第39話:気合いのこもった従魔具作り
今回の従魔具作りは、ボルトの屋敷で行うことになった。
というのも、今回の従魔具作りに向けて、ボルトが様々な材料を用意してくれていたからだ。
「あの、本当に使わせていただいてよろしいのでしょうか?」
「もちろんだ! カリーナのために掻き集めてきたのだからな!」
楓が確認すると、ボルトは胸を叩きながらそう答えてくれた。
ならば、使わない手はない。なんせカリーナのために、ボルトが用意してくれた材料なのだから、そうするべきだと楓は考える。
「分かりました。それでは、ありがたく使わさせていただきます!」
それから楓は、ボルトが用意してくれた材料に目を向ける。
どれもこれも一級品の材料ばかりで、中には希少な材料も含まれている。
そして、カリーナの希望を叶えるのであれば、それらも必要な材料に含まれていた。
「これと、これと、あれと……それにこれかな。あとは……」
「……ものすごい量ね」
楓が手際よく材料を選んでいると、横からセリシャが驚きの声を漏らした。
「カリーナ様の希望を叶えるには、これらの材料が必要になるんです」
「ちなみになのだけれど、カエデさん? カリーナ様はどんな希望を?」
「あぁ、それは俺も気になっていた」
カリーナから希望を聞いた楓だったが、その内容をセリシャやボルトに伝えていなかった。
何故なら事前にカリーナから、希望通りの従魔具が作れるのであれば、秘密にしていてほしいと言われたからだ。
「カリーナ様と約束しましたから、言えません」
「し、しかしだなぁ……」
「お願いいたします、子爵様。私のことを信じていただけませんか?」
高価で希少な材料を使うのだから、ボルトとしてもカリーナの希望を確認しておきたかった。
だが楓は、実際に従魔具を使うことになるカリーナとの約束を守りたいと思っている。
ここでもし、黙っていたから材料を使わせないと言われてしまえば、元も子もない。
それでも楓は、従魔のことを最優先に考えたいという思いから、強い意志を込めた瞳でボルトを見つめる。
「……全く。何を言っているか。俺はもう、カエデ殿のことを信じているよ」
「子爵様!」
「分かった。カリーナがそう言っているのであれば、私もこれ以上の詮索をしないと約束しよう」
「ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げた楓は、今回の従魔具作りも絶対に失敗できないと、気合いを入れて顔を上げる。
「すー……はー…………よし、やるぞ!」
深呼吸をした楓は、頭の中でカリーナの希望を復唱する。
(予想していたことではあるけど、今回のカリーナ様の希望は――失われた両翼の代わりになる従魔具!)
カリーナの希望である両翼の代わりになる従魔具を作るには、耐久性と軽量化を両立させる必要が出てくる。
耐久性を意識し過ぎて厚く、重くなっては飛ぶことが難しくなる。
逆に軽くし過ぎると、飛んだ時にカリーナの体重を支えることができずに崩壊する恐れが出てくる。
耐久性と軽量化の両立、これが今回の従魔具作りにおける最大のポイントになっていた。
(軽量で耐久性の高い鉱石、ミスリル! ……はぁぁ~! まさか、ファンタジー世界の定番であるミスリルに触れる機会が出てくるなんてな~!)
異世界系の作品が大好きな楓としては、自分の知っている材料が出てきたことで頬ずりしたくなる気持ちを抑えながら、頭の中に作り方を描いていく。
(とはいえ、〈従魔具職人EX〉ではミスリルだけだと、カリーナ様を支えるにはまだ足りないって出てる。そこで必要になってくるのが――バルーンスライムの粘液!)
バルーンスライムの粘液は、そのものが持つ重さを軽くする効果がある。
しかし、その効果は一時的なもので、永久的に続くものではない。
(そんなバルーンスライムの粘液の効果を、半永久的に続けるために必要なものが――時戻しの星屑!)
時戻しの星屑こそが、ボルトが集めてくれた材料の中で一番高価であり、希少な材料だ。
効果は『時間の経過を鈍化させる』ものだが、使う量を増やすことで『時間を巻き戻すことができる』ものに変わる。
ただし、それだけの効果を出すには小さな国の国家予算ほどの金額が掛かると言われている。
当然だが、それだけの量を子爵であるボルトが用意できるはずはなく、用意できている量は微々たるものだ。
それでも楓が時戻しの星屑を選んだのには、理由があった。
(魔力の通しやすいミスリル。軽量化の効果を持つバルーンスライムの粘液。そして、時間の経過を鈍化させる時戻しの星屑。これらを組み合わせることで初めて、必要な効果を出すことができるんだ!)
カリーナの希望を叶えるために最も必要な三つの材料。
ミスリルを薄く、そして広く形を変えていき、カリーナの新しい両翼を形成していく。
そこへバルーンスライムの粘液を纏わせていくが、これが意外と難しい。
魔力を注ぎながら、ムラなく均一に纏わせる必要があるからだ。
(〈従魔具職人EX〉のおかげで体が勝手に動いてくれるけど、それでも集中力が持っていかれる! それも、今までの従魔具作りに比べて、明らかに疲労が大きい!)
全身から汗が噴き出し、身に纏ったドレスが濡れることで、重さが増してしまう。
それでも楓は集中を切らすことなく、その瞳は真っ直ぐにミスリルを見つめながら、バルーンスライムの粘液を纏わせていく。
横で見ていたセリシャ、ボルト、ドルグも息を呑み、物音一つ出さずに見守っていた。
「……よし、できた」
額の汗だけを拭い、そう口にした楓。
しかし作業はこれで終わりではない。
バルーンスライムの粘液の効果を半永久的に続けるためには、ここに時戻しの星屑を、一定の間隔で配置していかなければならない。
1ミリでもズレてしまえば、バルーンスライムの粘液の効果は一日ともたずに消滅してしまう。
そうなれば、先ほどまでの作業が全て水の泡に帰してしまうのだ。
「……よし、もうひと踏ん張り!」
ここを乗り越えれば、あとは早いと楓は考えている。
もちろん、油断はしない。あとの作業も集中して行うつもりだ。
それでもここが一番大事なポイントなのだと心の中で言い聞かせて、作業を行っていく。
(時戻しの星屑を配置する場所は見えてる。集中するのよ、犬山楓!)
こうして楓は、時間が経つのも忘れてカリーナの従魔具作りに没頭していった。
「……あ、あれ?」
しかし、それがいけなかった。
突如として楓の視界が大きく歪み、一瞬にして意識を失ってしまった。




