第42話:バルフェムの様子とティアナのお願い
その日、楓はボルトの厚意で彼の屋敷に泊めてもらった。
一人では心細いだろうと、セリシャも一緒だ。
ピースは不満げだったが、楓としてはセリシャと一緒の方が安心できたので、豪奢でふかふかなベッドでぐっすりと眠ることができた。
◆◇◆◇
そして、翌日。
「起きなさい、カエデさん」
「……ぅぅん。……あれ? セリシャ様? ふああぁぁ……もう朝ですか?」
セリシャに起こされた楓は、瞼を擦りながら体を起こし、窓の方へ目を向ける。
「……まだ、夜?」
「もうすぐ日の出よ。だけれど、今日は早めに出た方がいいわ」
「……そうなんですか?」
まだまだ眠たい楓だったが、セリシャのことを絶対的に信頼していることもあり、ベッドを下りて身支度を始める。
朝食の席にはボルトもいて、楓たちに合わせて早起きをしてくれていた。
「おはようございます、子爵様」
「おはよう。セリシャ殿、カエデ殿」
朝食はどれも美味しく、楓は満面の笑みを浮かべながら、出された食事を完食した。
「さて、カエデ殿。まずは改めて、お礼を言わせてほしい。カリーナに新たな翼を与えてくれて、本当にありがとう」
そう口にしたボルトは、小さく頭を下げた。
これはボルトなりに、昨日のやり取りから楓に気を遣ったためだ。
「こちらこそ、得難い経験をすることができました。ありがとうございました」
楓がそう伝えると、顔を上げたボルトは苦笑しながら、別の話題で言葉を続ける。
「それと、今日早起きをしてもらった理由について、説明しておこう」
「え? 何か理由があったのですか?」
単純に早起きが貴族の普通なのかと思っていた楓は、驚きながら視線をボルトとセリシャの間で往復させる。
「昨晩、カリーナに乗ってバルフェムの上空を旋回していただろう?」
「は、はい」
「その姿が、バルフェムの民からは見えていたのだ」
カリーナはドラゴンということで、とても大きな体をしている。
故に、夜だったとはいえ地上からカリーナの姿が見えていたというのも当然だと考え、楓は頷く。
「カリーナはバルフェムの民から愛されている。だからこそ、両翼を失ったことも知っていたし、俺と共に悲しんでくれていた」
「そうだったんですね」
「あぁ。だが、そんなカリーナが昨晩、空を飛んだ。それも、何度も旋回していたのだ」
「……あ!」
ボルトの言葉を受けて、楓はようやくカリーナが昨晩口にしていた「いい宣伝」の意味を理解した。
「どうやら昨晩のバルフェムは、お祭り騒ぎだったみたいなの」
そこへセリシャが補足を付け足した。
「民が活動を始める時間帯で、私たちが子爵様の屋敷から出てきたら、どう思うかしら?」
「……私たちが、カリーナ様に新たな翼を与えた人たちって思われます」
「事実なのだからいいのだけれど……それだとおそらく、カエデさんが多くの人に囲まれるでしょうね」
「俺としても声を大にしてカエデ殿の活躍を伝えたいのだが、今はまだ時期尚早だとセリシャ殿に言われてな」
セリシャの言葉を今度はボルトが補足すると、楓も納得したのか何度も頷く。
「それに昨晩は倒れてもいるのだから、カエデさんにもまだまだ課題はあると見たわ」
「そう、ですね」
「何かあれば俺がカエデ殿の後ろ盾になろう。だから今は、しっかりと自分の課題と向き合い、大々的に宣伝しても問題ないと、セリシャ殿を認めさせてほしい」
貴族の後ろ盾を得られるのは、おそらく異世界では大きな力になると、楓は考える。
しかし、その後ろ盾に胡坐をかいていては、自分の成長は望めないとも思えてしまう。
「……分かりました、子爵様。セリシャ様も、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします!」
そう答えた楓は勢いよく頭を下げた。
その後、楓たちはボルトの屋敷の裏口からこっそりと外に出た。
早朝だったこともあり、誰にも見られずに屋敷を離れ、通い慣れた通りにやってくる。
「……はあぁぁ~。なんだか、安心しちゃいますね」
思わず息を吐いた楓は、苦笑いでセリシャへ声を掛けた。
「うふふ。カエデさんの場合はそうかもしれないわね」
「セリシャ様は慣れているんですか?」
「子爵様にこっそり依頼されることもあったから、少しはね」
セリシャがそう答えたことで、楓は彼女を頼ることができ、本当によかったと心の底から思っていた。
「いた! カエデー!」
するとここで背後から名前を呼ばれ、楓はビクッと体を震わせながら振り返る。
「……あ、あれ? ティアナさん?」
自分がカリーナに従魔具を与えたことがバレたのかと思ったが、そうではなかった。
声の主がティアナだと分かり、楓は安堵の息を吐きながら体を向ける。
「どうしたの、ティアナさん?」
セリシャが声を掛けると、ティアナから予想外の言葉が飛び出す。
「ねえ、カエデ! 私も従魔を見つけたいの! だから、協力して!」
「「……え?」」
まさかの言葉に、楓だけではなく、セリシャからも驚きの声が漏れてきた。
「カエデみたいに、従魔になる魔獣を餌付けしたいのよ!」
「ギュギャギャ!?(餌付けじゃないけど!?)」
餌付けと聞いたピースが、楓の肩の上から抗議の声を上げた。
「だからお願い! 私を助けると思って! なんでもやるから~!!」
頭を下げながらのティアナからのお願いを聞いた楓は、協力したい気持ちはある。
しかし、従魔を見つける、餌付けする、それらに自分が力を貸せるのかどうか、それが分からない。
「あら? ティアナさん、なんでもすると言ったわね?」
するとここで、楓の横で話を聞いていたセリシャが口を開いた。
「言ったけど……え?」
顔を上げたティアナが見たセリシャの表情は、笑顔の奥で何かを企んでいる、そんな表情に見えた。
「……え? あの、ティアナさん? セリシャ様?」
無言の二人の間で何が起きているのか、楓だけが理解できず、困惑顔を浮かべていた。




