第38話:老ドラゴンのカリーナ
ボルトの案内で向かった先は、屋敷の裏にある従魔房だった。
商業ギルドの従魔房よりは大きくない。何故ならカリーナのためだけに造られた、彼女だけの従魔房だからだ。
「……ルル?」
従魔房が近づいてくると、そちらから鳴き声が聞こえてきた。
「調子はどうだ、カリーナ?」
鳴き声の主であるカリーナに声を掛けながら、ボルトは従魔房の前に立つ。
「キュルル」
するとカリーナは、柵の前に瑠璃色の美しい鱗が特徴的な顔を近づけ、舌を出してボルトの頬を舐めた。
「今日は、カリーナのために従魔具職人をお呼びしたんだ。カエデ殿、いいだろうか?」
ボルトが楓の名前を口にすると、彼女は一歩前に出る。
「初めまして、カリーナ様。私は従魔具職人の楓と申します」
「……グルルゥゥ」
楓が自己紹介を口にすると、突如としてカリーナから唸り声が聞こえてきた。
「安心しなさい、カリーナ。彼女は今までの女性たちのような、邪な考えを持った者ではない」
どうしてカリーナが唸り声を上げたのか、楓には分からない。おそらくだが、ボルトが口にした邪な考えを持った女性が過去にいたのだろう。
とはいえ、そんなこと楓には関係のない話だ。
今の楓には、カリーナの痛々しい姿しか目に入っていなかった。
(両翼が、ボロボロ……こんな姿になるまで、子爵様と一緒に戦い続けていたのね)
グッと奥歯を噛み、改めて心の中で決意する楓。
「私のサブスキルは、従魔の声を聞くことができます。ですが、従魔に触れる必要があるんです」
「グルルウウッ!」
「お願いします、カリーナ様。あなたに触れる許可をいただけないでしょうか?」
楓が声を上げると、負けじとカリーナは唸り声を上げる。
しかし楓も負けるわけにはいかないと、さらに声を大にしてお願いを伝えた。
「お願いだ、カリーナ。カエデ殿がお前に触れることを許可してくれないか?」
「グルルゥゥ……」
楓だけの声であれば、カリーナも許可はしなかったかもしれない。
そこへボルトの切羽詰まったような声が重なったことで、カリーナの唸り声はなくなっていく。
「…………ルララ」
そして、カリーナは大きな体を僅かに動かし、尻尾を楓の方へ向けた。
「……ありがとうございます、カリーナ様」
楓はお礼を口にしながら頭を下げ、顔を上げると優しくカリーナの尻尾に触れる。
「何か、話してくれませんか?」
「……グルルガルララ(……あなたの言葉は信じません)」
「それは、仕方がないことだと思います」
カリーナの言葉に対して、楓が正確な返答をする。
するとカリーナは一瞬だが驚きの表情を浮かべると、言葉を続ける。
「……ギュル、キュルルララルラ(……でも、ボルトの言葉は信じているわ)」
「お互いに、信頼し合っていることが伝わってきます」
「……キュララ、ギャルラララ(……本当に、言葉が分かるのね)」
「触れていなければいけないのが、難しいところですけど」
「ギャルラルル。キュキュルルララルル(そんなことはない。とても素晴らしいスキルだと思うわ)」
「そう言ってもらえると、自信になります」
楓以外にはカリーナの言葉は分からない。
しかし、楓が笑顔になったことで、カリーナに認められたのだと誰もが理解した。
「私にカリーナ様の従魔具を作らせていただけませんか?」
「キルルキャルルラ? ルルララルルルラ?(私の希望は難しいわよ? あなたに作れるかしら?)」
「全力を尽くさせていただきます」
「キュルル。キャルルラ(いいわ。お願いするわね)」
「ありがとうございます!」
そして、嬉しそうに楓がお礼を口にしたことで、従魔具作りの許可が出たことも分かった。
セリシャはホッと胸を撫で下ろし、ドルグはあまりの嬉しさに涙を拭い、ボルトはカリーナの大きな顔を抱きしめる。
「あぁ。ありがとう、カリーナ。カエデ殿を認めてくれて、本当にありがとう」
「ギュルル。キャルルラルルルル、グルルギャウギャウギャギャ?(全く。あなたの地位を狙った女どもがいたから、私も警戒しなきゃいけなくなるのよ?)」
「……ボルト様は、貴族ということで大変な思いをされてきたんですね」
「はっ! カ、カリーナ! お前、カエデ殿に変なことを言っていないだろうな!」
カリーナのため息交じりの呟きを聞いてしまった楓の言葉に、ボルトは大慌てで口を開く。
ハッとした楓はカリーナから離れ、苦笑いを浮かべる。
「……はぁ。いやまあ、そうなんだ。どうにも俺は女運がなくてな。セリシャ殿の言がなければ、カエデ殿のことも警戒していたことだろう」
「ギュルルゥゥ」
「そ、そんな声で鳴くな、カリーナ」
言葉は分からなくても、ボルトとカリーナが心で繋がっていると、なんとなく分かるやり取りだ。
「それでは、子爵様。これから私は、カリーナ様にどのような従魔具が希望なのかを聞いていきたいと思います。それに合わせて必要な材料なども分かってくると思うので、分かったらまたお声掛けしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ! というか、この場でやり取りを見させてくれ!」
「私も見たいわ」
「……セリシャ様は、何度も見ているじゃないですか?」
思わず突っ込んでしまった楓に、セリシャは笑いながら答えてくれる。
「魔獣の言葉を翻訳するサブスキルだなんて、初めて目にするのだもの。研究と言ってはカエデさんに失礼かもしれないけれど、気になってしまうの」
「なるほど。そういうことでしたら、分かりました」
そもそも、断わる理由がないのだ。
楓は改めてカリーナの尻尾に触れようとした。
だが、カリーナは体を動かして尻尾を引っ込めてしまう。
「え? あの、カリーナ様?」
どうしたのかと顔を上げて声を掛けた楓だったが、そこへカリーナの顔が寄せられた。
「キュルル」
「……嬉しいです、カリーナ様」
翻訳はいらなかった。
楓はカリーナが心を開いてくれたのだと分かり、本音を口にしてからその頬に触れる。
「それでは、聞かせてくれますか? カリーナ様が従魔具に求める、全ての希望を!」
こうして楓は、カリーナの希望を聞くことができた。




