんなことを考えている間、レイスはまた別のことを考えていた。
(カエデ様はどうされているだろうか。ティアナが依頼を断ったことに、彼女は関わっているのだろうか。……もしも、カエデ様が作った従魔具をつけた従魔たちが遠征に加わってくれたなら、どうなるだろうか)
足りない戦力をどうするべきかを考えているのは、二人とも同じだった。
しかし、その戦力をどうやって集めるのか、その点で二人の考えは大きく異なっていた。
((……さて、どうしたものか))
結局、アッシュもレイスも、それぞれの考えを口に出すことはなく、お互いの心のうちにしまったまま、時間だけが過ぎていった。




