第27話:初めての従魔登録
「何事かと思っていたら、あなただったのね、ティアナさん」
楓とティアナが姿を見せると、セリシャは騒動の原因がティアナだと思い口を開いた。
「お久しぶりです、セリシャ様。でも、私が原因で騒がしくなっていたわけじゃないですよ?」
そんなセリシャの考えに気づいたのか、ティアナは肩を竦めながらそう答えた。
「そうなの? ということは……カエデさん?」
「あは、あはは~。いや、その、私と言いますか、この子と言いますか?」
『キュッキュキュー!(ハピリスなんだー!)』
苦笑いをしながら楓が答えると、彼女の肩に乗っていたハピリスが元気よく、右手を上げながら答えた。
「……ハピ、リス?」
「なんだか、懐かれちゃいまして」
「カエデの料理を食べたら、すぐに懐いていましたね」
『キュッキュギャギュギュキャ!(カエデと一緒なら美味しい料理が食べられるんだ!)』
料理目当てでついてきているとは言えず、楓は苦笑いを続けるしかできない。
「あら、そうなの? カエデさんは従魔具作りだけではなく、料理も上手なのね」
「ひ、人並み程度なんですが~」
「あれで人並みとか言われたら、私はどうなっちゃうのよ!」
「ティアナさんは食べたことがあるのね?」
楓の言葉にティアナが声を上げると、そこへセリシャが口を挟んできた。
「カエデをこっちまで護衛してきたのは、私だからね。その時もだし、従魔具の材料を集めに行っていたさっきも、いただいたよね」
「なんだか、私のお料理が報酬ってことになっちゃいまして」
「へぇ……それは、私も食べてみたいわね」
「え、えぇ~?」
まさか従魔具ではなく、料理を求められるとは思わなかった。
しかし、楓は自分が従魔具職人なのだと心の中で言い聞かせ、いったん話を話題に上がった、従魔具の材料にするため口を開く。
「そ、それよりもです! 従魔具の材料をティアナさんと一緒に集めてきました! フェザリカの森で手に入れたものなので、コストもそこまで掛からないと思います!」
楓の言葉を受けて、セリシャはギルドマスターの表情に変わる。
「カエデさんの言っていた当ては、ティアナさんだったのね」
「はい! ……でも、まさかSランク冒険者だったとは、知りませんでした」
「ランクなんて関係ないわよ。私はカエデの依頼を受けたかったんだから」
セリシャの質問に楓が申し訳なさそうに答えると、ティアナは関係ないと言いながら笑顔を返した。
「あ、ありがとうございます~!」
「量もそれなりに確保しているから、すぐになくなるということもないはずよ。確認しますか、セリシャ様?」
「ティアナさんがそう言うのなら、大丈夫なのでしょうね。それよりも……先にカエデさんとハピリスの従魔登録を済ませてしまいましょう」
楓としては従魔具職人として、材料の話が先だと思っていた。
しかしセリシャは、楓とハピリスの従魔登録が先だと口にすると、何やら準備を始める。
「……もしかして、順番が逆でしたか?」
「従魔になるのがハピリスなら、物珍しいってこともあるし、従魔登録が先かもね」
「……うぅぅ~。私、完全に常識外れの行動をしちゃってますね~」
自分の判断が間違いだらけなのに落胆しながらも、楓はティアナが行っている縦鼻に目を向ける。
何やら魔法陣のようなものが描かれた一枚の用紙に、ハピリスの大きさに合わせた三つの装飾品。
それらが中央のテーブルに並べられていく。
「……あの、セリシャ様? これはいったい何なんですか?」
「従魔登録を行うための魔法陣よ」
「従魔登録って、結構大変なんですね」
「いや、違うわよ、カエデ? たぶんセリシャ様は、従魔登録の中でも強固な登録を行おうとしてくれているわ」
「……どういうことですか?」
ティアナが言うには、従魔登録には二種類の方法がある。
一つは書類上で登録を済ませる方法で、従魔となる魔獣には、誰の目から見ても従魔だと分かるような装飾品をつけてもらう必要がある。
また、仮に従魔が攫われたりすると、書類に記された特徴などをもとに、捜索依頼を出すことなどが可能だ。
そしてもう一つ、セリシャがやろうとしている従魔登録こそが、契約魔法を用いた強固な従魔登録である。
主と魔獣、両方の魔力を魔法陣に込めることで、魔力と魔力で結ばれた従魔登録を行えるのだ。
契約魔法を用いると、同じように攫われたりした時、主からは従魔の居場所が感覚的に分かるようになり、また相手が自分のものだと主張した際には、証明魔法を用いて誰と誰が契約しているのかを、魔力と魔力の結びで示すことができる。
強固な従魔登録を行うことは少なく、行うとするなら王侯貴族の従魔か、珍しい従魔と契約する時くらいだ。
今回、楓が従魔登録を行うハピリスは、後者の珍しい従魔との契約にあたる。
「準備ができたわ」
セリシャがそう口にすると、楓はドキドキしながら魔法陣の描かれた用紙の前に、ハピリスと一緒に立つ。
「魔法陣の両端にある円の中にそれぞれ片手を置いて、魔力を込めてくれるかしら?」
「わ、分かりました」
『キュッキュー!(分かったー!)』
楓が右の円に、ハピリスが左の円に片手を置いて、魔力を込めていく。
すると魔法陣が金色の光を放ち始め、お互いに十分な量の魔力が込められると、金色の光が大きく弾けた。
「……奇麗だな」
思わず見惚れながらそう口にした楓。
すると金色の光は楓とハピリスへと降り注ぎ、そのままお互いの体の中に消えてしまう。
「これで、従魔登録は完了よ」
「……終わったんですか? 何も変わった感じはないんですけど?」
「ないに越したことはないけれど、もしもカエデさんとハピリスが離れ離れになったりしたら、実感できるかもしれないわね」
「……はあ」
どこか気の抜けた返事をしてしまった楓だったが、内心ではホッと胸を撫で下ろしていた。
(……これで、私とハピリスは家族になったも同然なんだ。……私の、家族。この世界での、新しい家族なんだね)
そんなことを考えていると、ハピリスが楓の肩の上に戻り、彼女の頬を軽く舐めた。
「……ハピリス?」
「キュキュッ、キュキキ!(ありがとう、カエデ!)」
「……うん。私の方こそ、ありがとう」
それから楓は、セリシャが準備してくれた装飾品をハピリスの首に巻くと、ハピリスの頭を撫でながら満面の笑みを浮かべる。
「キキキュッキュ!(名前を決めてよ!)」
「え? な、名前?」
楓が口にしているハピリスは、あくまでも魔獣としての名称であって、名前ではない。
ハピリスは自分だけの名前が欲しいと、楓にお願いを口にした。
「……センスがなくても、怒らないでね?」
「キュ!(うん!)」
それから楓は必死になって、ハピリスの名前を考え始める。
(ハピリス……幸せ……ハッピー……ハーピー……ピーリー……ピースー……!)
何かを思いついた楓は、ハッとした表情で顔を上げると、そのままハピリスを見る。
「決めたよ! あなたの名前はピース! 私にとっての平和の象徴だよ!」
「キュッキュキュー!(おいらはピースだー!)」
ハピリスの名前がピースに決まり、楓とピースはお互いを見合いながら満面の笑みを浮かべていた。




