第66話:同郷の者、出会った者への想い
――その日の夜。
楓は宿に戻ると、ベッドへ横になりながらティアナが口にしていた王家からの依頼について考えていた。
「……王家からの依頼って、絶対に王妃様のための依頼、だよね」
そう呟いた楓の脳裏には、一緒に召喚された道長、鈴音、アリスの顔が浮かんでいた。
「……みんな、大丈夫かしら?」
そう呟いた楓だったが、すぐに苦笑を浮かべることになる。
何故なら楓は、見方を変えれば道長たちを置いて城から逃げ出した立場だからだ。
自分は彼らのことを心配できるような立場ではないのではないか、そんなことを考えると、自然と苦笑が浮かんでしまった。
「……私って、自分勝手だな」
道長たちのことを考えるのを止めようと思った楓は、思考を王家からの依頼に向ける。
間違いなく王妃関連の依頼だったはずだが、それをティアナは断っていた。
自分以外にも多くの冒険者に依頼がされているという話だったが、本当にティアナにマイナスはなかったのだろうか。
「……ティアナさん、心配だな」
心配ではある。
しかし、ティアナの断った理由にも納得できてしまうのだ。
ティアナはパーティを組んでいない。ずっとソロで活動していたのだろう。
そんな彼女からすれば、魔獣との戦闘に入った時、何よりも信じられるのは自分自身だと楓は考えてしまう。
そんなティアナに仲間ができた。従魔のレクシアだ。
彼女からすれば、自分の次に頼れる存在になっただろうレクシアとの連携強化は、何を差し置いても優先されるべきことであり、だからこそ王家という誰よりも力のある存在からの指名依頼すらも断ったのだ。
「レイス様たちは、断わった冒険者の人たちにも寛大な心を持ってくれていたらいいな」
次に楓の思考に浮かんできた顔は、フォルブラウン王国の第二王子である、レイス・フォルブラウンだった。
「……あれ? そういえば、ティアナさんはレイス様の護衛騎士をしている、ミリア様の知り合いだったっけ?」
楓がティアナと出会えたのも、レイスの護衛騎士であるミリア・カリサレスのおかげだ。
二人が知り合いだったことで、ミリアからティアナに依頼があり、楓の護衛を引き受けてくれていた。
「だったら安心かも?」
そう思いながらも、楓は日本の頃に就職していた、会社の上司のことを思い出していた。
無理難題の指示を出し、それができなければ怒鳴り声を響かせていた。
特に無理だと分かった後輩が指示を断ると、窓が割れてしまうんじゃないかというくらいの金切り声を響かせていたこともあったくらいだ。
上司という簡単な立場ではないが、力ある立場の人間からのお願いを断るということに、楓はどうしても恐怖を抱いてしまう。
「……レイス様だったら大丈夫そうだけど、依頼を出したのが王太子殿下、アッシュ様だったら嫌だな」
異世界召喚された際、現状説明をしてくれたレイスのことを、楓は彼の態度から多少なり信頼していた。
一方で異世界召喚を行い、楓が城を出ると言った時にその許可を出したアッシュには、あまり良い感情を抱いていなかった。
それは第一印象があまり良くなかったというのが、一番大きな要因だろう。
どこか高圧的に見えた態度に加えて、彼の護衛騎士だったケイル・ヴォイドの態度も同じように見えたのだ。
だからこそ――怖い。
「ティアナさんのことは、きっとレイス様やミリア様が守ってくれると思う。だけど、もしもそうならなかったら、ティアナさんは……」
それ以上のことを、口に出すことはできなかった。
楓はティアナのことを、自分の姉のように慕っている。
年齢ではティアナの方が下なのだから、妹でいいのではと思わなくもない。
それでも楓はティアナを頼りにしており、だからこそ彼女の無事を何よりも願ってしまう。
(……大丈夫、だよね?)
楓の心配は尽きない。
道長たちのこともそうだが、誰よりもティアナのことが心配でならないのだ。
(神道君たちには何もしてあげられないけど、ティアナさんには何かしてあげたい。私にしてあげられること、お料理以外だと……うん、決めた!)
楓は従魔具職人だ。
ならば、ティアナの相棒となったレクシアへ新たな従魔具を贈ることが、何よりの助けになるに違いない。
それも今回は既製品ではなく、オーダーメイドの従魔具を贈るのだ。
「今度ティアナさんに会ったら、提案してみよう!」
そう心に決めた楓は、そのまま深い眠りに落ちていった。




