第59話:楓に足りないもの
エリンとハオが退室したあと、楓は一人で思案顔を浮かべていた。
「どうしたの、カエデさん?」
そんな楓に気がついたセリシャが声を掛けた。
「……分かってはいたんですけど、経験不足だなって痛感しました」
苦笑しながら答えた楓を見て、セリシャは笑みを浮かべる。
「誰もが、そうやって成長していくものよ」
「そうですね……うん。その通りだ」
セリシャの言葉を受けて、楓は自分の中でしっかりと経験不足を自覚し、呑み込んでいく。
そして、一つの提案を口にする。
「……セリシャ様。どなたか、従魔具職人の先輩を紹介していただけませんか?」
楓の言葉を受けて、セリシャは少し驚いたような表情で口を開く。
「まさか、カエデさんからその提案が出てくるとは思わなかったわ」
「そうなんですか?」
そんなセリシャの言葉を受けて、楓は首を傾げる。
とはいえ、これはセリシャにとっても嬉しい提案だった。
「あまりにも規格外な力を持った者は、自分でも気づかないうちに横暴になったり、上から目線になったりすることが多いの。そんな人たちを、私はたくさん見てきたわ。だから、カエデさんのことも少しだけ心配していたの」
そこまで口にしたセリシャは、表情を柔和な笑みへと変えて、楓を見つめる。
「だけれど、私の心配は杞憂だったようね」
「あはは。えっと、私の場合はなんていうか、横暴になるなんて暇はないですし、上から目線は慣れていないというか……それに、新人がそんな態度を取っていたら、先輩たちから睨まれちゃいませんか?」
「もちろん、睨まれるわね」
「絶対に無理ですよ! そんな環境で働くなんて!」
自分で自分の体を抱きながら、楓は震えるようなジェスチャーをしてみせた。
「腕さえあれば、スキルさえあれば、自分一人で生きていけると考える人間も一定数はいる、ということね」
「……怖いですね、それって」
楓は自分一人で生きていこうなどと、考えたことがなかった。
それは異世界だからではなく、日本にいた頃からそうだった。
自分は弱い存在だ。それは、祖父母に育てられたと言っても過言ではない家庭環境で生きてきた、楓だからこその考え方なのかもしれない。
おそらくだが、楓は自分一人で全てをやろうと思って生きていたなら、その命がどうなっていたか分からないと自分でも理解している。
それほど追い詰められたことも、一度や二度ではなかったのだ。
「そうよ、とても怖いことだわ。だから、カエデさんが私を頼ってくれたこと。そして、先輩従魔具職人に頼りたいと思ってくれたことが、とても嬉しいの」
そんな楓の考えが伝わったわけではないが、セリシャは彼女の両肩に両手を置きながら、本気の心配を口にしてくれた。
「ありがとうございます、セリシャ様」
「とんでもないわ。それじゃあ、私の知り合いの従魔具職人を紹介してあげる」
「ほんっっっっとうに! ありがとうございます!!」
続けての発言に、楓はより一層の感謝を口にした。
「本当に気にしないでちょうだい。前にも言ったかと思うけれど、私にも打算はあるのだからね」
「それでも、こうして助けてくれる人がいるって分かるだけでも、私はとても嬉しいですし、心が軽くなります」
「そう言ってもらえると、私も嬉しいわ」
楓の言葉に返事をしながら、セリシャは外出の準備を始める。
「……もしかして、もう紹介してくれるんですか!?」
「善は急げというでしょう? それとも、行かない?」
「行きます! 是非ともお願いします!」
「うふふ。それじゃあ、行きましょうか」
冗談半分でセリシャが問い掛けると、楓は大慌てで答えて見せた。
その姿にセリシャは思わず笑みを浮かべ、扉を開いた。
それから楓とセリシャは商業ギルドをあとにし、バルフェムの通りを進んで行く。
「セリシャ様が紹介してくれる従魔具職人の方って、やっぱりベテランの方なんですか?」
「そうね。今でも商業ギルドと直接契約をしている、信頼のおける従魔具職人よ」
「そうなんですね。……あの、セリシャ様? それって、私がその方の仕事を奪っている、なんてことはないですよね?」
隙間産業になるのではないかと思っていた従魔具職人だが、実際バルフェムでは隙間産業ということはなかった。
従魔都市なのだから当然なのだが、それでも商業ギルドと直接契約を結んでいる従魔具職人は少ない。
そして楓は、自分が現れたせいで先輩従魔具職人の仕事を奪っていたのではないかと心配になっていた。
「そんなことはないわ。彼には彼の、あなたにはあなたにしかできない仕事があるのだからね」
「そ、それならいいんですが……」
自分からお願いした手前、先輩従魔具職人と顔を合わせることに緊張してきたとは言い出せない楓。
しかしセリシャは、楓の様子を見てくすりと笑う。
「うふふ。どうやら、緊張してきたみたいね」
「……わ、分かりますか?」
「ものすごく分かるわ。でも、あまり緊張しなくてもいいわよ?」
「もしかして、とても優しいお方なんですか?」
「そうねぇ……どちらかと言えば、頑固で負けず嫌いかしら?」
「絶対に怒られるううううっ!! 私、会っちゃいけない気がしてきましたよおおおおっ!?」
セリシャの答えを聞いた楓は、体がガクガクと震わせながらそう口にした。
「だけれど、頑固な分、仕事には生真面目で、やる気のある人を無下にはしない、そんな人よ」
最後にセリシャがそう口にすると、体の震えが止まった楓は、自分の両手に視線を落とす。
「……わ、私! 真面目だけが、取柄です!」
「真面目だけとは思わないけれど、カエデさんならきっと大丈夫よ」
「が、頑張ります!」
セリシャと話をしながら歩いていた楓。
するとあっという間に、先輩従魔具職人の従魔具店の前に到着していた。




