第64話:異世界定番料理?
「さて、材料は……」
楓が腕まくりをしながらそう呟くと、すかさずティアナが魔法鞄から食材を取り出す。
「……準備万端ですね」
「お願いする立場だからね!」
「あら! それなら調味料は使っていいわよ! その代わり、あたいにも味見させてくれないかしら?」
「もちろんです! ありがとうございます!」
女将からのありがたい提案に、食材を用意したティアナが即答した。
作る側の楓としては、女将に満足してもらえる料理が作れるかというプレッシャーはあったものの、これで認めてもらえれば料理に自信がつくということで、気合いを入れる。
ティアナが用意してくれた食材は、お肉にパン、野菜も様々な種類が揃っている。
(そういえば、異世界物の定番料理を見てないし、やっぱりこっちにもないのかな?)
そう考えた楓は、作る料理を決めて食材に手を伸ばす。
「ティアナさん。お肉と根菜と葉野菜、それにパンを使わせてもらいますね」
「分かったわ!」
「それと……はっ! 女将さん、これを使ってもいいですか!」
台所に置かれていたとある調味料を見つけ、楓は目を輝かせながら問い掛けた。
「構わないよ! でも、それをどうするんだい? それ、以前に泊まりに来た商人から買ってみたんだけど、使い方が分からなくてね」
楓が見つけた調味料、それは――醤油だった。
実際は醤油に似た調味料なのだが、香りを嗅ぎ、味見をした限りでは間違いなく醤油だ。
「頑張って、美味しい料理にしてみせます!」
そう口にした楓は、すぐに調理へ取り掛かる。
まずはお肉を薄くスライスしていく。ティアナが大食漢だと分かっているので、用意された一塊のお肉を丸々だ。
続いて人参に似た根菜を細く切っていき、レタスに似た葉野菜は一枚ずつ大きめにちぎっていく。
「これで準備は終わりですね」
「パンはどうするの? そのまま食べる?」
準備の段階でパンに触れなかった楓を見て、ティアナは首を傾げながら問い掛けた。
「パンは最後に使います」
「最後に? ……まあ、カエデだもんね! 楽しみにしてるわ!」
褒められているのか分からなかったため、楓は苦笑しながら調理を続ける。
設備の整った台所だ、火加減も自分で調整できる。
楓はフライパンを温めてから油を引き、最初に根菜を炒めていく。
ある程度火が通ってきたら、そのままお肉を投入。
お肉の香ばしい匂いが台所に広がっていき、ティアナと女将は鼻から空気を吸っていく。
「ここに、醤油を加えます!」
楓はフライパンの縁から醤油を回し掛けていく。
醤油が焦げて香りが舞い上がり、食欲を刺激する香りがさらに広がった。
「醤油はすぐに焦げてしまうので、火加減を弱火にして、お肉に絡めていきます!」
フライパンを振りながら、おたまでお肉や人参をしっかりと動かし、醤油に絡めていく。
炒めすぎると醤油が焦げて、苦みが強く出てしまうので、サッと炒めてお皿に盛りつけた。
「あれ? でもこれって、前に食べた生姜焼きと同じ?」
盛りつけられた料理を見て、ティアナはそう呟いた。
「味付けに使った調味料が違いますし、最後の仕上げが全く変わりますよ」
「仕上げって……もしかして、パン?」
「その通りです!」
ニヤリと笑った楓は、フランスパンのような硬めのパンに横から切れ目を入れていき、そこへちぎったレタスを敷き詰め、その上にお肉を乗せて、挟んだ。
「はい! サンドイッチの完成です!」
「「……サンドイッチ?」」
(あ。やっぱりなかったんだ)
異世界物の料理の定番であるサンドイッチ。
どうしてパンの間に具材を挟むという発想がないのか楓には理解できないが、作れば毎回のように「食べやすい!」「持ち運びできる!」と絶賛されるサンドイッチ。
(二人の反応は、どうかな?)
とはいえ、具材が美味しくなければサンドイッチも気に入ってはもらえない。
楓はドキドキしながら、サンドイッチを手に取り、口に運んだティアナと女将の反応を見守った。
「……」
「……へぇ」
無言のまま食べ進めていくティアナに、小さく声を漏らした女将。
なかなか目に見える反応をしない二人に、楓のドキドキはさらに強くなる。
しかし、ティアナの食べる速度が段々と上がり、女将は満面の笑みを浮かべて楓を見た。
「カエデさん! これ、とっても美味しいわ! 醤油だっけ? これがこんなに香ばしくなるなんて思わなかったよ!」
「ほ、本当ですか!」
「本当さね! 火に掛けるとすぐに焦げつくし、そろそろ処分しようかと思っていたくらいさ!」
「えぇっ!? 勿体ないですよ!」
「あはははは! あたいもカエデさんの料理を食べて、そう思ったよ!」
女将からの絶賛を受けて、楓は心底から胸を撫で下ろした。
そしてティアナも、口いっぱいに頬張ったサンドイッチを呑み込むと、キラキラした瞳で感想を口にする。
「最高よ、カエデ! 本当にありがとう!!」
「こちらこそ、ありがとうございます! その、前回は結局、料理をごちそうできなかったので、気になっていたんです」
ティアナがレクシアと出会ったあの日、楓はフェザリカの森で迷子になり、料理を作ることができなかった。
それが気になっており、近いうちに手料理を振る舞いたいと考えていたのだ。
「キギュギュキキュ!(おいらも食べたい!)」
「ティアナさん。ピースとレクシアさんにも食べさせていいですか?」
「もちろんよ!」
それから楓は、ピースとレクシアの分のサンドイッチも作った。
ピースは器用に両手で持ち、レクシアはお皿を床に置き、それを頬張った。
触れていないため感想を聞くことはできなかったが、二匹とも満足気に頬張っており、楓は美味しく食べているのだと考えることにした。
「いやー、本当に美味しかったわ! 実は王家から急な依頼が入ってきていて、むしゃくしゃしていたのよねー!」
「えぇっ!? お、王家からの依頼ですか!!」
そこで予想外の発言がティアナから飛び出し、楓は驚きの声を上げた。




