第37話:アマニール子爵の従魔
「立ち話もなんだ! まずは座ってくれ!」
「セリシャ様、カエデ様、どうぞお入りください」
地声が大きいのだろう、ボルトが響く声でそう口にすると、ドルグが笑顔で部屋の中へ促してくれる。
セリシャが入り、続いて楓が恐る恐るといった感じで入っていく。
部屋の中にも煌びやかな装飾品が……ということはなく、屋敷の外観やホールに比べると、置かれている家具は質素で、実用的で、機能性を重視したものが多いように見える。
装飾品が飾られているということもなく、あまりの差に楓は驚きを隠せない。
「何もなくて驚いていられるか?」
「はっ! す、すみません!」
屋敷の中に入った時もそうだが、興味を抱いたことには目を向けてしまう癖があり、楓はここでもすぐに謝罪を口にした。
「子爵様は、自身にお金を掛けるよりも、民のため、従魔のため、都市のためにお金を使ってくれるのです。屋敷やホールは、来訪する方に向けて貴族とは何かを示すために、どうしてもあのようにしなければなりません」
楓が何に驚いていたのかを理解していたドルグが、柔和な笑みを浮かべながら教えてくれた。
「そうなんですね」
「全く、面倒なことだ。屋敷もホールも、そこに金を掛けなければもっと民のため、従魔のため、都市のために金を使えたというのに」
腕組みをしながらそう口にしたボルトは、どこかイラついているように見えた。
「子爵様。そのような怖い顔をしていては、カエデさんが怖がってしまうわよ?」
「おっと、すまんな! がはははは!」
「いえいえ! そんなことありませんから! お気になさらず!」
突然セリシャから自分の名前が口にされ、さらにはボルトから謝罪まで飛び出したことで、楓は大慌てで答えた。
ここでドルグが全員のテーブルの前にお茶を出してくれると、ボルトが本題を口にする。
「本当はもっともてなしてあげたいんだが、ちょっとどうにもならない事情があってな。無理を承知で、カエデ殿に指名依頼を出させてもらった」
ボルトの言葉を受けて、楓は姿勢を正し、真剣な面持ちへと変わる。
「俺の従魔、カリーナについてなんだ」
それからボルトは、自身の従魔であるカリーナについて語り出した。
ボルトは騎士から出世した貴族であり、彼の活躍の傍には常にカリーナが寄り添っていた。
カリーナは老いたドラゴンだ。だが、一年前までは現役として、ボルトと共にバルフェムの平和のため、周囲の魔獣狩りにも積極的に参加していた。
「だが、一年前にカリーナが現役を退くことになった事件が起きたんだ」
「事件、ですか?」
「……バルフェムと南の大都市であるポーフォリオを繋ぐ街道近くに、Aランク魔獣が出現したのだ」
魔獣を倒すため、ボルトは私兵やバルフェムの冒険者を率いて街道へ駆け付け、Aランク魔獣を討伐した。
しかし、その代償としてカリーナは、両翼を失ってしまったのだ。
「そんな……翼を、失った?」
「当時から限界を超えていたんだ。だが、カリーナの意思を尊重して、俺は跨り続けて、一緒に空を飛び回っていた。……俺がもっと早くに決断していれば、こんなことにはならなかった」
そう口にしたボルトの表情は、悔しさだけではなく、自分への情けなさに染まっていた。
「子爵様……」
「……いや、すまんな。湿っぽくなっちまった」
「いいえ、構いません。子爵様がカリーナ様を愛するお気持ちが伝わりましたから」
「……そうか。ありがとう、カエデ殿」
楓の言葉を受けて、ボルトの表情が少しだけ穏やかなものに変わる。
「……そんでだ! カエデ殿に頼みたいってのは、そのカリーナに従魔具をお願いしたいのだ!」
気持ちを切り替えたのだろう、ボルトは最初の時のような快活な声でそう口にした。
「私としてはお受けしたい気持ちなのですが……」
そこまで口にした楓は、横目でセリシャを見る。
自分の気持ちだけで簡単に依頼を受けていいものか分からず、今はまだセリシャを通して依頼を受けるという話になっていたからだ。
「そのためにカエデさんを連れてきたのだもの、問題ないわ」
「ありがとうございます!」
「がはははは! お礼を言いたいのは俺の方だ! ありがとう、カエデ殿!」
セリシャの言葉に楓がお礼を口にすると、笑いながらボルトもお礼を伝えた。
「もしよかったら、カリーナに会って行ってくれないか?」
「ぜひお願いします! カリーナ様とお話もしてみたいので!」
「……カリーナと、話すのか?」
「はい!」
何を言っているのか理解できず、ボルトは困惑しながら聞き返したが、楓は当然のように返事をした。
「うふふ。大丈夫ですよ、子爵様。カエデさんは、従魔の言葉を聞くことができますから」
「なんと! そうだったのか!」
「私のサブスキル〈翻訳〉は、魔獣の言葉を翻訳してくれるんです。なので、ラッシュ君の従魔具も、彼の希望を聞いて作りました」
ラッシュが宣伝をしてくれたと聞いていた楓は、ここで彼の名前を出してみた。
「そういうことだったのか。であれば、なおさら会ってもらいたい! そして、カリーナの希望を聞いてもらえないだろうか!」
「よろしくお願いいたします!」
こうして楓は、ボルトの従魔である老ドラゴンのカリーナのもとへ向かった。




