第53話:楓がお店に求めるもの
その日の夜、楓は宿に戻ると、ベッドに寝転がりながらセリシャの話を思い返していた。
「……私のお店かぁ」
いずれはお店を持ちたいと、考えたことはある。いつまでもセリシャにおんぶにだっこではダメだと思っているからだ。
しかし、それは何年も先の話だと思っていた。
異世界に召喚されたばかりであり、日本にはなかった従魔具職人という職業を選んだのだから、下積みは大事だとも考えている。
それが異世界に召喚されて数日でお店を持たないかと言われても、楓はピンと来ていなかった。
「……どうしようかなぁ」
「ギギュ?(どうしたの?)」
楓が思案顔を浮かべていたからか、そこへピースが駆け寄り声を掛けた。
「……商業ギルドで話があった、私のお店について考えているんだ」
「キュキケッギーギュ?(お店ってなーに?)」
「お店って言うのは、ものを作って売ったりする場所かな。私の場合は従魔具を販売するの」
「キキ?(これ?)」
「そうそう。これとか、ラッシュ君やハオ君たちに渡したものだね」
ピースの質問に答えていくと、彼は目を輝かせながら言葉を続ける。
「キキュ! キキッキュリュリュキュ! キャキュゲキキケケ、キュキュッケリュ!(すごい! これものすごく気持ちいいの! カエデのお店、あった方がいいよ!)」
嬉しそうに語るピースの言葉を受けて、楓は恥ずかしそうに口を開く。
「……そ、そうかな?」
「キュン!(うん!)」
実際にお店を持つかどうかはまだ分からないが、将来のためにどんなお店にしたいか、それを考えておくのはありかと思い始めた楓。
すると楓の心は思いのほか弾み、自然と笑みを浮かべながらお店のことを考え始める。
「私がお店を持つなら、絶対に従魔ファーストなお店にしたいな!」
「ギュギャキュートッキギーギュ?(従魔ファーストってなーに?)」
「従魔のことを第一に考えるってこと。そんなお店にしたいって思うんだ」
「キュッキュキュー!(それいいねー!)」
両手をバタバタさせて楽しさをアピールするピースを見て、楓は微笑みながら優しく彼の頭を撫でる。
そして、自分の中で一つの決意が固まったことを確信した。
「……持ってみようかな、私のお店」
「キュン!(うん!)」
「あ! でも、すぐじゃないよ! まだまだ未熟者だし、商品もないんだから、しっかりと準備をしてからじゃないとね!」
お店を持つなら、しっかりと準備をしてからでなければならない。
それはセリシャに迷惑を掛けたくないという思いもあるが、一番は従魔具を求めてやってきた従魔に、ちゃんとした従魔具を与えたいと考えているからだ。
「既製品を充実させながら、依頼があればオーダーメイドを受ける。……あれ? 言葉にしてみたら、それが普通のお店な気がしてきたな?」
どれだけ高級なお店でも、既製品とオーダーメイドの両方を取り扱っているところが多かった気がすると、楓は思い返す。
もしそうであれば、これがお店として一番の形なのではないかと思えてならない。
「……とにかく、まずは従魔具を充実させることが大事だね! そうなると、首輪は絶対に必要でしょ? 他には何が必要になるのかな?」
従魔だと分かる装食品を、楓は首輪しか知らない。ピースの時も、レクシアの時も、セリシャから与えられたのが首輪だったからだ。
「……明日、セリシャ様に聞いてみようかな?」
「キキキュキキュー!(それがいいよ!)」
ピースの言葉に心が軽くなった楓は、いつの間にかお店を持つことを脳裏に置きながらの会話になっていた。
「キャキュゲ、キキュリュキキ!(……カエデ、楽しそう!)」
「え? そ、そうかな?」
「キキュキュキュ!(そうだよ!)」
ピースに言われた楓は体をガバッと起こすと、両手で自分の頬をむぎゅっと押す。
その顔を見てピースは楽しそうに笑い、楓も思わず笑みを浮かべる。
「……こ~の~! ピース、笑ったな~!」
「キキキ! キュリュリュリリュ! キキキキキ!(あはは! くすぐったい! あはははは!)」
楓がピースの脇に指を添え、細かく動かす。
するとピースは全身をバタバタと動かしながら、くすぐったそうに笑う。
その姿が可愛らしく、楓も大笑いしながらくすぐりと繰り返した。
「あはははは! ……ありがとう、ピース」
「キキキキキ! ……キ? ギギュギュ?(あはははは! ……え? 何が?)」
「なんだか、気持ちがスッキリしたよ」
明日はセリシャに、将来的にはお店を持ちたい、そう伝えようと心に決めた楓なのだった。




